第3話 再挑戦。
育江が驚いたのはなにより、カナリアたちがエルフだったということ。
育江がエルフという種族に抱いていたイメージは、耳が長くて華奢な体格で細面の美形が多い。
食事も穀物が中心で、サラダやフルーツなどを好むなど。
細身の剣を振り、弓も得意だったりする。
これまでに育江が読んできた、小説や漫画から受けたイメージが強かったこともあり、悪い意味で偏見のような理想像を持っていた。
だが、現実はどうだろう? カナリアは確かに落ち着いた感じの美人という第一印象があった。
だが、初めて食事に誘ってくれたとき、猪肉のスペアリブが好物で、軟骨ごとゴリゴリかみ砕いていたほど豪快な女性。
お酒は大好きだし、猪肉だけでなく鶏肉も好む。もちろん鶏肉も軟骨ごとバリバリ食べる。
ジェミナとジェミルは、言われてみたら『エルフとも言える』かもしれない。
ただ、カナリアはそのイメージからはほど遠い存在。
どちらかというと、腕力で突き進んできたとしか思えないのであった。
その上、ジェミナたちに聞いた話だと、探索者として現役だったころ、カナリアは、荷運びだと自己紹介していたが、実のところMMOなどでいうところの、盾役の役割を担っていた。
腕も足も引き締まっていて、無駄な肉がついていない。
かまをかけてみたところ、本当に腹筋が割れているとのこと。
確認してはいないが、おそらくは『シックスパック』状態だと思われる。
育江が描いていた、エルフのイメージが総崩れ。
だが別にカナリアたちが悪いわけではない。
育江は多少、あちらの常識を持ち合わせているだけで、こちらの常識を知っているわけではなかっただけ。
確かにPWOの世界観は、昔からあるファンタジーそのもの。
そこにいるプレイヤーキャラクターも、ノンプレイヤーキャラクターも、『人間である必要性』がなかった。
キャラクターメイキング時に選択できる種族も、エルフを始め、ドワーフ、妖精など多種多様。
ネタ種族として用意されていたものも、ハーフヴァンパイアだけではなかっただろう。
育江の中の常識は、こちらでは非常識。
育江が感じた非常識は、こちらでは常識。
こちらで生活していく以上、そのあたりのすり合わせは必要。
もし、カナリアという防波堤がいなければ、いまごろ大騒ぎになっていた可能性もあるのだから。
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「約束よ、ダンジョンに潜るなら、第二階層までで引き返すこと」
そう育江は、カナリアと固く約束をさせられる。
種族は違えど、カナリアの妹より三つ年下の育江。
おそらくは、彼女の妹と姿をダブらせてしまった可能性もある。
そうしてギルドから見送られた育江。
今日はダンジョンへ再挑戦の予定だ。
もちろん、検証作業の一つとして『ダンジョンで転移が使えるのか?』というものがある。
その件に関しても、カナリアから注意があった。
「あとね、もし戻れたとしてもね、絶対に直接外に出ないこと」
「それってどうしてですか?」
「あのね、誰が入ったか、ギルドで管理してるのよ。そりゃね、数日かかることも少なくはないわ。でもね、もし、もどらないと判断した場合は」
「場合は?」
「その探索者は『死亡認定』されてしまうの」
「あー、……わかりました。気をつけます」
「イクエちゃんのことだから、試すつもりなんでしょうけど」
「はい、バレてましたね」
「そりゃそうよ。でもね、あなたの素性、自分から暴露するつもりもないんでしょう?」
「もちろんです」
「もしね、イクエちゃんがダンジョンに入って、あの『門』を通らないで出た後、また彼らの前を通ったら、どう思うでしょうね?」
「あー、どうやって出たかってことですか……」
「そうよ。万が一にでも、魔物を通さないためにあそこにいるんだから。イクエちゃんが通ったかどうか、わからないと思う? そんなに可愛らしいシルダちゃんも連れてるのよ?」
「ぐあ?」
シルダは自分を指差して『私のこと?』みたいな仕草。
育江は『そりゃ墓穴っていうものですよね』と、ぶつぶつ呟いている。
「だからね、もし試験的に『それ』で外に出られたとしても、同じ場所に戻る必要があるわけ」
「ですよねー」
「まぁ、あちら側を見ることができるなら、戦闘に備えておけるとも言えるし、もし『それ』の先に魔物がいたとしても、移動するまで待てばいいだけでしょう」
「ですね」
「とにかく、あの人たちの目の届かない場所へ行くようにすること。いいわね?」
「はい、了解です。親方」
「誰が親方ですかっ」
育江とカナリアは冗談を言い合う。
「ぐあ?」
どうやら、シルダには通じていなかったようだ。
「先日の件は、同じ探索者として申し訳なく思っています」
「大丈夫ですよ。あたしもシルダも、鍛え直してきましたから」
「そう言ってもらえると助かります。もし、『あのようなこと』が起きたときは」
ベルギルの言う『あのような』とは、『魔物の横殴り』、いわゆる妨害行為のこと。
「はい」
「反撃していただいても構いません。そのとき、イクエさんは防衛行動をしただけ、あくまでも『自己責任』ですから」
「わかりました。もし、『そういう』ことがあったら、遠慮しませんから」
「そうですか。では、お気をつけて」
「はい。ありがとうございます」
「ぐあっ」
一度通っているからか、カードを預けて笑顔で送り出してくれるベルギル。
育江はあのとき、かなり凹んだ。通路を進んでいくと、あのときの悔しさが舞い戻ってくる。
ただ、あのときと比べたら、更にシルダは強くなっている。
手を握って前を歩く、シルダの背中も、頼もしいものになっているのだから。
育江の姿をみつけたからだろう。
デリックとシンディナも手を振って見送ってくれた。
「なんか、前よりしっかり歩いてる感はあるな」
「そうね。私たちもしっかり仕事しないと」
「わかってるさ」
こうして何人も、ダンジョンへ向かう探索者の背中を見守ってきたからこそ、育江とシルダの姿はよりしっかりしたものに見えただろう。
そういえば、育江の鑑定のスキルレベルが戻っていない。
レベル一に落ちたままだから『範囲鑑定』も使えない。
『第一階層だから嫌らしい罠なども少ないだろう』と油断するわけにも行かないのが、生きていると定義されるダンジョンだからこそ怖いのだと、カナリアから教えられたばかりだ。
『油断する者は命を落として帰らぬ者となる』と、用心するように言われたのを思い出す育江。
「さてと、それじゃ安全マージンを取りつつ、進みますかね」
「ぐあっ」
育江はとまじゅーを飲み、『パルズマナ』をかける。
これは魔力が枯渇しない対策のルーティン。
次に視認できる範囲へ、天井、壁、床に対して『鑑定』をかける。
これは鑑定スキルのスキル上げにもなるからだ。
「よし、異常なし。いきましょか」
「ぐあっ」
ダンジョンは、マッピングをしながら進むのも必要なのだろうが、ここは第一階層で中級者以上の探索者が推奨されるとはいえ、そこまで酷い状態だという情報はない。
育江にとって、今回はここに出てくる魔物へのリベンジと、鑑定スキルのスキル上げが最優先。
それに迷子になったとして、育江はその時点で『短距離転移』を試すつもりでいる。
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