表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/39

第10話 更に遠くへ

「なるほどねー。ショートなゲートだけあって、しっかり(ゲート)だわ」


 『ペットケージ』と同じ理屈の上に成り立っているのなら、育江が入るか、一定の時間が経つまでこの『門』は消えないはず。


 育江は右回りで、『門』の真横に立ってみた。

 すると『門』は育江の目の前から消えているように見える。

 裏側に立ってみると、シルダのいる方がほんの少しだけ(ゆが)んで見える。

 それはまるで、真夏の太陽に熱せられた、アスファルトなどの上に現れる陽炎(かげろう)のようだ。

 何をしてるのかわからないという感じに、シルダは首を傾げて育江を見ていた。


 左側から元の位置へ戻ろうとすると、徐々に『門』が見えてくる。

 自分では説明のつかない『魔法的な何かで起きている現象』なのだろう。

 育江の場合、『横から見たらどうなるんだろう?』という興味だけで、確認したようなものだった。


「じゃ、入ってみますかね」


 育江はまっすぐ『門』の中へ入っていく。

 もちろんそこには、いつもお世話になっている風呂場でしかないわけだが。

 育江の真後ろで、『ぎゃっ』という、シルダの悲鳴のような声が聞こえてくる。

 ただ、その場で振り向いても、風呂場の出入り口しか見えない。

 もちろん、ドアは閉まっている。


 風呂場のドアを開け、部屋に戻ってくると、シルダが床にひっくり返っているのが見えた。


「どうしたの? シルダ」


 するとシルダは、身振り手振りで育江に何かを訴えようとしている。


「ぐぎゃっ、ぐぎゃっ、ぐあぁ」


「『短距離転移』」


 再度同じ場所へ、同じパターンで『門』を出す。

 見える場所は、同じ風呂場。

 育江は入った瞬間後ろを向く、すると育江が『門』をくぐった瞬間、足下、天井、左右から『ペットケージ』のように消えようとしている。


 シルダがこちらへ一緒に入ってくるのが見えるが、『見えない何か』に(はば)まれて、それにぶつかってひっくり返っていた。


「あぁ、そういうことだったのね。シルダ、ごめんなさい」

「ぐあぁ……」


 どうやら、いくつかのレベルの間は、術者が入った瞬間『門』は閉じる。

 同時に、術者以外を『門』は通さない仕様があるということ。


「それなら『ペットケージ』」


 小さな『門』。

 確かに『短距離転移』で出した『門』そっくり。


「シルダ、こっち入って」

「ぐぁ」


 ちょっと機嫌悪そうに、とぼとぼ入っていく。

 シルダが入り終わると『門』は閉まる。育江は『ある場所』を思い描いて、呪文を唱える。


「『短距離転移』」


 目の前にどこへも繋がっていない『門』が開いたが、すぐに消えていく。

 もちろん、魔力は減っている。再度『パルズマナ』をかけて、とまじゅーも飲んでおく。


「あー、やっぱりあそこは『短距離』じゃないんだ」


 育江が思い描いたのは、王都の城下町の外れ。

 海を見下ろせる小高い位置にある公園。

 育江たちプレイヤーキャラクターが、最初に降り立つ場所だったところ。

 馬車で二ヶ月の距離では、短距離とは言えないのだろう。


「それならこっち『短距離転移』」


 育江が次に思い描いた場所は、普通に繋がったようだ。

 『門』を通り、あちらへ転移する。

 そこは、人がほぼ誰も来ないところ。

 ギルドがある塔の三階。

 階段を降りて、窓際へ行ったあたりにベンチがある。

 その前に転移したのだった。


 育江は『門』をくぐる。

 すぐに背中にあったはずの『門』は閉じられていく。

 育江は後を振り返るが、そこにはもう部屋が見えていない。


「なるほどねー」


 育江は前後左右を見て『鑑定』をかける。

 視認可能範囲には、人の影はない。


「よし、と。『ペットケージ』」


 小さな『門』からシルダが出てくる。

 育江はシルダを抱き上げると、階段を降りていく。

 ギルドのある階を通り過ぎ、一階へ降りて塔の外へ。


 いつもの町並み、人の流れも今の時間ならこんな感じ。

 別の世界へ紛れ込んだ感じもない。

 シルダは育江の腕から飛び降りて、彼女の左腕を握ってくる。

 これで、いつもの散歩と同じだった。


 育江はこちらへ来てから、少々疑り深くなっていた。

 『門』をくぐった先が、違う世界になっていたら困る、そう思っていたのかもしれない。

 けれど、シルダの手の温かさ、感触は変わらない。

 そんな些細な安心感も、育江にとってありがたいものだっただろう。


 ▼


 いつもと同じ『焼いただけの蛇肉』を美味しそうに頬張るシルダ。

 育江は同じ『焼いただけの蛇肉』をパンに挟み、先日たまたまみつけた『味噌だれ』をかけて食べている。

 これが案外美味しかったので、最近の朝ご飯はこうして食べていた。


「ぐぎゃ」


 シルダはお腹をぽんぽんと叩いて意思表示。

 これで『お腹いっぱい』ということになる。


「じゃ行こっか?」

「ぐあっ」


 育江は『ペットケージ』で小さな『門』を出す。

 シルダは何も言わずに、『門』をくぐる。

 続いて『短距離転移』で大きな『門』を出す。

 あちら側を確認して、そのまま入っていく。


 育江が転移した先は、いつもの山頂。

 何があっても文句言われないように、さっさと『ペットケージ』で『門』を出すと、シルダがそこから出てくる。

 シルダは育江を見上げて『何もない?』と心配するのだ。


「大丈夫だからね」

「ぐあっ」


 午前中、山熊を探したけれど、結局見つからない。

 PWO(あちら)と違って、討伐した魔物が復活(リポップ)するわけではないようだ。

 だから、しばらくの間、下手すると数年は、山熊の個体数が減ったままになる可能性も否定できないだろう。


 山熊より個体数の多いと思われる灰狼は、未だにかなりの数が存在しているはず。

 ただどうやら、育江とシルダの姿を見かけるか、匂いを感じ取るかどちらかはわからないが、二人がいる範囲から逃げるようになったのか、あまり見かけなくなった。


 あまり無理に探そうとせず、たまに『ホウネンカズラ』のような野草を見つけたら摘んでおく。

 『あの一件』がシルダにはトラウマだったのか、率先してシルダが摘んでくるようになった。

 食後の散歩のような、軽い運動を兼ねて索敵を続けていく。


「シルダ、一度戻るよ」

「ぐあっ」


 育江は『ペットケージ』で『門』を出す。

 シルダはさっさと入る。

 この流れはもう慣れたようなもの。

 『短距離転移』で部屋へ戻り、昼ご飯を食べて、一休み。


 午後からは、時空魔法のスキル上げ。

 どこまでが『短距離』なのか、あちこち試して検証しつつ、失敗して『門』が出が転移先と接続できなかった場合でも、魔力は減るから経験値も入るというわけだ。


 とまじゅーの原液でもある、樽入り『とまじる』の在庫が乏しくなってきた。

 最後の一樽になったので、『とまじゅーは一日一杯』の状態に戻した。

 そのため、スキル上げに使うのは、コスト的には少々高いが、魔力茶を使うことにした。


 これと『パルズマナ』を併用することで、『短距離転移』を唱える毎に半分以上減った魔力も、少し待てば満タンに戻る。

 もちろん、魔力も日に日に増えてきてはいる。

 時空魔法のスキルレベルや熟練度が上がれば、魔力の消費量も減ることを育江は治癒魔法があるから知っている。

 それまでは、我慢あるのみのスキル上げだった。


「『短距離転移』」

「……ぐぎゃ?」

「うん、失敗だねー」


 これである程度だが、『短距離』認定されている場所がわかってきた。

 時空魔法はレベル三を超えてから、思いのほか経験値が入りやすい感じがする。

 早くに次のレベルに上がりそうな気がするから、だからこうして山熊が見つからない場合、午後からはスキル上げにあてている。


 距離の検証が終わったあとは、ひたすら反復あるのみ。

 安全を考慮に入れて、転移先は風呂場に決めていた。

 何回か繰り返すころには、シルダはすっかりお昼寝中。

 ここ数日続いている、朝ギルドに顔を出して、山熊探しに行って、宿に戻ってきてスキル上げをする。

 それでも、上がっている実感があるから、そこまで辛くはないものだ。


「あれ? 経験値が一桁に、……って上がってるわ」

「……すぴー」


 この程度の声では動じないシルダを見て、笑いを堪える育江。

 左手人差し指を立てて、いつも通りに『ぽちっとな』をする。

 システムメニューから時空魔法の欄を見ると、レベル四に『中距離転移(ミドルゲート)』が表示されている。

 説明を読むと『中距離を転移する』と書いてあった。


「さらに、まんまですかー」


 育江は、『システム管理者出てこい』と言いたくなるのをぐっと押さえる。

 現実と思われるこの世界にいるなら、もうそれは神に等しい存在だろうから。


 毎朝飲んでいる『濃厚とまじゅー』よりはちょっと薄め、普通の濃さのとまじゅーを飲んで、『パルズマナ』をかける。

 寝ているシルダを抱き上げて。


「『中距離転移』」


 珍しく、一度で成功。

 もちろん、行き先は決めてあった。

 ゆっくりと『門』をくぐる。

 すると、シルダが(はじ)かれず、一緒に通過することができた。


(レベルと熟練度なのかな? どっちにしても、これは助かるかも)


 『ペットケージ』を使わなくても、一緒に転移できるなら、一手間減るので助かると育江は思っただろう。


 夕日に照らされた、管理された農園。

 瑞々(みずみず)しい野菜と短い芽の出ている畑が見えたかと思ったら、夕日を遮る大きな陰に育江は驚いた。


「うあっ」

「うわっ」

「ぐぎゃ?」

「びっくりした。いつこっちに来たんだ?」

「あ、その。色々と秘密でお願いします」

「ぐあ?」


 ここは、とまじゅーの元になるトマトの産地。

 ジョンダンの町から、馬車で丸一日かかる距離のマトトマト村だった。


 目の前にいたのは、村長代理になっていたギルマ。

 彼女は、育江が『ちょっと特殊な調教師(テイマー)』だと認識している。


「トマト、植えたんですね?」

「あぁ、マトトマトだね。イクエちゃんとシルダちゃんのおかげで、こうして芽も出てきた。半年しないうちに、またたっぷり収穫できるはずだよ」

「そうだ。『とまじる』またわけてもらえますか?」

「あぁ、構わないよ」


 こうして育江は、馬車で丸一日の距離を、最短時間で移動する術を手に入れたことになる。



お読みいただきありがとうございます。

この話で第一部完、となります。

少ししたら再開の予定です。


この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] (//∇//)←次をわくわくしながら待つ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ