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第7話 やっと、育成相手が見つかりました

 翌日も、朝からカナリアのもとへご用聞き。

 カナリアは育江の顔を見るなり、手招きを始めた。


「イクエちゃん、いいところに来てくれたわ。今丁度ね」

「あの、どこの掃除です?」

「あーわかっちゃう? そうなのよ、町から直接依頼が来ちゃったもんだから――」


 今日の掃除は、町役場。

 もちろん、他の探索者が普通に嫌がる場所。

 仕方なく育江は、ギルドの更衣室を借りて着替える。


 そのまま『ペットケージ』を使ってシルダに『ごめんね』。

 シルダはカナリアが育江に『お願い』をしたのを理解。

 空間内に入る際、育江の肩をぽんぽんと軽く叩いて『ぐあっ』と一言。

 おそらく『朝から大変ね』というねぎらいの言葉。

 育江もまさか、シルダに同情されるとは思っていなかっただろう。


 とまじゅーと『パルズマナ』を重ね掛け状態にしておき、途中、双方の効果が切れる一時間で一休みし、再度重ね掛けしてからそのまま再開。

 なんとか昼前には終わらせて、風呂に入って部屋で一息ついていた。


「あ、忘れてた。『ペットケージ』」


 ベッドの前に円く空いた空間入り口。

 そこを見ると、シルダがお腹を上にして眠っていた。

 獣魔が出てくるまで入り口が閉まらないと思われる仕様だったから、そのまま開いたまま。


「寝る子は育つっていうけど、育つのは体重ばかりなり、ってなっちゃうわよ?」

「ぐぎゃ……」

「寝言で反論とか、なんだかねぇ」


 シルダはお腹が空いて目が覚めたのだろう。

 けれど結局、入り口が開いてから三十分ほど寝たままだった。


「ぐあっ」


 シルダは出入り口から出てくる。

 同時に空間は閉まっていく。

 寝ぼけ眼のまま、シルダは育江の裾をつかもうとするが、右手は空を切って育江の足に頭をぶつける。


「――ぐあっ」


 左右を見回して、何があったのかと驚いているが、『きゅるるる』とお腹が鳴ると、迷うことなく服の裾を引っ張ってくる。


「ぐぎゃっ」


 ▼


 お昼ご飯を食べたあと、シルダはうとうとすることがなかった。


(昼前から寝てたもんね)


 そう、内心思いつつ苦笑する育江。


 宿屋『トマリ』を出ると、そのまま町の外へ。

 昨日と同じ林の手前まで来ると、シルダを背負ってそのまま目の前にある山頂へ。


「じゃ、行ってみますかね」

「ぐあっ」


 シルダは育江の『行ってみますか』がよくわかっていないはずだが、とりあえず返事をしてくれたみたいだ。


 ここからは、塔の方角とは反対側の位置。

 林の形作る木々の間を見上げると、そこには山の頂上部分が見える。

 距離的には、昨日塔まで転移したときのおおよそ倍くらい。


 もったいないとか言っている余裕がないかもしれない、そう思ったから特別に『濃厚とまじゅー』を準備、『パルズマナ』合い掛けして魔力激減にあらかじめ対処。


 それでも『やらない』は頭にない。

 体中に魔力がみなぎっているこのとき、育江は山頂に視線を移した。


「『目視自身転移』」


 やはりあっという間だった。

 最初からそこにいたかのように、景色が入れ替わる。

 さっきまでいた場所は、育江本人が自分の姿を外から見ていたわけではないから、自分の身に何が起きていたかはわからない。

 とにかく、あっという間に山頂へくることができたわけだ。


 夏になろうとしていたのに、山頂(ここ)は思ったよりも涼しい。

 遠くに見える塔は、ここよりも低い位置にあるように見える。


 山頂は下から見るときより広い。

 それに人気が全くない。

 人工物が建てられているということもなく、木や岩ばかりだった。


「シルダ、そろそろ降りよっか?」

「ぐあ」


 シルダは、ひょいと育江の背中から飛び降りる。

 育江の感じがいつもと違うからか、前に下の方で灰狼と相対したときのような空気を感じたのかもしれない。

 いつものような(おどけ)けた素振(そぶり)りは一切見せない。

 しっかりと辺りを見回して警戒しているようにも見える。


 山頂へ転移したときは、魔力を三割ほどごっそりと消費した。

 それでもこうしてシルダと歩いている間に、ある程度回復してきたはずだ。


 山頂は真っ平らも、厳しい斜面でもない。

 円いため池のように。

 凹んだ部分がある。

 その周りを囲むように木が生えている。


「『範囲鑑定』」


 一応警戒しようとしたそのとき、魔法に反応があった。


「『マウントベア』? 直訳するなら山熊? そのまんまじゃないの?」

「ぐぎゃ?」


 ここから二十メートルくらい離れた場所で、何やら木の根元に鼻先を突っ込んでいる。

 少し遠いが『鑑定』をかける。


(おー、レベル二十三だってさ。久しぶり、やっと見つけたシルダの育成相手。あーでもシルダがレベル十二、レベル差が十一。慎重にやればいけるかな? 最悪は転移して逃げたら大丈夫でしょ)


 育江は、濃厚とまじゅーをジョッキに入れて飲み、魔力回復補助呪文『パルズマナ』を重ねる。

 システムメニューで、シルダの情報を出しっぱなしに。

 特に、生命力のパーセンテージバーと数値は見える位置に。


 実際、育江が言うとおり、レベル差が大きい場合、被ダメしたときに経験値取得の確率は高くなる。

 ただ、様々なリスクが高い。

 育江の経験上、シルダのような低いレベルで、レベル差十くらいなら、やってやれないことはない。

 本来であれば、レベル差五くらいが、一番望ましい。

 あまり離れているとスパルタになってしまうため、危険度は上がってしまう。

 ただ、現状育成相手がいないのだから、これ以上のチャンスはないだろう。


「シルダ、気をつけて」

「ぐぎゃっ」


 背中を向けている山熊(マウントベア)は。

 まだこちらに気づいていない。

 十のレベル差で、どれだけ相手にダメージを与えられるか、それによって育成方法も変わってくるはずだ。


 シルダはいつものように足取り軽く、とてとてと山熊に近づいていく。

 こう見えて別に油断しているわけではない。

 PWO(あちら)で育江と一緒に、それこそ数え切れないほどに、育成相手と対峙してきたのだから。


 シルダは山熊の目の前に立つ。


「ぐぎゃっ」


 わざと声を出して、不意打ちなど必要ないという『余裕』を見せつける。

 シルダは自らを狩られる側ではなく、狩る側であることを主張。

 『強いよ』とアピールしてるわけだ。


 もちろん山熊も、シルダを無視するわけにはいかなくなる。

 なにせ、シルダに食事を邪魔されてしまったのだから。

 食事になってもらおうと、ターゲットを変更したようだ。


 山熊は軽く右前足を振りかぶる。

 生息している地域の違いから、シルダのようなレッサードラゴンを見たことがないのだろう。

 それ故に、強いか弱いかわからないはずだ。


 山の食物連鎖では頂点にいる山熊。

 様子見を兼ねて、けん制をするべく右の爪を出しつつシルダをなぎ払おうとする。


 シルダは、育江が言った『気をつけて』。

 無理に受ける必要はないから、という意味で昔から使っている。

 だからシルダは、山熊の一撃をしっかりと見て避ける。

 避けた勢いを利用して、軽く跳び上がり、得意の『飛び回ししっぽ打ち』を山熊の顔にたたき込む。


 着地と同時に山熊を見るシルダの目は細まっていく。

 今の一撃であれば、灰狼は倒れていた。

 けれど山熊は、獰猛な牙をむき出しにして、まるで笑みを浮かべるかのようにシルダを見下ろしているのだから。

 それでも決してシルダは目をそらさない。

 案外彼女も負けず嫌いだったりするから。


 システムメニュー上にあるシルダの経験値欄、久しぶりにカウントアップされたのを見て、育江の考えは間違いじゃないと思っただろう。

 育成相手のレベル高く、差があればあるほど、経験値が入りやすい。

 差がなくなっていけば、入りにくくなる。


「シルダ、慎重にね」

「ぐぎゃっ」


 山熊の体高はシルダの身長を軽く超えている。

 立ち上がれば軽く二メートルを超えてくる。

 その動きは、巨体の割に敏捷。

 前足の振りは、思った以上の速さ。

 シルダも避けるのは厳しいようだ。

 殴っては距離を取りを繰り返していると、思った通り被弾する。

 それでもシルダは(ひる)まない。


(うあ、三割くらいごっそりもっていかれたよ……)


「『ミドルヒール』」


 山熊の一撃は、今のシルダでは三発耐えられるかどうか。

 危険だと思った育江は躊躇(ためら)わず、生命力回復の中級呪文をかけた。

 瞬時にシルダの生命力を表す数値とゲージは、元へ戻っていく。


(いや、あれだけくらえば、上がるでしょうよ)


 被ダメ(ダメージを受けたこと)による経験値も入った。


 一進一退を繰り返し、深いダメージを受ける度に育江はしっかり回復させる。

 だが、シルダの必殺技の一つ『飛び回ししっぽ打ち』のようなものが、山熊にあったとは育江も予想していなかった。

 山熊が立ち上がると、右の前足の爪を浴びせたすぐに、左の前足の爪もたたき込んできたのだ。


「『ミドルヒール』『ミドルヒール』」


 シルダの生命力のゲージは、残り三割くらいまでに下がってしまう。


「シルダ、こっち」

「ぐぎゃっ」


 山熊の攻撃を避けて、シルダは戻ってくる。

 育江はシルダを抱き上げて、百メートル以上は離れた場所を視認する。


「『目視自身転移(ムーブセルフ)っ』」


 『さすがにこれはまずい』と思った育江は、迷わず撤退を選択する。



お読みいただきありがとうございます。

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