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第1話 今日は違いますからね?

 この『迷宮都市ジョンダン』は、ダンジョンありきで人が集まり、ダンジョンありきで宿が出来、ダンジョンありきで店が増え、ダンジョンありきでまた人が集まって大きくなった。

 ここにあるダンジョンは、一番浅い第一階層であっても、探索者登録を経て、中級にならないと入ることが許されない。


 例外として、上級探索者の引率により、一階層だけ体験する『観光』と呼ばれるツアーがありはする。

 だが、初級探索者だけで構成されたパーティや、初級探索者が混ざる中級探索者のパーティでは、入ることが許されていない。


 ダンジョン内は基本、自己責任。

 場合によっては、命を落とすこともあり得る。

 それ故に、許可できないこともあるのだという。


 PWO(あちら)で育江は、シルダたちの育成にどっぷりはまっていて、ダンジョンに興味を示すことはなかったからか、ダンジョンの性質ついてはとんと疎い。

 人づてに聞いていた最低限の知識はあった。

 ただそれは『インスタンスダンジョン』か、『インスタンスダンジョンではない』か程度。


 インスタンスダンジョンとは、パーティやソロで入場する毎に、隔離されるように他のパーティや他のプレイヤーに出会うことがないダンジョンのこと。

 魔物やボス、ドロップの取り合いにならないパターン。

 あとは『インスタンスダンジョンではない』場合。

 全てが譲り合いか、協力の上に成り立つか、競争や取り合いになるダンジョン。

 育江がダンジョンに関して持ちうる知識は、その程度でしかなかった。


 ▼


「あらイクエちゃん、おはよう。今日は掃除の依頼はないのよ?」


 あれから数回、カナリアの『お願い』を聞いて、育江は『ピュリフィ』を使って、浄化をしていた。

 つい先日は、とんでもない状況で、ついに、シルダがひっくり返って気絶する事態に発展。


 その『お願い』はなんと、このジョンダン全体の、トイレの行き着く先。

 町が管理する浄化設備の状況改善だった。

 それは育江自身にも、少なからず影響があるからか、断り切れなかった。


 シルダがひっくり返った分、報酬は塔ゴミ捨て場の数倍。

 軽く一月(ひとつき)は、仕事をしなくても生活できるほどの蓄えができるほどだった。


「カナリアさん、あたしは、清掃業者じゃないんですけど……」

「ぐあぁ」


 シルダはまたカナリアの前で、育江の後に隠れるようになってしまった。


「あら嫌だ、私そんなつもりじゃ――」

「と・に・か・く、しばらくはあたし、掃除しませんからね? ほら、シルダを見てください。カナリアさんを怖がっているじゃないですか?」

「ぐあぁ」


 シルダがカナリアを怖がっているかどうかは別として、少なくともカナリアイコール、あの臭いの原因。

 そう思われていたのは事実だろう。


「あまりにも、イクエちゃんが依頼を断らないもんだから、つい調子に乗ってしまったの自覚してるわ。ごめんなさいね」

「ぐあぁ……」


 シルダの方が育江よりも早く、『気をつけてよね』と言ってるかのように声を出す。


「シルダがそう言うなら、気をつけてくださいね?」

「わかったわ。……それで、今日はどうしたの?」

「あ、忘れてました。あたし、ダンジョン見てくるつもりなんです」


 色々な理由もあって、最近、シルダの育成ができていない。

 ここ最近、治癒魔法の経験値は貯まる一方で、ついにレベル五になっていた。

 使えるようになったのは、『パルズマナ』という、魔力回復補助呪文。

 とまじゅーや魔力茶などと併用することで、魔力の回復を加速させることが可能になるものだ。


 だからこそ育江が一番最初に思ったのは、『魔力が切れさえしなければ、掃除がもっと早く終わるかも』というもの。

 カナリアの『お願い』の後遺症がこんなところにも現れていたのだろう。


「そう、……イクエちゃんは中級だから入り口で止められないでしょうし、山熊まで倒しちゃうシルダちゃんが一緒なら、危険性も低くなると思うの。……でもね、とりあえず第一階層を見てから、その先に行くか考えた方がいいわよ」

「何故ですか?」

「あのね、過去には、第二階層で亡くなった探索者もいるから、ダンジョンは基本、自己責任なのよ」

「あ、そういう意味なんですね」

「本当なら、イクエちゃんはパーティを組むべきなんでしょうけど、現状は難しいのよね……」


 カナリアは、身を乗り出して育江の耳元で囁く。


『素性を明かしたくはないんでしょう?』

『それはそうですけど』


 育江はもし、空間魔法と治癒魔法が使えると公表したのなら、パーティを組んでもらうどころか、スカウトまでくるだろうと予想されている。

 育江が登録した当初、カナリアがつい、『空間魔法』について口を滑らせてしまった。今はカナリア自身が現在は防波堤になっていることで、なんとかその噂を押さえ込むことに成功している状態だ。


 育江は色々とカナリアのお世話になっていることもあり、彼女の『お願い』を聞くことはあっても、他の探索者に縛られるつもりはない。

 そうなってしまえば、シルダの育成もままならなくなってしまうからだ。


「じゃ、ちょっとだけ見てきます」

「ぐあっ」


 シルダは別にカナリアを嫌っているわけではないようだ。

 ただ、育江が言うように怖がっている可能性は否定できない。


「気をつけるのよ。私が知る限り、灰狼より強い魔物はいないはずだけど、油断は絶対にダメだからね?」

「ありがとうございます」

「ぐあっ」


 育江は踵を返してギルドの外へ向かう。

 シルダも振り向いて、手を上げて応える。


(よかったわ。シルダちゃんに嫌われちゃったわけじゃないみたいね……)


 カナリアも十分、反省はしているようだった。


 ギルドの出入り口を抜けて、そのまま階段を降りる。

 降りきったら出口が見えてくるが、そのまま右へ折れて、進んでいく。

 こちら側には、ダンジョンへ降りる際に必ず通らなければならない門がある。


 五十メートルほど進んでいくと下りの階段があって、地下へ通じているようだ。

 螺旋(らせん)階段のように、右回りに階段を降りていく。

 そこはまるで、PWO(あちら)の世界にある、空港に設置された搭乗口に似ている。


「ここから先は、許可を得た中級以上の探索者しか通ることができません。おや? もしやと思いましたが、あなたがあのイクエさんですね。いつもお世話になっています」


 初老の男性で、腰に剣を携えている。

 物腰柔らかで、優しそうな表情をしているが、彼の腕は育江の太股ほどはある。

 おそらくは、カナリアのように勇退した探索者で、ギルド関係の人なのだろう。


「はい。育江と申します」

「ぐあっ」

「手続き上、カードを拝見できますかね?」


 育江は背負っている小さな鞄を下ろして手を入れる。

 頭の中で『ぽちっとな』すると、システムメニューからインベントリにある登録カードを取り出した。


「あ、はい。どうぞ」


 育江からカードを受け取ると、中級であることを確認したのだろう。


「ありがとうございます。はい、間違いないようですね。ところでイクエさんは、この先は初めてですよね?」

「はい、そうです」

「もし何かありましたら、この先にいる二人の探索者に頼ってください。『必ずなんとかしてくれる』はずです。では、安全に配慮をお願いしますね」


 育江はカードを受け取る。

 男性をよく見ると、胸にカナリアと同じ形のネームプレートをつけている。

 名前を『ベルギル』と書いてあった。


「ありがとうございます。ベルギルさん」

「ぐぎゃ」

「いえ、もったいないです。では、お気をつけて」


 ベルギルはシルダにも手を振ってくれた。

 おそらくは、何かあったときのためにここを守る人の一人なのだろう。


(ぽちっとな)


 育江はシステムメニューを育成時のように、拡張現実(AR)と同じような感覚で、眼前に投影しながら見ることができるようにしている。


(鑑定)


 壁が少しずつ変わっているように思えたから、鑑定をしてみた。

 壁自体はまだ『塔』という結果が出ている。


(まだダンジョンじゃないってわけね)


 始めて通る道だからか、シルダは前に出て行かない。

 左手を握ったまま、育江のすぐ後をとことこと歩いてついてくる。


 通路は緩い下り坂になっている。

 塔の真下にダンジョンがあるのかと思ったのが、そうではないようだ。

 五十メートルほど進んでいくと、空気が若干変わった感じがとれる。

 すると前に、先ほど通った門のようなものがもう一つ出てくる。

 今は開け放たれているが、緊急時には閉じられることも考えられる造りになっていた。


 育江が横に並んで三人通れるほど幅のある門の右側には、部屋のような感じに凹んでいた。

 そこに二人が待機しているのが見える。

 ベルギルよりはかなり若い女性と、女性よりやや年上に見える男性だった。


「おや? そのレッサードラゴンはもしかして?」

「そうね。彼女がイクエちゃんだと思うわ。おはようございます」

「おはようございます、イクエさん」


 男性のネームプレートには『デリック』、女性のネームプレートには『シンディナ』とあった。

 デリックは槍を持ち、シンディナは杖のようなものを持っている。

 おそらくは、ベルギルが『頼るといい』と言ってくれた二人なのだろう。


「はい、おはようございます」

「ぐぎゃっ」

「お二人の活躍は、聞いてますよ。第一階層は危険なく回れると思います」

「そうだね。ただ、何があるかわからないとも言えるんだ。それは、他の探索者が、何を考えているかがわからないからね」

「そうそう。何が起きるかわからないからこそ、十分に気をつけてね」

「健闘を祈ってるよ」


 意味深な二人の言葉。

 育江は気を引き締めて進んでいこうと思っただろう。

 灰狼にやられたあの苦い思い出は、二度と味わいたくはないはずなのだから。


「はい、いってきます」

「ぐあっ」



お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても読みやすい。 [気になる点] 山熊は初ダンジョン後の育成相手として初登場(四章第七話)だと思うのだが、初めてダンジョンへ赴く事をギルドへ告げた際に倒している事になっている(四章第一話…
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