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第5話 獣ホイホイ

 シルダがしっぽで吹っ飛ばしたのは、毛の長い猪のような獣だった。

 体高は軽くシルダの身長を超える。

 体長は二メートルはないくらい。


「これは驚いた。可愛らしいから連れて歩いてるのかと思ったんだけど、獣魔は見た目で判断しちゃダメみたいだ」

「すみませんね、驚かせてしまったみたいで」

「ぐあっ」

「大丈夫だよ。私が勝手に驚いただけだから。イクエちゃんもね、噂で聞いてた調教師(テイマー)とは違ってたもんだから。どこに大きな獣魔を連れてるんだと探したけど、シルダちゃんしか連れてないじゃないか? 『大丈夫か』って初めは疑っちゃったよ。こちらこそ、ごめんね」

「いえいえ」

「ぐあっ」


 シルダの頭をぐりぐり撫でる育江。


「はいはい、つよいつよい。あ、この獣どうしますか?」

「あぁ、『土猪(ツチイノシシ)』だね。土色の汚れたような、汚い毛を持ってるだろう? でもこいつ、結構うまいんだ」

「あ、それなら好きにしてもらって構いませんよ」

「そうかい? それなら遠慮なく」


 そういうと、『土猪』の腹あたりを蹴飛ばしてひっくり返すと、片手でずるずると引きずっていく。


「すっご……」

「これくらいなら、毎日農作業してたらできるようになるって」


(農作業って、スキル上げになるんだ……)


 育江は内心そう感心した。

 確かに、育江が考える筋力を上げる方法と同じようにも思えるからだ。


「そうなんですね」

「ぐあぁ……」


 ずるずると土猪をひきずったギルマの案内で村長宅へ。

 平屋で丸太を組んで作られた、ログハウス風の建物。

 隙間があるからか、夏涼しく、冬は寒そうに見える。


「父ちゃん。死んでないのか?」

「当たり前だ」

「それは残念だ。働かざる者食うべからずだから、飯食う資格ないし、放っておけばそのうち、……ってたんだけどな。そしたらほら、私が村長になるからな」

「お前何気に、俺が嫌いだろう?」


 なんという父と娘の会話。


「そんなことないぞ、それより客だ」

「……その小さいのがか?」

「ぐあ?」


 育江より先に入ってしまったシルダが返事をしてしまう。


「いや、負けないくらいに可愛い子だ」

「シルダ、先にいってどうすんのよ? あ、すみません。ギルドから派遣されてきま――」

「おぉ、魔法使いさんか?」


 鍔の広い年季の入ったとんがり帽子と、外套を羽織る姿を見て、そう判断したのだろう。


「いや、調教師(テイマー)さんだ」

「なんだ、調教師か……」


 ここでも、調教師はあまりよく思われていないのかもしれない。


「父ちゃんそれは失礼だ。寝言はこいつを見てから言え」


 引きずってきた土猪を放り投げる。


「まじか? ついに、来てくれたか――いででで……」

「無理すんなって、本当に死ぬぞ?」

「骨折ったくらいで死ぬかって……」


 父ちゃんと呼ばれた、村長は本当に骨折していたようだ。

 左足に添え木をして、身動きが取れないでいるように見える。


「あ、動かない方がいいですよ。これならあたしでもいけそうです」

「何のことだい? 調教師のお嬢ちゃん」

「すみません、ちょっと黙っててもらえますか?」

「お、おう……」


 育江は、村長の膝辺りに手を添える。


(『鑑定』、……と、うん、『骨折あり』ってあるね)


「『ライトヒール』」


(『鑑定』、……もういっちょかな?)


「『ライトヒール』、『ライトスタム』、……はおまけ」


(『鑑定』、……よし、完治っと)


「はい。もういいですよ」

「いいって、どういうことだい?」

「何でもいいから立ってみろって」


 無理矢理村長の腕を引き上げようとするギルマ。


「ちょっと待て、痛いんだって――あれ? 痛くねぇ……。もしや、白魔法使いさんなのか?」

「いいえ、調教師ですけど?」

「私だって考えを改めたんだ。調教師さんにも、まともな人だっているんだって」

「あぁ、驚いたよ」


(どんだけ嫌われてんのよ……)


「あの、今のは秘密にしておいてくださいね? じゃないと、シルダに踏んでもらって、もう一度元通りにしますから」

「ぐぎゃっ」

「……おっかねぇな」

「あははは。もちろん秘密にするよ。わかったな? 父ちゃん」

「お、おう」


 村長宅から、裏手の倉庫へ。

 足を踏み入れるとなんと、育江にとって麗しのとまじゅーの香りが漂ってくる。


「あぁあああ、とまじゅーが……」


 そう呟きながら、育江はふらふらと壁際の樽の前へ歩いて行く。


「あぁ、その樽かい? 私たちは『とまじる』って呼んでてな、それを水で薄めて、缶詰にするんだ」

「もしかして、とまじゅーの元になるやつですか?」

「それでもあと十樽しか残ってないけどね。……飲んでみるかい?」

「い、いいんですか?」

「ちょっとまってな」


 ギルマは一度村長宅へ戻ると、すぐに帰ってくる。

 木製のジョッキに似たコップを持ってくると、そこに『とまじる』を柄杓で入れる。

 水入れから水を注ぎ、軽く混ぜて育江に渡す。


「はいよ。ちょっと濃いめかもだけど」

「いただきますっ」


 育江は『ごっきゅごっきゅ』と、喉を美味しそうに鳴らす。


「――ぷっはぁ。と、とまじゅーだっ。甘くて濃くてすっごく美味しい」


 いつも飲んでるとまじゅーの倍くらいに濃縮された甘みと旨味。

 育江が濃厚とまじゅーを堪能しているときだった。


『どんっ!』


 振動と共に、壁に何かがぶつかる音がする。


「シルダっ」

「ぐぎゃっ」


 育江のシルダを呼ぶ声に反応して、彼女(シルダ)は外へ飛び出していく。

 育江もシルダの後を追って倉庫を出るが、すでにときは遅し。

 壁沿いに倒れている土猪の横で『ドヤ可愛い』ポーズをしている、シルダの姿があった。


「ぐぎゃ」

「はいはい、えらいえらい、かわいいかわいい」

「ぐあぁ……」


 村長宅から出てくるギルマ父の驚く表情。


「すごいねぇ、シルダちゃんは」

「ぐぎゃっ」


 ギルマにも『ドヤ可愛ポーズ』を見せるシルダ。


「ギルマさん」

「なんだい?」

「この土猪ですけど」

「あぁ、『とまじる』の匂いにつられて来たんだろうさ。こいつらは鼻がいいから」

「それなら、こう、……でどうでしょう?」

「あぁ、それならいいかもだな」


 その場の勢いで、作戦会議。

 村の人たちの安全も配慮して、あーでもない、こーでもないと、意見を出し合う育江とギルマ。


「ぐあ?」


 ▼


 村から少し離れた場所。

 そこに『とまじる』の入った樽を置き、周りにはもの凄く、水で薄く薄く希釈したとまじゅーを蒔いていく。


「もったいないけど、まぁ仕方ないでしょ」

「ぐあ?」


 村の人たちには、家から出ないように注意を促し、作戦は開始されようとしていた。


「これで来ますかね?」

「あぁ、あの状態でも釣れるんだ。ここまでしたら、ほら、聞こえてきたぞ」


 まるで騎馬隊でも近寄ってくるかのような、『ドドドドド』という地響きにも似た音が響いてくる。


「隠れていなくても大丈夫ですか?」

「こうみえても、村で一番力はあるからね」


 多少の怪我なら育江がいれば大丈夫だ。

 それに、力があるというのも先ほど見た、土猪を引きずるギルマの姿を見ていたら納得だろう。


「シルダ、準備はいい?」

「ぐあっ」


 育江は、左手に持った濃厚とまじゅーの入ったジョッキを(あお)る。


「――ぷはっ。一応、ギルマさんまでは届かせませんので、とまじゅーの補充だけ、お願いします」

「はいよ、……って本当に好きだね」

「あたしの血みたいなものですから」


 目の前五十メートルくらいまで、土猪の群れが迫ってきている。


「シルダっ!」

「ぐあっ」


 育江の号令でシルダが飛び出す。

 ギルマから見たら、無謀な特攻に思えるだろう。


「ぐあっ」


 群れに飛び込んだシルダのいたあたりで、一匹ずつ土猪がはじけ飛んでいく。


「おぉ、すっごいな」

「これからです『ライトスタム』」


 シルダに体力回復呪文の『ライトスタム』をかける。

 こうすることで、シルダの疲れを癒やし、シルダも全開走行で攻撃し続けることができるわけだ。


「『ライトスタム』、『ライトスタム』、『ライトスタム』……、んくんくんく、ぷはっ。ありがとうございますっ。『ライトスタム』」


 詠唱しつつ、合間に濃厚とまじゅーを補給。


「ぐぎゃっ、ぐぎゃっ――」


 シルダはまるで、遊んでいるかのように、楽しそうな声を出している。


「『ライトスタム』、『ライトスタム』、『ライトスタム』……」


 ぎりぎり魔力が枯渇しない程度に、『ライトスタム』を連打。

 土猪程度の獣では、シルダにダメージを与えることは不可能のようだから、生命力回復ではなく体力回復を優先にしている状態。


「これが調教師さんかいな……、噂に聞いてたのと全く違うじゃないか」


 倒れた土猪を乗り越えて、それでも『とまじる』目指して群れは続いている。

 まるで『獣ホイホイ』でもここにあるみたいな状況だ。


 いったいどれほど『とまじる』や『マトトマト』は、これらの獣を引き寄せるほどの匂いや旨さを出しているのだろう?


「『ライトスタム』、『ライトスタム』、もいっちょ『ライトスタム』っと」


 ▼


 あれからどれくらい経っただろうか? 周りには土猪が死屍累々。

 育江は汗だく。

 ギルマは呆れ、村長のギルマ父は驚きの光景にを見て唖然とし、村の人たちは大喜びだった。


(ぽちっとな。……やっぱり、シルダの経験値、これっぽっちも入ってない。その代わり、治癒魔法が上がってるし。そりゃあれだけ連打すればねぇ……)


 システムメニューにある、シルダのステータスに変化はない。

 治癒魔法は、レベル三から四になっていた。

 これで使える呪文も増えているというもの。


「ざっと数えて、百五十はいるけど、どうする?」

「いえ、どうすると言われましても」

「うちじゃいいとこ十匹くらいしか、あとは腐らせちまうからなぁ」

「わかりました。あたしが持って帰ります」

「そうしてくれると助かるよ」


 育江は十匹を残して、あとは全部インベントリへ格納していった。


「それが『空間魔法』ってやつか、いや見事なもんだね」

「これも秘密でお願いしますね」

「大丈夫だよ。約束は守るさ」


 ややあって夕方になるころ。

 解体した土猪の肉を振る舞って、村はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。


「その、報酬なんですが」

「あぁ、用意してあるけど?」

「いえ、できたらなんですが、『とまじる』を分けていただけたらと」

「長持ちしないよ、これ?」

「あ、それなら大丈夫です。『あれ』の中なら腐りませんから」

「そういうものなのか。いやはや、イクエちゃんはとんでもないな」

「秘密でお願いします」

「わかってるよ」


 ▼


「――という顛末でした」


 ギルドに帰ってきた育江と、報告書に記入しているカナリア。

 マトトマト村、村長代理のギルマから感謝状がギルド宛てに書かれていた。


 育江は土猪を引き取ったので、報酬は辞退。

 追加報酬のみ、『とまじる』を樽で五樽もらってきた。

 これでしばらくは、とまじゅーに困らないだろう。

 ほくほくである。


「それで、その土猪は?」

「全部買い取ってもらえますか?」

「まじですかー……」


お読みいただきありがとうございます。

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