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第4話 推敲済み 喉の渇きは成長の証

 食料品の売っているお店がある区画。

 育江の命綱でもある、とまじゅーことトマトジュースを定期的に購入しているお店で、つい大声を上げて驚いてしまっている。


「えっ! とまじゅーないんですか?」

「すみませんね……、定期的に買ってくれるので、切らさないようにしてたんですけど――」


 店主が申し訳なさそうにごめんなさいをしてくれる。

 理由を聞くと店主ではどうにもならない事情があったようだ。


 育江はシルダを育成する際、魔力回復増加のバフを得るため、一時間に一本飲んでいた。

 同じ効果がある魔力茶を使えばよかったのだろうけど、ハーフヴァンパイアとしての特典で、とまじゅーでも魔力茶同等のバフがつく上に安いからだった。

 魔力茶一杯で、とまじゅーが十本買えてしまうほどの価格差があったので仕方ない。


 このままとまじゅーが枯渇し続けたら困る。

 そう思った育江は、詳しい情報を仕入れるべく、カナリアの元へ急いだ。


「あ、そういえばそんな依頼があったわ。……それにしても、とまじゅーがないと、死活問題になるなんてね」


 さすがのカナリアでも、とまじゅーと育江の関連性は知らなかったようだ。

 依頼として張り出したのはいいが、誰も受けてくれなくて古くなり、やむを得ず取り下げ外されている『塩漬け依頼』というものがある。

 その中にあったはずと、カナリアは探してくれた。


「あったわ。これね。えっと『農地を荒らす害獣の駆除』というものね」

「農地、ですか? この町にはなかったような?」


 この『迷宮都市ジョンダン』は、ダンジョンのために発展したともいえる町。

 交易も盛んだが、農耕に従事する人は、育江も見たことはない。


「えっとね、ここから馬車で一日ほどの場所に、それなりに大きな村があるのね。トマトの産地としても有名なのよ。たしか名前が『マトトマト』だったかしら?」


(そのまんまじゃないですか)


 危うくツッコミを入れてしまいそうになるが、我慢して飲み込んだ育江。

 彼女にとって、村の名前よりも、とまじゅーがないことの方が重要なのだから。


「駆除対象が魔物じゃなく獣だという報告だから、本来なら初級なんでしょうけど、距離があるから中級ということになっていたのね。ただその、報酬が安いのよ。駆除を含めて三日かかるところ、銀貨五枚。足りない場合は、野菜の現物支給らしいの」

「それ、あたしが行きます」

「いいの?」

「喜んで行かせてもらいます」

「イクエちゃんがいいのなら、お願いしたいところだけど」


(塩漬けになってたし、助かっちゃうわ)


 そう、内心喜ぶカナリアだった。


 ▼


 途中、乗り物酔いに似た症状になり、自分に『ライトヒール』と『ライトスタム』をかけて凌ぎつつ、ごとごとと馬車に揺られること、おおよそ一日。

 とまじゅー品切れの原因を調べようとする探索者はおそらく育江しかいないようだ。

 こんなときに限って、『とまじゅーがあと二本しかないとか、油断のしすぎ』だと自分を呪っただろう。


 となりに座って大人しくしているシルダは、周りの環境が変わったくらいでは動じないように思える。

 途中、小さな村や町に寄って休憩を挟んで、ようやく『マトトマト』が見えてきたところだ。


 あのあと、普通に『ハーフヴァンパイアなんでしょう? 血じゃダメなの?』とカナリアに言われた。

 あちらでは生肉を食べたことがあるだけで、実のところ血を試す機会はなかった。


 とまじゅーで済む上に、とまじゅーは直営のショップでいつも購入できたから、買い忘れさえなければ、喉の渇きや腹痛に悩まされることもなかった。


「かといってね、近場で血を分けてもらうって言っても、……シルダ」

「ぐぎゃ?」

「あんたあたしに分けてくれる?」


 普段ならなんらかのリアクションをすぐに返してくれるシルダ。

 けれど今回は、数秒何かを考えているかのように、ぴたっと止まっていた。


 何かに思い当たったのだろう。

 シルダは両手の指をしっかり開いて前に出し、顔をぶんぶんと振って見せた。

 まるで育江の独り言を理解してるかのような反応。


「シルダ、あんたあたしの言葉、理解してるでしょう?」

「ぐぎゃ?」

「こんなときだけとぼけるのね。ほんっと、あんたったら」


 わざとらしく明後日の方向を向くシルダを見て、育江は笑いを噛みしめる。


「お嬢ちゃん、そろそろ『マトトマト』だよ」

「はい、ありがとうございます」


 馬車は『マトトマト』に到着する。

 遠くから見ると、それなりに大きな村に見えたのだが、それは農地に囲まれた村だったから。

 雨期を過ぎて、夏になろうとしていたはずなのに、どの畑を見ても土の色しかなかった。

 それが原因で、建物と同じ色に見えてしまったのかもしれない。


 カナリアからは、直接村長宅を訊ねるように言われた。

 もちろん育江は、ギルド発行の依頼書のカード写しを持たされている。

 これを渡して取り次いでもらうだけで、要件は通じるとのことだった。


 馬車を降りて、まずは宿屋へ。

 この村には四つ宿屋があるが、悩まないようにとカナリアが紹介してくれたところがある。


「あの、すみません。『マトトマリ』という宿屋はどちらにありますか?」

「あぁ、それなら、あっちにあるよ」


 比較的平坦なイントネーション。

 こちらの世界にも(なま)りがあるんだなと、育江は思った。


「あ、ここだ。それにしても、なんだか聞いたことがある名前だと思ってたけど、あたしたちが泊まってるところそっくりだよね」

「ぐあっ」


 ギルドから紹介されたと伝えると、あっさりチェックインできた。

 シルダを連れていても、何も言われない、別に避けられることもない。

 そういえば、馬車に乗るときも何も言われなかった。


(もしかして、シルダが可愛く見えるからかな? そうだよねきっと。十分可愛いし)


 そんな親バカ的な考えしか浮かばない育江。


 部屋を出て、受付で村長宅を聞こうとしたら、『マトトマリ』の受付さんから先に話しかけられた。


「イクエさん、丁度良かった。こちらが、村長さんの娘さんです」

「あ、はい」

「初めまして、遠いところ済まないでね。私が村長――父の代理で挨拶させていただく、ギルマと呼んでくれたら助かるよ」


(おっぱいも大きいし、腕も太いし、……とにかくすっごく強そうに見えるんだけど)


「ぐぎゃぁ……」


 イクエよりも頭一つ大きい。

 それはシルダも圧倒されるくらい。

 恰幅の良いサバサバした明るい、元探索者のカナリアとはまた、違った頼りがいのある女性だった。


「あたし、ギルドから派遣されました、育江と申します。こっちは連れのシルダです」

「イクエちゃんとシルダちゃんね、よろしく」


 そのまま畑に案内される育江とシルダ。


「こっちを見てくれるかな?」

「うあ……」

「ぐぎゃ……」


 右の畑は青々と育ち、育江のような素人にも立派に見えるほど。

 だが、それに対して左の畑は、実に悲惨な状態。


「右が葉野菜、根野菜。根野菜は特にね、蒸したり煮たりすると、ほくほく美味しいものなんだ」

「そうなんですね。それはまた美味しそうです」

「ありがとう。左は、この村の名前の元にもなった、『マトトマト』という品種で、糖度がもの凄く高いトマトなんだよ」

「あぁ、これがとまじゅー――トマトジュースの元になる」

「そうだね。傷がないものは、王都へ直接送ってるんだけど、傷があるのは全部ジュースになるんだよ」


 あちらの世界でいうところの『フルーツトマト』のようなものなのだろう。


「そうだったんですね」

「けれど今年はこのざまなんだ。酷いもんだろう? いくら糖度が高いからって、根っこまで掘って食っちまわなくてもいいと思わないかい?」

「根っこまで、それは酷すぎる……」

「ぐぎゃぁ……」

「種は沢山あるんだ。ジュースにしたときに山ほど残るからね。けれど今年は、もう絶望的で、ほんと困ったもんだよ」

「ところで、村長さんは?」

「あぁ、父はね、三日ほど前に倉庫に突っ込んできた『あれ』を避けそこなって、足の骨をやられちまったんだ。ほんと、ひ弱で仕方ないよね、あははは」


 そう言ってギルマは、シルダの『ドヤ可愛い』仕草のように、胸を張って豪快に笑う。


「あ、もしかしたらあたし、村長さんの怪我、治せるかもしれません」

「え? そうなのかい? イクエちゃんは調教師(テイマー)だと思ってたんだけど」

「やってみないとわかりませんが、一応、それなりに覚えはあるんです」

「ぐぎゃっ」


 育江よりもシルダの方が先に『すごいでしょ?』とドヤってしまう。

 そのとき、青々とした畑の陰から、土を蹴って走ってくる足音が聞こえてくる。


「あぁ、また来たよ。壁にぶつかったって、中の『マトトマト』は取れやしないってのにね」

「そ、そんな悠長な」

「大丈夫だよ。うちの父は無謀にも、捕まえようとしたから怪我をしたんだ。放っておいてもあの小屋にまっすぐ突っ込んでいくよ」


 呆れる表情のギルマの言うとおり、育江たちより少し逸れたあたりを駆け抜けていこうとする、焦げ茶色の毛のかたまりみたいな獣の姿。


 そのとき、シルダがその獣の走る進路(ルート)に合わせて、近寄っていくのが見えた。


「ちょっと、シルダちゃん、そっち行かせると危な――」


 シルダの横を獣が通り過ぎようとしたときだった。

 シルダは、獣の頭くらいの高さまで軽く飛び跳ねて、身体を軽くひねるように反転。

 『飛び回し蹴り』ならぬ『飛び回ししっぽ打ち』の要領で、しっぽを獣の頭部あたりに打ち付けたのだ。


 『どす』っと鈍い音をたてて、獣は斜めに吹っ飛んでいく。

 その勢いのまま、十メートルくらい進んだあたりで、地面に転がって動きを止めた。


「……え?」


 着地と同時に『ドヤ可愛い』ポーズのシルダと、呆然とするギルマ。



お読みいただきありがとうございます。

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