第2話 焼いただけの蛇肉
壁に設置してある、キッチン内の換気をしてくれるマジックアイテムを動かして、フライパンと油、焼いたあとに移す大皿を並べたら準備完了。
フライパンを熱して、油をなじませたら、インベントリから直接四個くらいの『蛇肉』を投入。
いい感じに焼けたら大皿へ移す。
あとはひらすらこの繰り返し。
フライパンは熱したまま、次の『蛇肉』を投入してまた焼いていく。
『蛇肉』が焼けた匂いは思ったよりも良い香り。
あちらで食べていた記憶が残っていたかは定かではないが、『焼いただけの蛇肉』はシルダの好物だったようだ。
淡泊な味で思ったよりも柔らかく、串焼きにしても良し、煮込み料理に使っても良し。
一般家庭でもそれなりに食べられている、ポピュラーな肉だった。
実際、育江が食べてもそれなりに良い味だと思っていたはずだ。
「――ぎゃっ!」
シルダの変な声が聞こえた。
気になって彼女の方を見ると、何やら目を潤ませながら手を必死に舐めているではないか?
「あ、もしかして。ほら、手を見せて」
「ぐぎゃぁ……」
一度フライパンの加熱を止めて、シルダの方を先にする。
恐る恐る出してきた右手が、赤く腫れていた。
ついさっき焼いたばかりの『焼いただけの蛇肉』が、大皿の上で散乱している。
「シルダ、……あんたねぇ。――『ライトヒール』」
生命力回復系の呪文、『ライトヒール』を迷わずかける。
火傷程度の軽い怪我なら、初期の呪文で十分。
徐々にだが、腫れが引いていくように見える。
「もういっちょ『ライトヒール』。……これで大丈夫でしょ。ほんっと、しょうがないんだから」
「ぐあぁ」
シルダは治ったばかりの右手と、もう片方の左手で両目を覆う。
たまにちらりと、指の隙間から育江の様子を伺ってくる。
「ほら、怒ってないから。呆れてただけよ。シルダ、さっきご飯食べたばかりじゃないの?」
ギルドに来る前、シルダはお腹いっぱい『焼いただけの蛇肉』を食べていたはず。
シルダは満腹になると、決まってお腹を上にして『へそ天』しつつひっくり返る。
それが彼女の『お腹いっぱい』という意思表示のようなのだ。
もちろん、今朝も『お腹いっぱい』してたのを覚えている。
「あんた、もしかして、『焼きたては別腹』だなんて、言わないわよね?」
「……ぐあ」
シルダは両手を目から外し、明後日の方向を向いてしまう。
誤魔化しながらも、そーっと台の上の『焼いただけの蛇肉』に手を伸ばそうとしている。
「シールーダ?」
「ぐあっ」
手を引っ込めてまたさっきのように、変な方向を向いている。
育江には、シルダが誤魔化そうとしているようにしか見えないのだ。
育江は木串をインベントリから出すと、二つほど刺してから『ふーっ、ふーっ』と息を吹きかけてシルダが火傷をしないように冷ます。
「はい、これなら火傷しないでしょ」
「ぐぎゃっ」
シルダは嬉しそうな目をして、育江から串焼き状になった『焼いただけの蛇肉』を受け取る。
小さくかじって、口の中で『はふはふ』しながら食べている。
こうしてみると本当に人間みたいに見えるのだ。
▼
システムメニューに表示された現在時刻は、夜の八時になろうとしていた。
他の人が使うこともあるので、そうなる前にキッチンを開放する。
それでもそれなり以上に焼くことができたのは、料理スキルが上がっていたからなのだろう。
キッチンを出て、医務室を通り過ぎ、受付まで出てくると、そこに疲れ切った表情をしたカナリアの姿があった。
「カナリアさん、お疲れ様です」
「ぐあっ」
目から先にこちらを向いて、次にゆっくりと顔、それに上半身がついてくる。
まるでゾンビみたいな動きをして、なんとか育江を視認したかのようだ。
唇をやや持ち上げ、両方の口角をやや下げ気味に。
今にも泣いてしまいそうな感じに見える。
「その通りなのよぉ。疲れちゃったのよ――」
そのあと二分ほど、どれだけしんどかったか、カナリアを含め三人いる受付でも捌ききれないほどの、探索者の行列ができていたか、力説したあとため息をつく。
「イクエちゃん」
「は、はい」
「ぐぎゃつ」
育江もシルダも、カナリアの勢いに飲まれる感じ。
「お姉さんが奢から、何か食べにいかない? 行くわよね? 行きましょうよぉ?」
「は、はい。お供いたしますっ」
「ぐぎゃっ」
カナリアはギルドに残った従業員を『本日の業務は終了』と追い出す。
戸締まりを終えると、育江たちを行きつけのお店に連れて行った。
「おばちゃんー、いつもの。あと、塩と香辛料抜いた焼き鳥をとりあえず十本お願い。それと――」
「おばちゃんって誰のことよっ!」
「あぢあぢあぢ」
熱々にしてあったおしぼりを、カナリアの顔に押し当てる、和服を着た背の低い女性。
年のころは、カナリアと同じくらいだろうか?
おしぼりが両手の上にぱさりと落ちると、顔が真っ赤になったカナリアの顔が出てくる。
「酷いじゃないの?」
「酷いじゃないわよ。誰がおばちゃんだって? カナリアより一つ年下なんですけど?」
「まぁ、それくらいにしてあげなよ」
冷たいおしぼりをカナリアに手渡すもう一人の女性。
前髪の分け目が逆だが、顔立ちはうり二つ。
こちらの女性は日本料理の料理人に似た格好をしていた。
「あら? 可愛らしいお客さん。私はね、このカナリアの友人で、ジェミナ・エルシラ。後にいるのが、双子の姉のジェミル・エルシラ」
「よろしくねー」
「とにかく、お疲れ様――んくんくんくんくぷっはぁ」
ジョッキに並々注がれたお酒を一気飲み。
育江は氷の入ったとまじゅーをお願いした。
横に座るシルダは、焼き鳥を美味しそうに頬張っている。
「このね、カナリアとは一緒にダンジョンに潜った仲なのよ」
「そうなんです。荷運びなのに、先頭を歩く変人だったんですよ」
「あら? 何がいけなかったんでしょうねぇ」
探索者時代のカナリアを、面白おかしく紹介してくれる二人も、元探索者だった。
彼女たちの話によると、ジェミナが攻撃魔法職の黒魔法使いで、ジェミルが回復職の司祭だったそうだ。
カナリアは荷運びだと公言しているが、実のところ盾師だったとのこと。
なるほど、リスクの高い盾師なら、力強いのと怪我をして引退したのは、育江も納得がいった。
ダンジョンに潜って、資金を稼いで、いずれ自分のお店を持つ夢があったエルシラ姉妹。
お金を稼ぐのはよかったが、何も目標がなかったカナリア。
それでも、探索者の等級は最上級だったらしい。
そのときの知識と経験があるから、今のカナリアがあったと二人も話してくれた。
「あ、あのですね。カナリアさん前に、『何でも聞いて』って言ってくれましたよね?」
「いいわよぉ。なんでも聞いてちょうだい」
お酒が入って心が大きくなっているとはいえ、カナリアは嘘をつくつもりは毛頭ない。
「あの、ですね。ほかの探索者さんから、調教師って嫌われていませんか?」
「……あー、あれのこと?」
「あれって言っても大丈夫なものなんです?」
姉妹は同じようなことを思い浮かべて、それを懸念するように言いよどむ。
「「「パーティ募集のカードになぜ『調教師を除く』と書いてあるのか?」」」
三人とも、同じことを言う。
「はい、そのとおりです」
「あれねー、あれって本来失礼よね」
依頼書のカードを書いている本人だから、カナリアが知らないわけはない。
「でも、仕方ないと思うわ」
「あの話ですよね? あれはちょっと」
エルシラ姉妹も同じように腕組みをして、何か思いだしうんうんと頷いている。
「あのね、イクエちゃんは、『そうじゃない』方の調教師だと思うんだけど」
「『そうじゃない』ってどういう?」
「んっと、他の町や国ではどうかわからないのだけれど、この町にいる調教師さんはねぇ……」
両手のひらを顎に当ててテーブルに肘をつき、思い出すようにぽつぽつと話し始めるカナリア。
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