第6話 無限沸き
こことある林の手前。
灰狼にやられた場所とはちょっと違って、薬草の採れない場所。
PWOでは料理スキルを上げる際に、蛇を狩るためにここを紹介された記憶がある。
ゲームでよく使われる用語に『ポップ』、『リポップ』、『デポップ』というものがある。
ポップはモブなどが沸く現象、リポップはモブなどを狩ったり倒したりしたあと、一定の時間で再度沸く現象のことをいう。
反対の言葉がデポップで、主にボスなどに使われる用語で、時間限定で出現し、時間が終わると消える。
その消える現象をデポップという。
ポップはそのまま、リポップはリポ、デポップはデポなどに略されて使われることもあったりする。
ここはいわゆる、『蛇の無限沸き』と言われる名所。
無限とも言えるほどに、リポップ時間が早く、ひたすら沸きまくる場所と有名だった覚えがある。
ダンジョンではダンジョン自体が生き物と例えられており、倒したその場で沸くこともあり得ると言われていた。
あちらでは、ダンジョン外のフィールドでも、同じように沸いていたはずだった。
だが、現実世界になってしまったこちらでは、倒した生き物や魔物は、どのように沸くのだろう?
シルダの餌代が恐ろしくかかりそうだから、この『蛇の無限沸き』を思い出しというわけだ。
林の始まる際から、それほど深くない場所に、切り立った岩山がある。
そこには、深くない洞窟があったはずだ。
「あ、あった。こっちでもあって助かったかも。ほんと、よかったわぁ、……いやいや、まだ助かったなんて言えないよね。『無限沸き』があるかどうか、この目で確認するまで安心なんてできないわ」
明るさが違うからか、奥は明かりがないのか、外からでは奥まで見えない。
そこで育江はあることを思い出す。
「あ、そうだ。あたし、暗いところでも見えたような気がするんだけど」
「ぐあ?」
「シルダ、ちょっと待っててね」
「ぐぎゃ」
洞窟の天井はそれほど高くはない。
見た感じ、二メートルあるかないか。
育江の身長では、はかがむ必要がないことを確認すると、足取り軽く洞窟の中へ。
十メートル、二十メートルと進んでいくと、徐々に育江の周りは暗くなっていく。
外からの明かりが届かないからだろう。
ある程度暗さに慣れたあたりで、育江の目に変化のようなものが現れる。
それは、右を見ても左を見ても、洞窟内の岩肌がはっきりと見えるのだ。
「ハーフヴァンパイアの特性? これは助かる……」
正面奥を、目を凝らして見た瞬間、育江は言葉に詰まった。
何十、いや、何百対もある目が、うねりながら、いどうしながらも、育江を見ているではないか?
更に目が慣れるとそこは……。
「ま、まじですかっやめやめやめ嫌だ嫌だやだやだやだ――」
脱兎のごとく、猛ダッシュで飛び出てくる育江。
「ぐあ?」
そんな育江を見て、『何があったの?』という感じに小首をかしげるシルダ。
「いやいやいや、あれは駄目。きもいきもいきもい、……一匹二匹はまだいいけど、あれはもうイジメよ」
「ぐあ?」
両膝ついて、シルダに抱きついて文句を言う育江。
彼女が洞窟の奥で見たもの、それは確かに『無限』とも言えるほどに、大小長短絡み合った蛇、蛇、蛇の渦だった。
『無限沸き』ではなかったにしても、『蛇の巣』と言える場所。
「蛇は蛇でもあれはないわー」
ぽふぽふと、小さな手で背中を叩いてくれるシルダ。
まるで、育江を慰めてくれるかのようだ。
なんとか落ち着きを取り戻し、洞窟前に座り込んで途方に暮れている育江。
彼女を見て、シルダは洞窟へスキップでもするように走って行く。
「あ、シルダって、思ったより足、速いんだね、……じゃなくて。あれは魔物とは言えないかもだけど、大丈夫かな? あれ」
シルダはすぐに戻ってくる。
何やら、少し太めの紐のような、ロープのようなものを引きずってきた。
「シルダ、それ?」
するとシルダは、野球の投球フォームにも似た感じに、振りかぶって何かを地面に叩きつけた。
瞬間『びたん』と音を立てる。
よく見るとそれは、奥にいたはずの白い蛇だった。
一匹だけではそれほどというか、別段気持ち悪いものではない。
あの数だけ見えたから、背筋に何かが這い回るような感覚を覚えてしまっただけだろう。
「シルダ……」
シルダは蛇の尻尾を掴んだまま、育江の目の高さ近くに持ち上げて。
「ぐあ?」
あちらで見せたときのように声を出し、『食べる?』という目で見つめてくる。
「いやいやいや、食べないから――ってシルダ、あんた大丈夫だったの?」
「ぐぎゃっ」
シルダはその場で、まるで短距離のスプリンターが一位を争ってテープを切る瞬間のように腕をやや後に回す。
胸を張ってやや斜め上を剥いて目をつむるように薄めになる。
それはまるで、PWOのイメージイラストと一緒に掲載されていたもの。
『ドヤるほど、可愛くみえる、レサドラかな?』というPWO川柳。
それ以来ネタにされていた、『れさどら』の『ドヤ可愛い』ポーズそのもの。
シルダはきっと、『任せて大丈夫』と意思表示しているのだろう。
「え、えらいねー、シルダ」
「ぐぎゃっ」
シルダは洞窟の奥へ向かい、暗い闇で的確に蛇の尻尾を両手で一匹ずつ握ってくる。
育江の待つ場所へ出てくると、交互に『びたん』、『びたん』と叩きつけて、蛇を絶命させる。
育江をその、嬉しそうな瞳で見ると、また洞窟へ戻っていく。
その繰り返し。
その後は、育江も呆れるほど。
シルダの一人舞台だった。
疲れを知らないのか? それとも、育江が褒めてくれることを知っているからか? 育江も最初は素直に褒めていたのだが、十匹、二十匹、それが百匹を超える辺りでさすがに呆れた。
呆れは別に、シルダに対してではない。
灰狼のときに気づいておくべきだったのだが、今になってやっと理解した。
要は、蛇が絶命しているのに『ドロップアイテム化しない』ということだった。
あちらでは、料理スキルを上げる前に、蛇を大量に倒した。
その際、蛇のライフがゼロになるとその死体を探ることができる。
そのとき『蛇肉』のようなドロップアイテムに変化するのだ。
育江がとまじゅーを忘れ、あのときシルダが持ってきたものも『蛇肉』だった。
けれどどうだろう?
ここではいつまで経っても、蛇の死体のまま。
それが山積みになっていくだけ。
育江は蛇の死体に指先で触って、頭の中で『格納』と呟く。
するとその蛇は見えなくなるように消える。
(ぽちっとな)
育江はシステムメニューを出して、次にインベントリを確認する。
アイコンサイズの蛇の姿があって、そっこには『蛇』とだけ書いてある。
説明を見ると『死んでる蛇』とあるだけ。
「……まじですかー」
呆然とする間も、シルダはピストン輸送するかのように、蛇の山を築き続けていた。
育江は考えるのをやめて、ひたすら蛇の死体を格納し続けるだけの簡単な作業に明け暮れていた。
それから小一時間――
シルダが両手に蛇を持たずに戻ってくる。
「ぐぎゃ?」
先ほど見せてくれた『えらい?』というポーズ。
育江は主の責務を果たす。
「いい子だね。シルダ。ありがとう」
「ぐぁあ……」
シルダは、まるで猫が喉を鳴らすかのように、喉の奥から気持ちよさそうな声を細く漏らす。
(シルダったら、洞窟の蛇、殲滅しちゃったんだ……)
呆れると同時に、自分のためにしてくれたシルダの気持ち嬉しく思える。
「帰ろっか?」
「ぐあっ」
(ぽちっとな)
育江はシルダの手を握って、帰路に就いているとき、ついでにインベントリを覗いた。
するとそこには蛇が百匹で一枠、全部で七枠あったのに改めて呆れた。
前に料理スキルを得るために焼いた蛇肉。
確か五百はあったように覚えている。
ただ、あのときは蛇を一匹倒すと、一個から三個、ランダムに手に入れることができたはず。
倒した数は、今日のこれより少ないはずだった。
(またあれやるの? 料理スキルあるんだし、やらなくても――って駄目よね。シルダは生の肉も食べるけど、焼いた方が喜ぶもんね)
帰りに探索者ギルドへ寄る。
その足でカナリアに相談。
すると、『一割納めたら、無料で捌いてもらえる依頼を出してくれる』とのこと。
何やらこの蛇、串焼きの素材として取引されているらしい。
(助かったぁ……)
育江は内心思ったのだが、翌日引き取った『蛇肉』を、一日掛けてひたすら焼く羽目になるとは思っていなかった。
ギルドのキッチンを借りて、育江の横で『へそ天』、満足そうにひっくり返ってるシルダを横目に見ながら。
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