1-① 初恋そして
秋山朔、十六歳。高校入学初日、この世に生を受けて初めて恋に落ちました。
静かな図書室に二人っきりという恋愛小説のような展開を思わせる空間。本棚の前で手に取った本を読む彼女のその綺麗な横顔と女の子らしさを感じる華奢な体に目を奪われていた。
長く見蕩れていたからか彼女と目が合う。一瞬、少し不思議そうな顔をするが優しく微笑んでくれた。この時だろう、心臓を矢で貫かれたといっても過言じゃないのは。
まあいわゆる、一目惚れというものですね。まさか、こんな気持ちになるとは昨日の俺は思ってもいなかっただろう。
大人気小説家『秋野山岳』こと秋山岳、四十四歳。(自称永遠の二十六歳)である父親の影響か、幼い頃に元警察官で最強の女刑事と呼ばれていた母親が亡くなった事が原因か、その両方もあるだろう。本に囲まれ物語の世界に没頭して育った俺は同世代の人間とあまり関わらずに日常を過ごしていた。
そのためか思い人どころか友達も某夢の国のネズミの指で足りるほどの人数しかいなかった。
しかも、俺の住んでいる地域は都会とは縁のない四国の田舎、自慢できることと言えばお城が昔のまま残っている城下町だということ以外山と海に挟まれた不便でならない場所だ。
父親の仕事の関係で何度か東京や大阪、名古屋と連れて行かれたが、サイゼリヤという学生やお財布に優しいファミレスに衝撃を受けたし、セブンイレブン、ミニストップを見てテンションが上がって必ず入っては何も買わずに出ていったのは良い思い出だ。
そんな田舎だから、人との繋がりの少ない俺は学校の中では俗に言う陰キャラと言うやつで空気のような存在だったろう。
だからこそ進学すると同時に俺の数少ない友達とは学校が別になってしまい高校生活、ぼっち確定が分かり切っていたのでなおさらだ。
そんな今日、四月六日月曜日。県立鶴島東高等学校の生徒に俺はなりました。ちなみに鶴島東という高校名だが近くに鶴島南という中高一貫校もある、しかし北と西はどこ行った!?と俺含めこの地域に住む人は一度は思います。
制服は基本的に男子は学ラン、女子はセーラー服と田舎の高校らしい指定のものだ。中学も学ランだったので特に違和感はないがブレザーの制服も恋しいなと少し思ってしまう。
じゃあブレザーの学校に行けばいいじゃないかだって、ここは田舎だぞ家から近いところを選ぶと選択肢がないんだ。
マジで都会の奴らが妬ましい。
そんな訳で俺は個性を出そうと学ランの下にジャージを着ている。カッターシャツを下に着るより俺的には凄くイケていると思う。
朝、学校の正門をくぐってからみんなの視線を掻っ攫っている気がするし、友人同士ひそひそ話しているのは俺の着こなしの凄さを語り合っているのだろう。
そう思うと悪くない気分だった。
その後よく分からないお偉いさんたちの話を聞き、新入生代表の生徒がありふれたような真面目な文を読んだ退屈な入学式を終え、立ち寄った図書室でそれが起きたのだ。
入学初日かつ上級生も早く下校する日だからこそ誰もいないと踏んで一人、本を物色しようと寄ったのだが同じことを考えている女の子がいたのだ。
その子はさっきの入学式で新入生側の席で見かけた子、と言うより見てしまった子だった。なぜなら俺の周りに座っていた男子数人があの子が一番可愛いと話題に上げていた。
人間というものは正直ですねつい目線をそこに運んでしまうのですから。
そして確かに可愛いと思ったのでその子は印象に残っていた。
まあそんな女の子と二人きり、意識しない男子がおかしいですよ。
しかもアイドルさながらの微笑みを向けてくる。
さながら至近距離で大砲を打ち込まれたかのよう、俺はその後の記憶は残っておりません。なぜなら気づけば家に帰っていたのだから。