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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
一章 新人嬢で素人
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新人嬢で素人 8

この回も台詞と単語を修正しました

 俺は藍原千歳あいはらちとせに対しどんな感情を抱き始めたんだろう。好きとか惚れたとかきっとはっきりした感情が芽生えたわけでもなく、ただ自分が人に向ける感情がちっぽけで無責任で自分勝手だったから、そんな自分を変えたいと思った過程に藍原千歳がいた。

 8年前からある事件をきっかけに他人への興味心が薄くなってしまった俺に藍原千歳という存在はもう一度立ち直るきっかけになるんじゃないかと思った。だからこれはチャンスでもありケジメでもある。藍原に相談相手になると決めた自分へのーーー。


「よぅ、1週間ぶり……」


ソファーから立ち上がり、俺は藍原の前に出る。


「なんで……」

「言ったはずだけど? 相談兼愚痴を聞く相手にはなれるって」


11月15日。俺はあの日の朝を鮮明に覚えている。


「あなたには関係のないことなの。 悩みは確かにあるけど、でもこっちの方じゃない」

「だから関係ないって?」

「だってそうでしょ?! あなたはただの秘密の共有関係止まり。これ以上は……………迷惑をかけたくない」


今のが本音か。

 藍原にとって俺が愚痴を聞いたり、周囲に秘密をバラさないよう気を遣っている事を迷惑に捉えているようだ。

 たしかに秘密を守るのに周囲への気を配るのは難しい。山崎卓郎あいつに勘ぐられないように話す話題には最新の注意をするくらいだ。

 けど、そんな事は些細な事にしか過ぎない。

 藍原との距離感に進展があり、河幹千尋かわみきちひろーーー元カノと別れても特に感情の変化がなかった俺が、藍原と過ごす唯一の昼食時間が有意義な時間だっと思えただけで理由としては充分だった。


「スゥ…………はぁ」

「………?」


一旦間を開け、


「俺は藍原にお節介をかけたい!」

「………何を言ってーーー」

「お前が迷惑でも俺は微塵もそんな事思わないッ!! デリ嬢でもスイーツの事でもなんでもいい! 不満があるなら、俺にぶちまけてみろッ!!!」


 俺は藍原にありたっけの声で自分の気持ちを伝える。羞恥心も忘れ。


「はぁ……はぁ……」

「…………………………」


久々に声出した。時間差で恥ずいッ!


「あなたスイーツの事わかるの?」


ジト目の藍原。

冷静かッ! ちょっと間が空いたら返してくる返事がそれって……。


「………わかんねぇ」

「はぁ……。私は、あなたにこれ以上関わって欲しくないから"あそこ"に行くのをやめたわ」


あそことは3階のフードコートのテラス席のことだ。


「それでもーーー」


 藍原は腕を組み、微かな照れ隠しをするかの様な仏頂面で、


「お節介をかけたいんだったらーーー好きにしたら」


「…………いいのか!?」


 きっと藍原は俺に助言や何か行動を起こしてほしいとは思っておらず、今の返答は俺を試そうとする意図があるんじゃないだろうか。


「とりあえず座っていいかしら?」

「あ、あぁ……」


 そう言って藍原はソファーではなく、ベットに腰を下ろした。

 座った時にこっちを向いて上目遣いで見てくる仕草に少し動揺しつつ、


「座ったら?」


と俺にも楽な状態になれと促す。


「あと、お金はちゃんと貰うから」

「…………………………………」

「ども」


俺は藍原に1万6千円を渡して、ソファーに座った。そうだった……。タダで呼んだんじゃなかった。



同日22時


「とりあえず何か飲むか?」


 俺は小型の冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中は四角い空間に区分けされてて中には当然ドリンクもあるが、ローションや大人の玩具も売られている。それもそうだ、ここはそういう場所なんだからあるに決まっている。俺は無言で冷蔵庫を閉めた。

 藍原がここにいる時間も部屋の利用時間も有限で、ルームサービスまで使っていたら時間が過ぎてしまうため仕方なく冷蔵庫からペットボトルのお茶とコーラを購入した。

 藍原にお茶、俺はコーラを飲んで一息つき一通りの話を聞いた。

 11月27日。藍原がホール長と意見の相対があり、自分が創作した新作スイーツの候補案を却下されたことについてだ。


「なんでダメなんだろうなぁ……」

「決まってるでしょ? お客さんに出せるような物じゃないってことよ!」


キレ気味に言う藍原。


「そんなことないだろ…」

「そんなことあるわ。現に却下されてるじゃない」


こりゃ相当だ。

 隣で小言でホール長の文句を呟き始める藍原はとりあえず置いとて、藍原が作ったスイーツがどんな物なのか気になる。


「ちなみにどんなの作ったんだ?」

「ちょっと待って」


 藍原はカバンからスマホ出して少し画面操作してから俺にスマホの画面を見せたいと手で招いてくる。ソファーから藍原の隣になんの躊躇いも持たず隣に座った。


「はい。これが立候補に出したケーキ」


 画面を覗く為に体を少し寄せて顔を近づける。

 スマホの画面に写っていたケーキは、透明なプラスチックのカップに生地と紅色のソースが断層になっていて、上に苺やチョコレートではなく、2つ重なった顔の描いた小さな白玉と周りに白い粉がかかっている。多分シュガーパウダーだ。


「雪だるまをイメージしたカップのケーキよ」

「……………………」


 俺は、画面向こうに写るケーキに見惚れていた。

 藍原の作るケーキは可愛くて、見た目で惹かれる感じが溢れ出ていて、


「すげぇよ……」


ただ一言それだけしか言えなかった。


「結局ダメだったけどね」

「そんなことッーーー」


今の藍原との物理的な距離はこれまで話てきた中で1番近かった。

 顔を上げればすぐ横に藍原の小柄な顔が、呼吸音がはっきりわかる距離に俺と藍原は無意識に近づいていた。


(近すぎるッ!)


 隣いる藍原から柑橘系の香水の香りが鼻をくすぐる。


「近いから離れて」

「えっ? あ、あぁ………ごめん」


 俺は人1人分くらいのスペースを開ける。軋むベッド音に左の耳にかかった髪をまくり上げる仕草が場所と相まって絶妙な雰囲気を醸し出している。

そういえばここラブホだったけ……。


「あのさ……」

「なんだよ」


改まった藍原の表情は恥ずかしそうな赤面で、


「して、あげようか?」


と視線だけこちらに向けて衝撃発言をする。


「一応お金貰ってるし、今まで悩みを聞いてくれた……から………」


ここはラブホで藍原千歳はデリ嬢。本来だったらお金払ってして貰うのが当たり前。

けどーーー


「ごめん」


きっと後で思い出して、家の中で頭抱えながら後悔するに違いない。それでも俺はーーー。


「藍原とはこんな形でしたくない。今はお客とデリ嬢じゃないから」


はっきり断り切った。

 藍原は驚いた表情をした後、クスッと笑った。


「なにそれ、変な人。初めてよ、デリヘルにそんなこと言う人」


藍原は笑った。笑いながら涙ぐんだ。


「後で後悔しても知らないわよ」

「俺もそう思う」


これで2度目になる。藍原千歳という超絶美女との行為を断ったのは。

 藍原の涙がどういうものかはわからない。聞いてみたい。ーーーだけど今はこれでいい。


「とりあえず、俺も何かできないか考えてみる」


座ってた俺はベッドから立ち上がり、


「だから、もう1回頼んでみようぜ」


藍原は俺を見上げる。


「ええ。そうするわ」



 話にひと段落がつき、時間も気づけば1時間間近になっていた。

 藍原は持ってきたカバンを持ち部屋を出る準備をしているところに、


「これだけは聞いておきたいんだけど、いいか?」


藍原にどうしてもこれだけは聞いておきたかったことを口に出す。


「なんで風俗嬢を続けてるんだ?」


 最初に質問した時は「なんで風俗嬢なんかやってるんだ?」と質問した。今はなぜ続けているのかをあの時とは状況が違う立場から藍原に問う。


「明日予定あるかしら?」

「うん? まぁ暇だけど、なんで?」

「その質問の答えを教えるから」


そういうことか。明日は休みを貰ってるから1日暇だ。


「午後の1時半に静岡の駅、南口に集合で」

「待てよ、同じアパートなんだからそれでーーー」

「午前中は用事があるわ。だから待ち合わせにしてくれるかしら?」

「わ、わかった……」

「それじゃあ明日」


藍原は部屋を出ていった。

 藍原が俺を連れて行きたい場所、そこに藍原千歳のデリ嬢を続けてる理由がある。

 5分くらい経ってから俺も部屋を出ようとした時、


「ヤベッ!」


通路の方から足音と話し声が聞こえてきた。

 俺は咄嗟に部屋のドアを閉めいなくなるか部屋に入るまで様子を窺う。


「ーーーあれ?」


一瞬、聞いたことのある声の人物を確認するためドアを少し開け覗き見る。


(マジかッ!)


通路の奥を曲がった男女に微かな見覚えがあった。

 ホテルを出た俺は、さっきの2人がどこで見たのかを思い出す。女の子の方は同じデパ地下のお惣菜フロアで働くバイトの子。そして男の方はーーー


「今の、藍原んところのホール長?」


藍原千歳の新作スイーツの創作案で揉めたキッチンホール長だった。



新人嬢で素人 8 完


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