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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
一章 新人嬢で素人
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新人嬢で素人 5

前にアップした内容から少し単語を修正しました


2018年 11月15日 朝7時



 藍原千歳あいはらちとせとの遭遇からもうすぐ1週間が経つ。

 あれから特に話すこともなくすれ違っても挨拶しかしないし、同じアパートでも鉢合わせることは1度もなかった。

1週間前の藍原から「無関係な距離でいましょう」とはこういうことだ。

 このまま何事もなく日々が過ぎれば藍原がデリ嬢ってことも俺が大人のお店を使ったてことも忘れていくだろう。時間が解決してくれるってやつだ。


「今日はゴミ回収の日だっけ」


 俺が住む地域のゴミ回収日は火曜日と金曜日。今週は火曜日に出すのを忘れていたから溜まったゴミ袋は2つになった。

 俺は両手にゴミ袋を持ち玄関を身体で押し開け階段を下りる。


「あっ」


 ゴミ捨て場から歩いて来る眼鏡の女性。見覚えのある格好。5日前の朝、二階の俺の家に苦情を言いに来た人物ーーー藍原千歳var.オフ。

 前回は眼鏡にスッピンの赤パーカー黒ジャージでポニテだったが、今日は髪を両サイドに分けてシュシュで纏めている。


「おはよ」

「……おはよう」


なんで睨みつけてくるんだよ。

 相変わらずスイッチオフの時は目つき悪りぃなぁ。いや、なんか前よりさらに悪いな。


「なんか………顔が疲れてないか?」

「気のせいよ…」


 藍原は自分の顔を見られまいと顔を反らす。

多分メイクをすれば誤魔化してバレないようにすると思うが、今はスッピンで目の周りに軽いシワが見える。

 この1週間、遠目で藍原を見ていても何一つ変わらない奇策で優しい態度だったから特にストレスの溜まるような事は職場じゃ無いのだと思っていた。おそらく藍原のストレスの原因はあっちの方だ。


「私達はもう無関係の他人。気を使わなくて結構だから」


藍原はそのまま俺の横を通り過ぎる。

前にも「無関係な距離でいましょう」と藍原は言った。勿論それでいいと思った。けど、


「相談ーーー」

「?」

「ーーーてわけじゃないけど、話聞くぐらいなら俺にもできるだろ!」

「さっきも言ったでしょ? 無関係の他人だって。調子にーーー」

「話せる相手! どうせいないんだろ?」


藍原の秘密を知ってるのは職場じゃ俺ぐらいだし、友達がいても話せる内容じゃない。


「……………」


振り返りこちらを見る藍原の顔は、凄く渋い顔をしていた。


「はぁ…」


溜め息を吐き、


「今日のお昼ーーー」

「はい?」

「12時半にこの前のテラス席に集合。それでいいかしら?」

「わ、わかった……」


待ち合わせの場所と時間を指定して藍原は自分の部屋へと戻ってく。

 俺は少し気分が上がり、持っていたゴミ2つをゴミ回収置き場に放り投げて駆け足で部屋に戻る。



2018年 11月15日 午前8時



「今日機嫌いいな」

「へ?」


休憩室で同僚の山崎卓郎やまざきたくろうはブラックコーヒーを啜りながら俺の顔をじっと見る。

 

「別に、いつもと変わらないけど」

「ふーん…」

「なんだよ…」

「いや、やっぱいいわ」


 卓郎の悟りの良さは異常だ。あんまり隠し事しても変に勘ぐられかねない。下手に誤魔化さないように言う時が来たら言うだけだ。


「卓郎!」

「なんだぁ?」

「今日の昼ちょっと用があって、悪りぃけど1人食べてくれ」

「あいよ」


缶を咥えながら休憩室を出る卓郎。

 それから特に出勤する藍原と会う事もなくいつも通りの業務をこなす。昼休憩が近づくにつれ、そわそわ感が表に出てきた。

 藍原千歳とランチ兼相談話とか周りが知ったら羨ましがるだろうなぁ…。


 ここのデパ地下の壁側のお店はキッチンホールがお客さんから見えるように透明なガラスで仕切られている。スイーツコーナーは特に子供や若いお客さんが見学しているのをよく見るためデパ地下は割と人気だ。

 だから毎日運搬やお客さんの案内で通りかかる俺はチラッと覗き見ぐらいはする。今もキッチンで(おそらく)ケーキのスポンジ生地を作っては焼いて、スイーツを作ってる時の藍原は凄く真剣な表情だった。

 彼女は真面目で努力を惜しまない人間って遠目から見てわかった。


「俺とは正反対だ………」




2018年 11月15日 12時頃


 ついにこの時間が来てしまった。

 休憩に入った俺はフードコートに並ぶサンド系のファーストフード店でアボカドサンドとウーロン茶を購入し、前に座った場所と同じテラス席に腰を下ろす。

 季節は11月。風も冷たくなり半月もすれば12月に入り本格的な寒さが始まる。こうやって外で食べれるのは今の時期だけだ。

 俺はスマホを右手で操作しながらサンドを口に頬張ると、


「どもっ」


同じファーストフード店のトレイにホットの紅茶と偶然同じアボカドサンドを乗っけた藍原千歳が現れた。

 目の前の席に座り、


「先に食べてからでいいかしら?」

「そうだな…」


2人で同じアボカドサンドを黙って黙々と食べた。

 昼食を食べ終え俺と藍原は互いに飲みもので口の中の水分を補給した。……やはり素の藍原て話しづらいな。


「だいぶ寒くなってきたわね」


キッチン制服の上に着たテーラージャケットから指先(萌え袖)出して息をかけて手を温める藍原の仕草は様になっている。ていうかどんな仕草も似合ってるんだよなぁ。さすがS級美女。恋愛ドラマのワンシーンを観てるみたいだ。って、世間話しに来たわけじゃねぇぞ!


「あれから何かあったのか?」


外の景色を見つめていた藍原はこっちに顔を向ける。


「…………」

「とりあえず話してみろよ。夜の仕事デリヘルで何かあったんだろ? 言うだけでも楽になるぞ」

「……………………」


藍原はちょっと溜め込んで、


「…………昨日ーーー」


ボソボソと言う。


「いや、聞こえないけど」


 金曜日とはいえ今日は平日の昼。休日と比べ利用するお客さんは少ない。ましてや今日は少し肌寒いおかげでテラス席はガラガラだ。普通に喋っても問題ない。


「…………」


 藍原は顔を赤らめ、


「昨日のお客さん、私に飛ばしてきたのよ!!!」


声を強く張ってーーーと言うより、もはや叫びだった。


「声でけぇよ!」

「ーーーッ! ごめんなさい……」


聞こえないとは言ったが、そんな大きい声で言わなくても……。


「で、飛ばすって………あぁ、せいえーーー」

「言わなくていいからッ!!」


藍原は広げた右手をバッと俺の前につき出して言葉を遮った。


「まさかあんなに飛ばすなんて思わなかったわ……」


そのお客さんは相当な精力の持ち主なのね。

 だが俺はある事に気づいた。


「触ったの? ちんーーー」

「だから言わなくていいッ!!」

「お、おう………」


また遮った。

 今の流れからして、藍原その男性客を昇天に導いたらしい。普通に考えれば藍原がなんらかの方法で気持ちよくしたと見解づく。


「触ってないわよ……」

「じゃあ、どうやったんだよ?」

「…後ろから耳元で囁いただけよ。艶のある感じで罵倒してほしいって……」


あぁ、あなた上手そうだもんね、罵倒。


「でも後ろから囁いただけなんだろ? どうやったら顔にかかるんだよ」


 藍原は背後から耳元で囁いただけ。ならお客さんは自家発電でイッた事になる。


「ベッドにあるティッシュを取ろうと四つん這いになったのよ。そしたらいきなり私の名前叫んで、残り?をこっちに飛ばしてきて……あぁもう最悪ッ!」


あぁー……なるほど。

 藍原は自分の名前を叫ばれて、条件反射で振り向いたらタイミング悪く顔にかかったのか。


「下着姿だったからよかったわ。服にかかってたら殴ってたかも……」

「そ、そうか……。でも、顔は嫌だよな」

「家に帰って100回洗顔で洗ったわ」


やり過ぎだろ。


「そんなことあってもまだ続けるのか?」

「言ったはずよ、お金が必要って」


藍原は前にもお金が必要って言った。その時は顔は見れなかったが今目の前の藍原の表情は強く、揺るがない意志を感じた。


「もう休憩終わりね。ありがとう、話聞いてくれて」


 スマホで時間を確認した藍原はトレイを持ちながら席を立つ。もうすぐ1時になるのか。藍原と話してたらあっという間だった。


「少しはスッキリした……気がする」


気がするのかよ。


「またなんかあったら、愚痴聞く相手にはなるよ」

「その時はお願いするかもね」


去り際にウインクして藍原はこの場を後にした。

 自然にウインク出るあたりさすがはS級美女ってところだな。


「俺も早く戻ろ」


 藍原千歳の愚痴話、存外楽しかったことに俺は内心驚いてた。



新人嬢で素人 5 完

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