新人嬢を素人 4
2018年 11月11日 午前8時
「なんでお前ボサボサなんだよ」
職場の休憩室兼ロッカーで着替えを済ましてスマホをいじっている同僚の山崎卓郎は俺の頭を見て当たり前の反応をする。
自分のロッカーについてる鏡で自分髪を確認しながら、
「朝いろいろあって、気づいたらバスの時間がな」
「なんだよ、"いろいろ"って」
「"いろいろ"はいろいろだ」
言えるわけない。
職場で何人もの男にアプローチをかけられるS級美女の藍原千歳と同じアパートに住んでるどころか一悶着あったこと。
しかも藍原の自宅姿も見た。あまり自分の事を周りに話さないらしい藍原千歳のレアな格好、話したらややこしくなりそうだから黙っておいた方が自分の為にも藍原の為にもなる。
ただ、作業チームが違うとはいえ同じフロアで働いてるからなぁ……。顔会わせた時気まずい。何度も言うが、ほんとに気まずい。
「後嶋くん、今日スイーツで使う材料も発着してるからキッチンBに運んでおいて」
「わかりました」
スタッフスーツに着替え終わったところに業務スタッフチームの課長が俺に仕事の追加を命じてきた。
地下フロアのコーナーはAからKに区分けしてて、キッチンBはスイーツコーナーのAからCの内のB。そしてBは藍原のいるキッチンホールだ。早速これだよ。
「これで良し!」
1階の立体駐車場側に運搬受け入れフロアがある。食材の入ったダンボールをいつも以上に早く積みキッチンホールへ向かう。
現在8時半。藍原がいつも出社して来る時間は大体9時前。今から急いでキッチンホールに行って納品を完了すれば鉢合うことはない!
「後嶋くん、終わったらいつも通りに………。今日は凄いやる気だなぁ」
一瞬、課長とすれ違った気もしたがそれどころじゃない。一刻も早くキッチンホールへ行かなければ。
エレベーターを降りて、地下のフロアに来た。どうやら周りの男性スタッフ達を見た感じまだ藍原は来てない。イケる!イケるぞぉ!
「はぁ…はぁ、食材持って来ましたぁ!」
「ご苦労様……。…………大丈夫?」
「気にしないでください……。早く納品の確認をお願いします」
「え、えぇ……」
キッチンホールのサブリーダーでお姉さん的存在の乾さんに心配されながらも納品のチェックを進めてく。
そして納品確認は10分くらいで終わり、急いで台車を走らせ通路を駆け抜けてエレベーターまで来た。
(よかったぁ。なんとか鉢合わせず済んだ)
安堵した俺はエレベーターが降りて来るのを待っていた。エレベーターが地下のフロアに着き扉が開く。
「あっ」
エレベーターには、ちょうど今来た藍原千歳が乗っていた。
「………………」
「おはよう」
「お、おはよう………」
藍原はスッと俺の横を通り、俺はゆっくりとエレベーターに入る。恐る恐る、藍原の方に視線を向けるとエレベーターの扉が閉まるまでこちらを睨みつけていた。マジでホラーなんだが………。
2018年 11月11日 午後12時
「藍原千歳、今日も可愛いよなぁ」
「そうか?」
「……………お前、藍原千歳となんかあった?」
卓郎とのいつもの昼飯。いつもの藍原千歳への感想。だが、違うのは俺の藍原千歳に対する考えと見解。
「なんで?」
「いつもだったら『高嶺の花だな』とか『S級美女が〜』とか言うだろ」
たしかにそうだ。
今までだったら藍原千歳のことを聖女のような存在、近づきにくい感じだったが昨日の案件のせいで藍原への印象は変わった。
これまで藍原が振り撒いていた奇策な仕草も優しい印象も全部周りと上手くやる為の作りもの。昨日の話し方からかして恐らく我が強く、目つきも悪い。おまけにガードが超堅い。ガードが堅いのは元々か……。
「なんもねぇよ」
「嘘だな。………昨日デートどうだったよ?」
「えっ!?」
いきなり話が変わった。しかもかなり痛いところを突いてきやがる。山崎卓郎《この男》、毎度毎度鋭いんだよなぁ………。
「ま、まぁいつも通りだったかなぁ。買い物して飯食ってそれで終わり……」
「別れただろ」
「……………………………………………………はい」
「だと思ったぜ」
「なんでわかったんだッ!」
「だって、昨日その現場見てたし」
「はぁッ!?」
あそこにいたのかよッ!
「なんか重い空気だったから声かけなかったけど、やっぱりそういうことか」
卓郎は食べ終わった弁当のゴミを袋に纏めて休憩室から出ようとする。
「だから言っただろ? 『考えてみろッ』てな。ちょっと外で吸って来る」
卓郎は休憩室を出て行った。
俺は食べ終わったパンのゴミを袋に入れて立ち上がり休憩室を出る。
わかっていた。卓郎に言われたことはあの時フラッシュバックしたから思い出してる。それでも俺は自分を貫いた。その結果がこのザマだ。
俺は地下フロアの階段にあるゴミ箱でゴミを捨て自販機で今日の一杯を選ぶ。出て来たペットボトルの熱いお茶を取り出すため屈んだ時、
「ちょっと良いかしら?」
屈んだまま声の発信源に顔を向けると、そこに立っていた人物は私服姿の藍原千歳だった。
「顔貸しなさい」
藍原は両腕を組んだまま右手でエレベーターの方へ指差す。
俺と藍原は三階にあるフードコートのテラス席に腰掛ける。
「休憩中にごめんなさい。どうしても話があって」
「私服ってことは、午前中だけなのか? 今日は」
青の丈の短いジャケットに女性用のワイシャツとミニスカート。何着ても似合うな藍原は。
「ええ。今日は用事があるの」
今の藍原は落ち着いた雰囲気を出している。今朝の様な強い口調や鋭い目つきは無く、だがいつもの優しい雰囲気でもない。これが本当の藍原千歳ーーー。
「まずはありがとう」
「ん? なんで」
「ちゃんと黙っててくれてるから……」
「そりゃあ、言えるわけないだろ……」
藍原千歳はデリヘル嬢ーーー。なんてバラしてみろ、すぐに拡散されてお店に指名殺到になるの至極当然の事だ。
「私は周囲との関係は一定の距離でいたいの。だから私もあなたがお店を利用した事も言わないし馬鹿にもしない」
「そりゃあ……どうも」
「だから、これまでの私達でいる為にお互い無関係な距離でいましょう」
真剣な表情でも藍原の可愛いさや美しさは変わらない。今でも周りのフードコートを利用する男性客からの視線も感じるし、
「座ってるの彼氏かぁ?」
「いや無いだろ」
「男の方は普通だな」
俺を小馬鹿にする声も聞こえる。
きっと藍原に釣り合う男は宝塚男優くらいだろう。
「……もうすぐ休憩終わりよね? 話は終わり。私もう行くから」
藍原は席から立ち上がりその場を去ろうとする。
「なぁ!」
「?」
俺は藍原の足を止める。
「彼女と別れてすぐ、お店を使う奴って………やっぱりクズだよな?」
どうしようもない問いかけで。
「確かにクズねーーーーーーでも」
藍原は振り返り、
「慰めて欲しかったんでしょ? だとしたら、クズはクズでも見下すようなことはしないわ」
「ーーーッ!!」
「誰にだって……辛いことはあるんだから………」
真剣な眼差しで俺のくだらない問いかけに答えてその場を去った。
俺は藍原のことを勘違いしていた。我が強く、目つきも悪く、奇策な仕草も優しい雰囲気も全部作りものだと思った。けど、
(優しいのはーーー本物なんだな)
藍原千歳の見方が少し変わった。
******
2018年 11月11月 午後3時
某市内病院。
「ごめんねおじいちゃん、替えの下着買ったりしてら遅くなっちゃった」
ここは藍原千歳の祖父が入院する病室。
ベッドの上で上半身を起こして新聞を読んでる老人、藍原敏夫は千歳が病室に入って来たことに気づき老眼を外す。
「千歳、最近無理してないか?」
「どうしたのよ急に」
「疲れたような顔をしてるからのぉ。ちゃんとご飯食べてるか?」
「食べてるわよ。心配しないで」
千歳は病室に飾ってある花瓶の水を入れ替える。持ってきた見舞いの花を花瓶に挿して窓側のテーブルに置いた千歳は椅子に座る。
「だいぶ髪の毛なくなっちゃったね」
「いいんじゃよ。わしももう68、ハゲジジィになったところでなんとも思わんよ」
「もう……」
笑い話で心配させまいと気を使ってくれる祖父。だが、病名を医師から知らされ長く生きられないとわかってるからこそ、千歳はできるだけ祖父に顔を見せ一緒にいる時間を増やしている。
「仕事はどうじゃ?」
「なかなか自分の創作案を認めてもらえなくて……。未だに生地作りよ」
以前、商品開発会議に提出する創作案を千歳も提出したがチームリーダーに没案として下げられていた。
「基礎ができない者のは何作っても一人前にはならん。毎日精進じゃ」
「うん………」
それから千歳は近況報告だったり、最近の身近な出来事だったりと話してるうちに日が沈み外は暗くなっていた。
「また来るね」
面会時間の終了時刻間近になり千歳は病室を出ようとする。
「千歳ーーー」
「なに?」
「ワシのことは気にせず、自分のために時間を使いなさい」
「ッ!! …………ほんとに、大丈夫だから」
千歳は病室を後にし、スマホを見る。そこには、今日もお店から指名が入っていた。
新人嬢で素人 4 完




