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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
三章 元カノとデリ嬢
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元カノとデリ嬢 6

2019年3月9日 8時


 週末になった。

 イベント会議はこれまでに3回行われ、現状の問題であるスペースの確保についてはもう一店舗分出店する形でとりあえず解決した。それでもまだスペースは埋めきれず、他の商業施設関係者を交えた会議で改めて決めるらしい。出店する商品も「常時保冷できる食品系は販売できるのか?」とか「飲食スペースの確保は?」とか「テレビ取材の許可は?」などと挙げるとキリがない課題だらけ。初めてイベント事に関係者側で参加するが色々難しいんだな。

 そんなこんなで面倒事が増えながらも週末になり明日の会議までに俺も何か提案できる案を考えるべきか………。


「で、朝から考え事か」


 休憩室にいる同僚の山崎卓郎(やまざきたくろう)にこの1週間の状況を説明していた。


「少し見栄を張ったけど、俺からは何も案を出せなかったよ」

「仕方ないだろ。初めてイベント会議に参加したんだから。それにーーー」

「それに?」

「アルバイトにしては逸脱したポジションだからなぁ。なんでスタッフ程度の役職を会議に参加させるのか………。気になるねぇ」


 卓郎は何かと頭がキレるから大体こういう時の卓郎の読みと思考は当たる事が多い。もし卓郎の考えてる事がドンピシャなら俺をーーーという会場スタッフを会議に参加させるには何か意図があるのかもしれない。


「何か進展があったら教える」

「あぁ」


 始業時間になり俺達はそれぞれの持ち場へ向かう。

 今回のイベントは規模が大きいから現地スタッフの協力も兼ねて企画会議に参加させたーーーと思っていたけど違うのだろうか。

 搬入倉庫に向かって歩いている途中ズボンに入っているスマホがバイブする。


「藍原?」


 LINEのメッセージバーナーが画面に出ている。相手は藍原千歳(あいはらちとせ)だ。内容は、


『お昼休憩いつもの場所で』


昼の誘いだ。いつもの場所というのは3階のフードコートのテラス席。これまでに何度もあそこで藍原の相談や愚痴を聞いてきた場所だ。

 俺はすかさず了承の返信を送りそのまま自分の業務に入った。



同日12時


 俺は休憩に入ると直ぐに3階のフードコートに来た。お昼も兼ねて何か食べようとフードコートを見て回り、結局はいつも食べるファーストフードでサンド物とアイスティーを頼んで藍原とよく座っているテラス席に座る。藍原はまだ来る様子はないので速やかに昼食を完食した。


「だいぶ暖かいなぁ」


 今日は天気が良い上に気温も高い。4月並みの暖かさだ。

 俺は外のテラス席から街並みを見渡しながらアイスティーに挿さるストローを口に加えて吸い込む。


「ごめんなさい! 待たせちゃった?」

「いや、そんな待ってない。それよりその袋は何?」


 藍原は店の制服の上にセーターの上着を羽織り右手には小さな白い紙袋を持って現れた。いかにもお土産とか差し入れなどの紙袋に見えるが、藍原が旅行に行ったとかは特に聞いてない。ていうか、ほとんど職場にいるの見てるし。


「え? あぁ、これ?」

「そう」

「今回はこれを食べてもらいたくて持ってきたわ」


 そう言って藍原は紙袋から正方形の紙箱を出す。箱を開いて中からプラスチックのトレイを引き出すとそこには、上は茶色で側面は黄色い長方形の食べ物が出てきた。


「カステラ?」

「ええ。イベントで出す商品の候補なのよ」


 どうやらこのカステラは月末のイベントで販売するサンプルでこれを俺に試食しろということらしい。

 しかし、なんで俺に試食させるんだよ。


「安心して。毒なんか入ってないから」

「入ってたら大問題だろ!」


 くだらない冗談を言うんじゃない。

 俺はカステラを手に取り口へ運ぶ。フォークとかあったらよかったが、カステラだし特に切り分けて食べなきゃいけないサイズでもない。


「……………」


 まじまじと見過ぎじゃないですか藍原さん。

 この場合はなんて感想言ったらいいかわからない。俺は評論家でもましてやパティシエでもない。でも今は思ったことを素直に言おうと思った。


「普通に美味い」

「…………………それだけ?」

「ああ。"普通"に美味い」


 一口頬張って感じた甘くて優しい味。カステラなら当たり前だが何か違和感がある。


「………………」

「うーん、俺以外の素人に食べてもらったらどうだ?」


 俺の感想に悩み始める藍原見て俺は少し罪悪感を感じてしまった。しかし、ここはあえてはっきり言わなければならない。藍原が今回のイベントに意識を強く持つ以上中途半端な感想を伝えるのは間違っている。

 ならば今は多くの素人に食べて感想を聞き改善をする必要があると俺は勝手ながら解釈した。


「あなた以外の人に食べてもらう………」

「藍原には丁度いい機会があるだろ」


 デリ嬢での仕事で客と接する機会がある藍原なら自分で作ったことを隠して適当な理由で食べてもらえばいいわけだ。


「そうね。ーーーーーーそうするわ」


 どうやら藍原も解釈してくれたらしい。

 正直、藍原の作ったカステラを食べて俺は感じた。まるで藍原が作ったカステラではなく誰かが作ったカステラを食べさせられていたような感じ。予め決まった分量や焼き加減をただ真似しただけの味だったのだ。

 俺はてっきり藍原が自作で考えたお菓子だと思ったし、イベントで売るにはカステラなんて持ち帰りやその場で食べれるベストな商品だと思う。

 だから藍原にはそのままで自分のお菓子を作ってほしい。


「用は終わりか?」

「ええ」


 今回はこれだけらしい。

 今日は特に話す内容も互いに無いようだ。なら、ここはもう解散でいいだろ。


「じゃあ俺は戻るよ。藍原は?」

「私はお昼を食べてから戻るわ」

「そうか」


 俺は先程食べたサンドのゴミとプラスチックのアイスティーが入っていた空の容器が乗ったトレイを持ち席を立ち上がろうとした時だった。それは唐突に来る。


「うん?」


 俺と藍原の座るテラス席の直ぐ側に1人の女性ーーーーーーいや女の子が立っていた。

 その女の子は身に覚えがあって、ショートカットの髪に先端の毛先にブラウンのメッシュが入った独特のヘアースタイル。春物のファッションを着こなす女の子はーーーーーー


「お久しぶりです。後嶋さん♪」

「ーーーーーーーーーえっ?」

「2ヶ月ぶり………いや1ヶ月ぶり?」

「ち、ち、千織ちゃんっ!!?」

「はい!」


洟村千織(はなむらちおり)。一月ほど前に自校で知り合った女の子だ。


「なんで千織ちゃんが………」

「それは後で説明します。そ・れ・よ・り、そちらの女性誰ですか?」


 千織ちゃんはニコニコと表情は笑顔だが、言動からただならぬ恐怖を感じる。千織ちゃん怖っ!


「えっと、こっちは藍原千歳。職場の関係者で………」


 よしっ! 嘘は言ってない。


「そうなんですかぁ。初めまして、洟村千織です。後嶋さんとは自校で知り合いました。藍原さん、やけに親しいのでてっきり彼女さんかと思いましたぁ」

「違うわよ。この人とは本当に職場の関係者なだけだから」


 藍原の言動と声色から大人な対応でやり過ごそうとしているのがわかる。

 だが、事態はそう簡単に上手くやり過ごせるほど甘くはなかった。


「へぇー。じゃあ、私が後嶋さんの彼女になっても大丈夫ですね」

「っ!?」

「っ!」


 千織ちゃんは俺の左腕にしがみついて小悪魔で笑みで藍原に見せつける。これは完全に藍原を挑発しているぞ。

 洟村千織の突然のエンカウントにより更に話は拗れていく。


「千織ちゃん、何言って………」

「いいじゃないですか。藍原さんは赤の他人なんですよね?」

「え? あ、いや、まぁ………」

「洟村千織………さん、失礼だけどあなたまだ学生よね?」

「今年大学生です」

「てことは、まだ18よね? 歳も離れているし他の男性にした方がーーーーーー」

「関係ないです」


 千織ちゃんは藍原の言葉を遮る。前から解っていることだが、千織ちゃんは俺に好意を抱いている。勿論男女的な意味合いで。


「人を好きになるのに年齢なんて関係ありません!」

「ーーーーーーでも」

「それとも藍原さんは、後嶋さんのこと好きなんですか?」

「私は………」

「どうなんですか?」

「…………。彼とはあくまで他人よ」


 藍原は千織ちゃんの問い攻めに対しあくまでも他人だと言い張る。しかし、今の回答が正解だと俺も思っている。


「じゃあ尚更関係ないです」

「………………」


 さて、この空気どうしたもんか………。誰か助けてくれ。


「そうね。無用な口出しだったわ」


 藍原は荷物を持って立ち上がり屋内の方へ消えた。洟村千織と藍原千歳が邂逅し嫌な化学反応が起きた気がする。


「まさか後嶋さんにあんな美人の知り合いがいとは。油断できませんね」

「千織ちゃん、なんでここにいるんだよ」

「今日は新居の契約でこっちに来てるんですよ」


 そういえば今月中にこっちに引っ越すなんて話あったなぁ。


「たまたま寄ったショッピングモールに後嶋さんがいたから近くに行ってみれば………」


 色々タイミング悪かった。


「まさか、本当は付き合ってます?」

「付き合ってないない!」

「なら良かったです」


 千織ちゃんのたまに見せる冷たい表情にびびる俺。


「千織お姉ちゃーん!」

「ーーー! 私もう行きます。また連絡しますから次こっち来た時デートしてくださいねぇ」


 強引に約束を取り付け行ってしまった。


「はぁ………」


 嵐が去ったような感覚に襲われた。藍原の気を悪くさせてしまったみたいだし今度詫びでもしないと気持ちがスッキリしない。

 俺は再びトレイを持ち上げテラス席を離れる。客も増えてきて少し視線も集まっていたし、これ以上は目立つと社内で噂が飛びかねないからな。

 俺は3階のフードコートを離れ急いで運搬搬入倉庫に向かうためエレベーターへ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方、洟村千織は後嶋龍太と離れ親戚の琴美とエレベーターで下の階へ降りている最中だった。

 千織にとって予期せぬ人物と邂逅、そして雰囲気を見た千織はすぐに直感が働いた。


「さっきの人誰?」

「私の言った好きな人だよ」

「あの人が!? 千織お姉ちゃん考え直した方がいいよ?」

「言い方………」


 千織にとって厄介な相手、それはその場にいた藍原千歳という美女だった。口では否定しても雰囲気は隠せていない。


(あの人は絶対後嶋さんに脈アリだ。それにーーーーーー)


 千織はわかっていた。


(あの人が、後嶋さんが助けた人………)


 去年の12月に駅前のホテルで起きた暴漢事件で被害に遭った女性がーーーーーー藍原千歳だということにも。



元カノとデリ嬢 6

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