元カノとデリ嬢 2
「あたし、将来の事を考えてるの。結婚しないなら別れよ」
そう言って別れた日の事を今でも鮮明に覚えている。
あの日は一緒に買い物した。食事をした。つまらなかった事なんてなんにも無かったはずだったのに。楽しかったかどうかの記憶だけが曖昧で、俺は本当に河幹千尋という女性を好きでいたのか今になって疑心暗鬼になってしまう。
『もしかして俺は、河幹千尋を恋愛対象として意識していなかった?』
それじゃあ俺はどうして付き合っていたんだ?
2019年3月2日 22時半頃
「りょう君?」
「ちーちゃん………」
藍原とコンビニの前で話す俺の前にかつて付き合っていた彼女・河幹千尋が現れた。千尋は軽いメイクとコートの下にレディースのスーツを着ている。
「久しぶりだね」
「あ、お、おう………」
「ーーー! もしかして新しい彼女さん?」
千尋は俺の隣にいる藍原千歳を見て新しい彼女だと思っているらしい。
「え、いや、ちがーーー」
「違いますよ」
隣にいる藍原は即座に否定する。
「藍原………」
「ただの同僚です。あなたは?」
「この人の元カノです」
いつもの他人への愛想がいい表情をする藍原は俺達の関係を告げる。そうだ。俺達の関係は同僚みたいなもので、少し拗れた事情がある。
「へぇー……。そう。てっきり、新しい彼女を見つけて幸せにしてるのかと思ったよ。ーーーーーー自分だけ」
「………………」
「何が言いたいんですか?」
藍原は今の千尋の言い回しを不快に思ったのか少し挑発気味に言う。
「なんであなたが不機嫌なんですか?」
「今の言い回しは彼を責めてるように聞こえたからです」
え? え? 何この展開!
「そんなんじゃないですよ」
千尋も藍原に負けないほどの愛想で否定し返す。
「ただ、あんまり良い別れ方じゃなかったので」
「そうなんですかぁ」
この2人の間に見えない火花が散っているのが俺にはわかるぞ。
「お待たせ。………知り合いかい?」
突然コンビニから出てきた爽やか男子が千尋に寄り温かいお茶を渡した。誰このイケメン。
「あぁ、元カレ」
「そうなんだ! 河幹さん彼氏いたんだ」
「一応ね」
一応……か。
「そっちは、もしかして彼氏?」
「違う違う。職場の後輩」
ということは同じ保育士か。
「今日はミーティングで街に来ての」
「そろそろ電車の来る時間だよ」
「もうそんな時間?」
職場の後輩にしては普通にタメ口なのか。
「それじゃあね。りょう君」
千尋は後輩の爽やかイケメンと共に駅の方へ歩いて行ってしまった。隣にいる藍原もこの場から離れようと歩き出す。その去り際に、
「まだ引きずってたのね」
藍原は振り返らず喋る。
違う。
「もう振り切ったんじゃなかったの?」
そうじゃない。
「天邪鬼な人ね」
何が悪い。
「仕方ないだろ! 俺だってよくわかんねぇんだから………」
感情が、思考が、徐々に下に向く。
藍原は無言で俺に近づく。
「私はあなたに微力ながらも感謝してる。だからーーーーーーみっともない自分をちゃんと否定して」
「ーーーーーーーーー」
俺の目を見て一喝する藍原の瞳は強く真っ直ぐで、とても綺麗だった。
「自分が最低の人間だったとしても、そんなあなたに助けられた人もいるって事を忘れないで」
「藍原………」
その後藍原は迎えに来た車に乗って行ってしまった。
今のは藍原にとってのお叱りであり励ましでもあった。下を向く俺を見てられなかったのかな。
俺はまだ寒い3月の夜空を見上げ溜め息を吐く。
「ほんとに、みっともないな。俺は」
紙コップをゴミ箱に捨てて俺はコンビニを後にした。
歩いて20分で自宅のアパートに到着し自室入る。明日も仕事があり、俺はシャワーを浴びてその後は残っていたカップ麺を食べて歯を磨き就寝する。いつもと変わらない日常なのに、先程の一時はまるで悪夢のように感じた。
(まったく………。別れた彼女とは会いたくねぇなぁ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
20分前
後嶋龍太と別れ車の後部座席で外を見ながら俯く千歳。そんな彼女をお店のスタッフである運転手の若い男がルームミラーに視線をチラつかせながら千歳に話しかける。
「藍原ちゃん、もしかして機嫌悪い?」
「そうですか?」
「いやほら、お客からキャンセルされたでしょ?」
「あぁ、あれは私の落ち度です。それよりーーーーーー」
「それより?」
千歳は何かを言いかけて黙り込む。
千歳にとって後嶋龍太は恩人である。彼の良いところも悪いところもこの3、4ヶ月で見てきた。それでも彼はまだ彼女と別れたきっかけを産んだ自分の感情に戸惑っているようだった。
だから、千歳はそんな彼に顔を上げてもらうために強く言ったのだ。
「なんでもないです」
後嶋龍太の態度より元カノの河幹千尋の言動と態度が千歳には不快に感じた。
同 20分前
駅のホームで電車を待つ千尋。隣に立つ職場の後輩である青年が先程コンビニの前での会話について言及する。
「河幹さんに彼氏いたなんてなぁ。あんまり冴えない感じでしたけど」
「私に彼氏いて悪い?」
「え?」
千尋は自身は己の感情を把握してる訳ではない。しかし、他人から見れば酷く気が立っているように見える。ホームのライトに照らされ目元が暗く見えないと更にそれを実感させる。
「いや、そんなつもりで言ったわけじゃあ………」
苛立ちだった。
隣にいた美人で可愛い女性と会話している姿を見てしまった。その時の彼は、千尋が付き合ってた頃には見せなかった表情と態度で、まるで対等な関係だけど他人ではないような雰囲気を醸し出していた。
「ごめんね。少しイライラしてたみたい」
「い、いえ………。僕も無神経でした………」
何故苛立ったのかは改めて明白であり、そんな彼を意識してた自分に腹が立った。ただそれだけだった。
千尋は深い溜め息を吐いて肩にかけていたトートバッグの取手を強く握る。
(話しかけるつもりじゃなかったのに………)
二度と会うことも話すこともないと思っていた。連絡先も消して終わりしたはずだった。だけど、千尋の中にまだ彼はいたのだ。それに気づいてしまったことで更に機嫌を損ねることになった。
その後、帰りの電車の中で終始無言だった千尋に気を回したのか、それとも話しかけづらいだけだったのか後輩は千尋が一歩引いた位置に座った。途中で後輩が降りた後も何もせず無言で座り、降りる駅のアナウンスが聞こえると座席から立ち上がりドアの前に行くとドアガラスに自分の姿が写っていた。
「酷い顔………」
そこに写る自分の顔を見て小さく呟く千尋だった。
元カノとデリ嬢 2 完




