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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
三章 元カノとデリ嬢
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元カノとデリ嬢 1

2019年3月4日 16時


 朝の9時から免許センターで試験を受けて免許証の交付までの間はDVDを見せられた。内容は自校に通っていた時に講習で見せられた内容とほとんど変わらない。正直眠くなるような内容だが、寝ているところを見られると退出させられる。俺は眼力を強くし意識が飛ばないようにこの退屈な時間と奮闘するハメになった。

 免許証を交付された後は職場へ出勤となっている。いつもは朝8時半から始業だが、今日はこういった事情で16時から閉店ーーーというよりは施設が閉まる時間の23時までとシフトを変更された。最近は春休みで高校生や大学生のお客が増えてきたらしいから翌日の準備やらで遅く残る従業員も少なくないそうだ。

 俺は免許センターから直接職場に出勤したが同僚である山崎卓郎やまざきたくろう達もまだ終業する感じはない。いつものロッカー兼休憩室で制服に着替え急いで休憩室をあとにした。

 1階の倉庫は業者の搬入口にがあり、俺は急いで駆けつけると卓郎が俺の仕事を代わって行ってくれていた。


「遅いぞ、初心者ドライバー」

「ありがとう、卓郎」

「俺は先にあがるな。龍太りょうちんあとは頼んだぜ」

「マジ助かる」


 卓郎と入れ替わり俺は普段の仕事についた。



同日22時



 施設内の店舗は全て消灯し人気が全くと言っていいほど無い。唯一通路だけが明るく、俺はこの仕事に就いてから初めて見る光景だ。

 疲労と共に休憩室に戻ってきた俺は、ロッカーから私服を出して着替える。ジャケットを着てリュックを背負い休憩室を出ると、


「おつかれー、後嶋君」


業務課の課長と鉢合わせた。


「お疲れ様です」


 課長は確か今年で40代に入った中年男性。上司なのに奇策で話しやすく信頼を寄せれる人物だ。


「遅くまでご苦労様。車の免許も無事取れて何よりだよ」

「ありがとうございます」

「ところで後嶋君」

「なんですか?」

「今度イベント会場で行われる各商業施設の販売会は知っているよね?」


 勿論知っている。駅の中や街中に宣伝のポスターが貼られている。そして、俺の働くここも何店舗かが新作の食品や雑貨を販売する予定になっている。


「後嶋君の担当している地下の食品フロアから3店舗出店するんだけど、こちらから設営スタッフ何人か出さなきゃいけなくてね」


 なるほど………。


「後嶋君、車の免許取ったし社用車使えるから運転の練習もできる」


 それで?


「後嶋君にやってもらいたいんだけど、いいかな?」


 やっぱりかぁ。


「担当している店舗のスタッフ達と良好な関係を築いている君なら色々やりやすいだろうからね」

「まぁ、そういう事でしたら」

「じゃあ頼むよ」

「わかりました」

「詳細に関しては来週会議があるから報告する形で」

「了解です」


 俺は課長に一礼して施設を出る。

 外に出るとお店は皆閉まっている。人も少ない静かな夜の街を駅の方へ歩いて行く。駅前の交差点は車が行き交う。タクシーもそれなりの台数が止まっている。この時間はバスはもう走っていない為、このまま自宅までは徒歩で帰るハメになる。タクシーを利用しようと停車するタクシーに近づくとドアが開き運転手が「どうぞ」と言う。だが、俺は乗る前にタクシー運転手のお爺さんに、


「すみません、今って夜間割増の時間に入ってますか?」


と現金な事を聞く。


「今は………夜間割増入ってますね」

「じゃあ……やめときます………」


 貧乏一人暮らしの俺にとって割増もケチっていかないとな。

 タクシーに乗るのをやめて駅の南口に出た俺は、ここから自宅まで20分の距離を思い出し溜め息を吐く。顔を上げて歩き出し、裏路地手前で止まっている車から見知った顔の女性が降りる。


「あっ」

「げっ」


 綺麗にメイクをしオーバーサイズの黒いコートとハイネックの白いセーターにジーンズとヒールでお洒落した藍原千歳あいはらちとせと出くわした。


「ーーー!」

「あっ! おいっ」


 藍原は俺の顔を見たとたんに早歩きで裏路地へ入っていく。

 俺は藍原の後を追って裏路地に入る。そこには休憩できるホテルは一件。そう、ここは去年の12月に藍原が襲われ警察沙汰になった場所だ。

 藍原を追って裏路地に入ると、


「ーーー!」

「なんで追って来るのよ」


ホテルの前で藍原が渋い表情で立っていた。


「そりゃあ、人の顔見て逃げるようなことするから」

「しょうがないじゃない。近くにお店のドライバーいたし………」

「お前まだ続けてるのかよ」

「いいじゃない。生活費の為よ」


 最近の藍原はメインの仕事が順調みたいで立場や役職も変わって、デリ嬢なんかやってなくても大丈夫なはず。入院費も事件の加害者から賠償金を受け取っていて入院費に当てているのも藍原本人から聞いている。


「もういいだろ? ここが退き際じゃないのか?」

「………。お客さんが待っているから………」


 藍原はそう言ってホテルの中に入って行こうとする。

 しかし、今日ーーーというより最近の俺は藍原に対し少し感情的で、


「ーーー待てよ」


 俺は藍原の腕を掴んで引き止める。


「離しなさい!」

「生活費なんて都合の良い言い訳だろ!」

「離して!」

「もしかしてお前、楽しんでるのかよっ!」

「ーーーーーーッ!! そんなわけないじゃない!!!」


 藍原は急に怒鳴るような声色で俺の言うことを否定した。


「藍原………お前」

「ハァ………ハァ………、もう構わないで」

「………そういう訳にはーーーーーー」


 藍原が俺の手を振り解こうとした時、藍原のバッグからスマホの鳴る音がした。

 俺は藍原の腕から手を離し、藍原はバッグからスマホを取り出して電話に出る。


「もしもし。ーーーはい。えっ? キャンセルですか?」


 電話相手はどうやらお店のスタッフのようだ。


「ーーーはい。わかりました。近くで待機します。ーーーはい。すみませんでした」


 藍原は電話を耳から外しバッグにしまう。そのままホテルとは逆の表通りの方へ歩き出す。


「お、おい。お客さん待ってるんじゃーーー」

「それならいいわ。キャンセルになったから」

「マジか………。俺のせいだったらすまん」

「ええ。あなたのせいよ」


 藍原と俺は表通りに出て近くのコンビニへ行く。どうやら、時間になっても来ないから指名客がキャンセルして他の娘を呼んだらしい。

 俺はコンビニで温かいドリップコーヒーを2つ買って藍原に渡す。


「すまん………」


 俺は改めて謝罪する


「もういいわよ」

「話の続きだけど、何かあったのか?」

「………前におじいちゃんが一時退院できるかもって言ったでしょ?」


 言っていたな。あれは確か2月の頭ぐらいだったような………。


「手術すれば退院できるって話になって、それには手術費用が今より少し足りないのよ」

「そうだったのか………」

「おじいちゃんが退院できれば、月末の販売イベントに私のスイーツを食べさせてあげることができる」


 祖父に自分のスイーツを食べてもらう事が藍原の恩返しーーーーーーと前に言っていた覚えがある。


「悪い………。何も知らずに引き止めて」

「もういい、って言ってるじゃない」


 そして俺達は気まずい空気から逃げるようにコーヒーを啜る。

 多分、手術をしなければイベントまでに退院は間に合わないという事だろう。藍原の今までの頑張りが報われるならーーーーーー。


『わしが死んだらあの子は1人になってしまう。後嶋さん、あの子の支えになってもらえませんか?』


 藍原のお祖父さんに会った時に言われた言葉が脳裏に明確な記憶として蘇る。別に俺が藍原の特別な存在になりたいとかではない。ただ、年寄りのお願いはちゃんと聞いてあげないとバチが当たると思っただけだ。


「俺は、お金を貸す事はできない。ただーーーーーー俺が、当日お祖父さんを連れて来るよ」

「ーーーッ!! どうしてあなたがそんな事をーーーーーー」

「藍原も当日は会場入りしたら病院まで迎えに行けないだろ? 俺もスタッフで参加するし車もその日は社用車が使える。悪くない条件だろ?」

「それは………そうだけど」


 藍原の望みが叶えば、もう水商売をしなくていいはず。こんな事続けたらいつまたあの時のような目に遭うかわからないからな。


「だから、それまで何かあったらまた相談になるし愚痴もーーーーーー」



「りょう君?」



 それはあまりにも唐突過ぎた。別れてからかなり月日が経ってもう二度と会うことはないとずっと思っていた。

 でもーーーーーー


「ちーちゃん………」


世間は狭く、俺を楽には生きさせてくれはしなかった。



元カノとデリ嬢 1

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