プロローグ
長い三章の幕開け
2019年3月2日
3ヶ月に渡る長い戦いに終止符を打つ時が来たのだ。
思い返せば、仮免に落ちて春休みの合宿生に技能講習時間を取られ、毎日通えていればば1、2ヶ月で卒業出来ていたのがこうしてだらだらと3月に入ってしまうほど長引いてしまった。
緊張の時間。卒業検定の路上走行の最中、自分の番が回ってくるまで後部座席に座る俺は前の運転席で運転する若い男の子が発進や停車でしどろもどろになっているのを見て緊張感がより一層引き上げられた。自分の番が回って来た時は「坂道やめてくれ」とか「歩行者や自転車走ってるな」とか内心祈るばかりだったが、こうして終わって待合室で結果発表もそっちのけで疲労と安心感に浸るばかりだ。
受付ホールの電光掲示板からアナウンスが流れ、画面には受講者の番号が映し出される。人数も多い為合格者番号を見るより不合格者番号を確認した方が早かった。不合格者一覧に俺の番号は見当たらず、俺は見事卒業検定を合格したのだった。
その後、合格者を集めて卒業後の手順を教官が説明してくれた。付与された卒業証明書やその他個人情報が記載された書類を持って免許センターで筆記試験を受けろとの事だ。合格すれば晴れて初心者ドライバーの仲間入りとなる。本当ならば明日にでも行きたいが、今日は土曜日で明日は日曜日。当然免許センターは休みで明日はいつも通り仕事だ。行くのは来週になるだろう。
とりあえず俺は実家に行き、母親に自校を卒業したことを報告することにした。
「なんとか卒業したわ」
実家に帰って来た俺は、封筒の中から卒業証明書を出して母親に見せる。
「良かったじゃん。3ヶ月ならまぁぼちぼちだね」
「2月に入ってから技能の予約取りづらい状況だったから時間かかっちまった」
「早く免許取って車買ってディズニーに連れてけ」
「その内な」
その後は母親の作るご飯を食べ軽い世間話や近況を報告した。
そんな話の最中、母親は唐突に思いもよらない事を言った。
「あんたさ、ちょっと見ない間に変わったね」
それは何気なく出た一言。俺を一番によく知っているからこそ気づく一言。
「そうか?」
前に卓郎にも同じことを言われた覚えがある。自分じゃ特に意識したことなんて無いし、仮に気づけたとしても何がきっかけかなんてきっと理解出来なかったと思う。
「高校を中退して家を出て行った時は、心配だったんだから」
「あの時は悪かったよ………」
「元カノ………千尋ちゃんだっけ? 彼女作っても外面だけで中身が無いような感じだったし」
それに関しては否めないな。実際、話の調子を合わせ、行きたいところへただ一緒に行く。可愛いければ可愛いて言うし、似合っていたら似合ってるとも言う。それは至極当然の対応で常識に過ぎないが、そこに俺自身の意思はなかった。簡単に言うと『砂糖は舐めたら甘かった』と言っているのと一緒なのだ。
「別れて色々吹っ切れた?」
「まぁ、そんな感じ」
もし変化のきっかけがあの時のクズな返答からホテルで藍原に会うまでの一連の流れだとしたら、それはそれで悲しい。
だが、人間の心境が変わるのはいつも劇的とは限らないわけで、俺のという人間が25歳という20代折り返しに突入してから人としての成長をするのにドラマチックな展開はほぼ起きないだろう。
「もう7年前のこと引きずってないなら安心だよ」
「……………。そう簡単に忘れられたら苦労はしねぇよ」
俺は小声で呟きながら実家の冷蔵庫からお茶を出してコップに注いで飲む。俺が中退する原因になった事件。最近は藍原千歳や洟村千織とのいざこざがあり忘れがちだったが、自宅に1人でいると思い出してしまう。
「まぁ、とにかく月曜日には免許センター行ってサクッと免許取ってくるよ」
「慢心すると落ちるぞ」
この日、我が母への卒業報告を済まして公共の交通機関で自宅のアパートへ帰宅するその途中、駅の改札を通るとイベントの告知ポスターが数枚貼られている掲示板に視線が行く。その中に、イベントホールで各商業施設から春の新作商品を紹介・販売する大規模イベントの告知ポスターが貼られている。このイベントには俺が働いている商業施設からも何店舗か出店することが決まっている。その食品関連の出店の中に藍原のいるスイーツ店が参加することになっている。日付は3月30日と31日の2日間。地元のテレビ局も中継リポートすると聞いた。藍原の愚痴兼相談はしばらく無さそうになるな。
帰りの電車の中、自校で知り合った女の子ーーー洟村千織からLINEで卒業式で撮った自撮り写真が送られてきた。
彼女とは自校で色々あったが、あれ以来適度な連絡や近況をやり取りするくらいの仲になった。とはいえ、洟村千織が俺に恋愛的好意を抱いているのは承知している。相手はまだ未成年。一線を超えないよう俺自身気をつけている。
そんな洟村千織のLINEで俺は思い出した事がある。
(そういえば、今月中に静岡に引っ越してくるんだったなぁ)
進学先の大学が静岡の為、今月からこっちで1人暮らしをすると聞いていた。まぁ、引っ越し祝いの1つでも渡してあげるか
俺は千織ちゃんにお祝いのメッセージを送り、電車、バスを使い徒歩である自宅のアパートへ帰宅した。
プロローグ 完




