番外編 4
今回も読み切り回です
2019年2月2日
この話は少し前に遡る。
17時にいつも通りの業務を終えて職場である商業施設から駅に向かっている。
1月の半ばに仮免試験を合格した俺は、現在2段階目、つまり本免試験に向けて講習を受けている真っ最中だ。
しかし、2月に入った途端に受講生の人数が急激に増えて受付フロアは大混雑、技能講習は予約が取りづらい状況になってしまった。どうやら春休みを利用して免許を取りにくる学生が多いらしく、現状学科は順調なのだが、まだ技能講習を2回しか受けれておらず今日も予約が取れなくて家で本免学科の予習をすることにした。
そんな仕事の帰りに役所付近の通りを歩いていると、なにやら出汁の香りが漂ってくるのを鼻で感じその匂いのする方へ行ってみると、
「あぁ、今日はおでん祭りか」
役所前の公園で多くの出店が立ち並び、大勢の人々がおでんの入った器を持って立ち食いしたり、設置されたテーブルでおでんを頬張っている。
ここ静岡はおでんが有名で、濃い醤油出汁におでんの具を入れて長時間煮込ませた味の濃さと青海苔のふりかけをかけて食べるのが特徴的なのだ。それに、有名な点はもう一つある。おでんを売りにしている居酒屋が並ぶ飲み屋街がこの街にあることで静岡のおでんの知名度は高い。子供から年寄りまで幅広い年代がこのお祭り来る。
(小腹も空いてるし、少し食べてくか)
仕事終わりで夕食前ということもあっておでんの香りが空腹感を誘ってくる。
俺は公園の敷地内に入り色々な出店を見る。おでん祭りと言えど地元のおでんだけでなく各全国のおでんを出してる店もあればお祭りで出るような揚げ物や駄菓子類などの出店も出ている。
俺は一通り見て大鍋の中で煮立つ静岡のおでんを買うことにした。選んだ具は、定番の大根と卵。そしてこれも静岡名物の黒いはんぺんをそれぞれ1つずつ購入し、発泡スチロールのに入ったおでんを受け取る。トッピングにからしとふりかけをかけた後、座って食べれる場所を探し辺りを見渡すがどこも席満席の為、俺は渋々役所前の石段に腰を下ろした。
石段の上の方から見える公園全体な景色は中々なもので、奥の噴水広場まで人集りが見える。
「相変わらず人が多いことで」
俺は呟きながら器の中にある味の染みた茶色の卵を箸で掴み一口齧る《かじ》る。
「あっちぃ」
ずっと鍋の中で煮込まれていた卵はかなり熱くなっていた一口で食べてたら一発芸みたく吐き出していたところだ。
俺は目の前に広がる光景を眺めながら熱々のおでんを食べていると、
「ん?」
おでんの器を持ち立ち往生している藍原千歳を発見した。どうやら座る席を探しているみたいだ。
しばらく見ていたが、いつになっても座れる場所を探してる藍原をみかね俺は声を張って藍原を呼ぶ。
「藍原ぁ!」
藍原は俺の声に気づいてこっちを見上げる。
すかさず役所前の石段まで歩いてくる藍原を見て気づいた。今日は眼鏡かけてるのか。よく気づいたな俺。
「よっ」
「なんで石段で食べてるのよ……」
「椅子座れないからだよ。藍原だって立ち往生してただろ」
「………そうだけど」
藍原は言葉に詰まりながら俺の隣に座る。
「ここからなら、公園を一望出来て良い眺めだぞ」
「………ほんとだ」
俺は食べ途中の卵を口に入れ噛み締める。隣の藍原も首に巻いていたマフラーを外し、真っ茶色に味が染みたがんもを口で覚まし食べようとする。
「………あつ」
「だろうな」
小刻みに食べる藍原見て俺は思った。
「藍原もこういうお祭り来るんだな。あんまり興味無いと思ってた」
「人をつまらない人間みたいに言わないでほしいんだけど……」
別に偏見を抱いてるわけではないが、普段の藍原は愛想を良くしていても他の人と行動する場面を俺は見たことはない。今だって眼鏡をかけているけど雰囲気が違って見えるし普段のS級美女感を出している藍原を見慣れている奴からしたら眼鏡をかけている藍原を見てもパッと見じゃ気づきにくいはずだ。
「こういうお祭りは嫌いじゃないわ」
「へぇー」
「ただ、このお祭りだけは特別だから………」
藍原はおでんを食べていた箸を止めて目の前の景色を眺める。その横顔は、何処か切なく、何か懐かしい気持ちに浸っているような表情だった。
「このお祭り、俺が小学校の時から毎年やっててさ、買い物に来たついでに家族で寄って食べてっいってたよ」
このお祭りがいつから始まったかは覚えていない。いつから地元の食べ物が全国で有名になったかも定かでは無い。だけど、その場所やイベント、食品や特産品は気づけばその土地に根付いてて県外から来る人々が徐々に広めていく。大人になると地元のイベントなんか行かなくなるし、地方限定の食品も当たり前のように食べ慣れてくる。けど、こうやってたまに立ち寄って食べると不思議と懐かしい気持ちと思い出が蘇ってくる。多分、今の藍原がそれだ。
「私もーーー」
藍原は目の前の景色を見ながら続きを言う。
「幼い頃、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと一緒に毎年来てたわ」
藍原の唯一の家族であり現在進行形で入院している藍原の祖父。俺も会った事があり、藍原の事を凄く気遣っていた。
「私が高校に通い始めてから来なくなったから、なんだか久々に食べたくなって寄り道したのよ」
そう言って藍原は黒いはんぺんを食べる。
「んー、美味しい! 変わらないわ、この味」
幼い頃に食べたと言った藍原は嬉しそうに食べている。きっと子供の頃もこんな感じで食べてたんだろう。
「お祖父さん、具合はどうだ?」
「最近は調子良いわ。もしかすると一時退院できるかもって」
「マジか! 良かったな」
「ええ」
12月の頭だったか、藍原に連れられ病院へ行きそこで藍原のお祖父さんと少し会話をした。あれ以来状況を聞くことがなかったから現状どうなのか気になった。とりあえず退院できるかもしれないのか。
その後は沈黙だった。藍原と俺の会話は長く続かないのが特徴で、今までも話す事があってもそんな長い会話ではなかった。ただ、少し寒そうにしている藍原を見た俺は会話の続きより行動が出る。
役所前の石段を降りて自販機で温かいお茶を自分の分と藍原の分を買って藍原の元に戻ると、
「ん」
「………ありがと。お金渡すわ」
「いらねぇよ」
財布を取り出し小銭を出そうとする藍原を静止する。130円くらい別にいいだろ。
そしてまた沈黙に入り、互い購入したおでんに箸を進める。
そんな沈黙空間を粉砕するような活発な声が藍原に投げかけられる。
「あれー? 千歳ちゃん!」
その声のする方を見ると、
「亜美さん………」
ブリーチのふんわり短髪に赤いコートを着た藍原に負けないくらいのスタイルと容姿の良い女性が藍原に話かけてきた。
「偶然じゃん! おっ! ちゃんと眼鏡かけてるねぇ」
「……元々視力低いからかけてるんです」
俺は藍原の一歩引いた態度を見て新鮮味を感じた。藍原は普段他人に愛想を良く接するが、どうやらこの女性にはそういった態度は取らないらしい。
「へぇー。そうなんだ。あれ?」
なんかこっち凄い見てない?
「なになになに? 千歳ちゃん、彼氏持ち? ダメだよーデリ嬢やってちゃあ」
「違います」
「違うけど」
相変わらず俺と藍原の彼氏彼女の否定は早い。
「ありゃ、そうなの?」
「彼とは職場が同じ施設なだけです」
「つまり、同僚的な関係?」
まぁ、簡単に言ってしまえばそんなところだ。
「ふーん」
この亜美という女性は口元をニヤけさせながら俺と藍原交互に視線を送る。
そしてパリピ感溢れる女性は石段に座る俺の背後に周りしゃがんで俺の肩に腕を回すと耳元に囁く。
「ーーー!?」
「ちょっ!」
「アタシ、亜美。よろしくね。おにいさんは?」
「……お、俺は後嶋龍太」
「じゃあ、龍太ね。アタシのことも亜美でいいから」
いきなり呼び捨て!?
「その人、歳上ですよ」
「堅いなぁ千歳ちゃんは。とても同い年とは思えなーい」
「………」
「………………」
ムスッとした藍原を無視して亜美は俺の背中にのしかかる。重いのか軽いのかよくわからんがこれだけはわかる。柔らかいモノが背中に当たる感触だけは。
「ねぇ、千歳ちゃん」
「なんですか?」
「彼貰っていい?」
「えっ!?」
「はぁ!?」
いきなり何言ってんの!?
「だってさぁ、こんないい男堅物の千歳ちゃんには勿体ないよぉ」
「どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよぉ。一見地味で普通だけどーーー」
地味で普通だけど何かぁ?
「ちゃんと気を配れる優しい男でしょ?」
俺に向けて確認するかのように聞く。
「さぁ、どうかなぁ………」
「とぼけても無駄だよん。千歳ちゃんの飲んでるお茶買ったの君でしょ?」
「……なんでわかるんだ?」
「女の感。もしかして当たっちゃった?」
この女、俺を試したのか。
「気配りのできる男は女子的にポイントたかいよぉ〜?」
亜美は俺の頬をネイルのついた人差し指で突く。さっきから初対面に馴れ馴れしくない?
「だから私には関係ーーー」
「人の好意を受けるばっかじゃその内誰も手を差し伸べてくれなくなるよ」
「ーーーッ!」
「真面目なくせに自分を偽って周囲からの好意を受けるばっか。自分が辛い目にあったら誰かがどうにかしてくれる。お嬢様かなぁ」
「………………」
藍原黙り込んでしまった。
「あれ? ひょっとして怒っちゃった?」
「おいーーー」
俺は言葉遮る。
「言い方考えろよ」
「ーーー。へぇー………ふーん………」
別に藍原を庇おうとまでは意識してないが、からかうにも限度があるだろ。
俺の背中に抱きつく亜美は何かを解釈したような薄い笑いをする。
「私………行くわ。お茶、ありがとう」
藍原はその場から立ち上がり石段を降りて去っていく。
「怒っちゃったかぁ……」
「で、いつまで抱きついてんの? お前」
最初は抱きつかれて恥ずかしながらドギマギしていたが、この女の藍原弄りに不快さを感じて自然に俺の態度はドライになっていた。
「はいはーい。ほんと、あの子は面白いなぁ。それでーーー」
抱きついていた亜美は俺から離れ立ち上がると、
「君は思いの他つまらない」
薄っすら笑みを浮かべながら言う。
しかし俺から見た亜美の笑みは、顔は笑っていても内心笑っている感じがしなかった。
「ごめんね〜、2人の時間邪魔して」
石段を一歩ずつ降りて行く亜美。
「もしかしてお前もーーー」
「そうだよ。アタシもデリ嬢。千歳ちゃんと同じお店」
だと思った。
「ちなみに、千歳ちゃんにデリ嬢の仕事を教えたのはア・タ・シ」
石段の最下段まで降りた亜美は俺を見上げる。
「あの子意外にリピーター多くてさぁ、お店のサービスろくに出来ないのに………。身バレ対策で眼鏡を勧めたのもアタシなんだよ?」
「それで?」
「世話のかかる子………」
先程までの薄笑いが消え、寒気すら感じさせない表情を一瞬見せた。
「あんまり千歳ちゃんに肩入れしない方がいいと思うよ。ああいう人間に付き合うと面倒事に巻き込まれるからさぁ。じゃあねーーーーーー龍太」
一言残して亜美は言ってしまった。歳上には"さん"つけろよ。それに、
「面倒事ならとっくに巻き込まれてるっての」
時既に遅いっていう話だ。
1人になった俺は、冷め切った大根を食べ切きりその場から立ち上がる。石段を降りて食べたゴミをゴミ回収コーナーに捨てる。時間は18時を周り日が落ちても2月はまだまだ寒いな。
俺は役所前の公園を離れ駅方面へと向かって歩く。
先程、初対面で出会った亜美という女性は俺に中々の悪印象を植え付けていった。まるで、藍原千歳には関わるなと言いたげに。面倒事は去年の12月に味わった。それを乗り越えて今の俺と藍原はいるのだ。これ以上一体何を味わえっていうんだ。
確かにこの時は慢心だったのかもしれない。あの事件を解決して藍原とはそれなりの距離を保ってたし、俺も藍原もきっとそれ以上の関係にならないと思っている。つまり平凡が一番良かっただけに過ぎない。
だが、俺も藍原も現時点で予想できるわけがなかったのだ。この後に待ち受けている"現実"をーーーーーー。
それはまだ、先の話になる。
番外編 4 完




