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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
二章 理想で初恋
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理想で初恋 11

2019年1月20日


 あれから4日間、洟村千織はなむらちおりは至って普通だった。気不味い感じは特に無く、自校の教習の合間に会話を弾ませたり周囲から話かけられ塩対応だった前とは違ってそれなりに対応するようになった。唯一変わった事があるなら、それは積極さというかしつこさが無くなり、俺に絡んでくる頻度もLINEのメッセージの数もそこそこ減った。

 俺の一般入校と違って短期合宿で来ている千織ちゃんは今日の卒業検定で合格すれば見事自動車学校を卒業、そして地元の愛知に帰るそうだ。短期は早く取れるが検定に落ちれば再試験になり追加料金もかかるらしいから千織ちゃんには頑張って合格してほしいところだ。

 そして俺はというと、仮免の実技試験で落ちて明日受け直しという。情けない話だ。

 仮免試験に合格するまで学科を受けることが無いが、実技試験で落ちた原因の部分を予習する為に今日は仕事後から自校に来ている。仕事が終わる時間は16時で、そこから送迎で30分。現在の時刻は17時前だ。さすがに卒業検定は終わっていて、合格した生徒達は教官や受付スタッフと記念写真を撮ったりしている。

 俺は技能教習の準備をして、送迎に乗る前コンビニで買った弁当を食べようと別館の食堂に行くと、


「後嶋さん! やっと来ましたぁ」


洟村千織は食堂で俺を出迎えてくれる。


「千織ちゃん、今日の卒検は?」

「もちろん合格しましたよ」


 千織ちゃんはカバンからファイルを取り出し卒業証明書を俺に見せる。


「おめでとう! 一発合格かぁ」

「技能で走るコースが楽だったんです。歩行者もいなかったので安心でした」

「それはラッキーだ」


 路上を走るとなると歩行者や自転車に気を配らなきゃいけない上に卒検ともなれば緊張でテンパってもおかしくない。それでも一発合格できたのは素直に感心した。

 しかし、卒業証明書をもらったということは今日中には新幹線で地元に帰らなければならないはずだが彼女はまだここにいる。


「私はもう卒業したのでーーーーーーお別れを後嶋さんに言おうと思って」

「そっか………」


 そういうことか………。


「短い期間、迷惑かけてごめんなさい………」


 千織ちゃんは頭を下げて謝る。


「いいって! 別に。ていうか、女の子に頭下げさせてる俺が辛い………」


 未成年の女の子を謝らせる成人野郎てどうなん? クズい気がするんだが………。


「あの………また会いに行ってもいいですか?」


 恐る恐る聞く千織ちゃん。あんな事があって俺に迷惑をかけた事を引きずっているのだとするならば、俺の彼女への返答はーーーーーー


「全然構わないよ! 今度来た時、静岡の街を案内するよ」


もちろん許可することだ。折角知り合いになれたなら繋がりは大事にした方がいいしな。


「ーーー!! はい!」


 今まで以上の見たことの無い満面の笑みで返事をする千織ちゃん。


「もう電車に乗らないといけないので私行きますね」

「もうホテルはチェックアウトしたの?」

「はい。あとは、電車に乗って新幹線に乗り換えして愛知に帰ります」


 足元に置いてあるトランクとカバンを持ち階段を降りようとする。俺はトランクを持ってあげて施設の入り口までついていく。

 駐車場でトランクを渡すと千織ちゃんは俺に向き直り、


「それじゃあ行きますね」


深く一礼する。


「あ、後嶋さんーーー」

「ん?」


 顔を上げた千織ちゃんは咄嗟に背伸びをし顔を勢いよく近づける。次の行動の最初から最後まで一瞬だった為、何が起きたか認識するまで数秒かかった。なにせ、ふわっとした甘い匂いで頭が呆けたんだからな。

 とりあえず認識できたのは、唇に柔らかい感触が残っているのと目を開けていたからだが彼女の目を瞑った顔が至近距離に見えていた事だ。

 詰まるところ、俺は洟村千織にキスをされたということだ。


「ーーーーーーはっ!」


 急に我に帰ると唇を袖で隠し千織ちゃんを見ると、


「私、諦めてませんから」


頬を少し赤らめたままこの場を去っていく。

 俺は動揺したまま立ち尽くし、洟村千織がいなくなった事ともう一つ大事な事を再認識した。


「………………JKにキスされた」


 なんという背徳感だ。



同日21時頃


 仮免予習を無事終えて3日後の仮免再試験を待つだけになった。

 自宅に帰ってきた俺は、ベッドの上で天井と睨めっこをしたまま千織ちゃんにキスされた事も含め2週間の出来事を思い返していた。色々気疲れもしたけど、可愛い女の子にちやほやされるのは悪くなかった。あれで成人してれば許されるのに………。

 千織ちゃんは4月から静岡こっちに進学で引っ越してくると言っていた。これから会う機会も増えてくるに違いない。

 俺はベッドから起き上がり、洗面所で服を脱いで浴室でシャワーを浴びる。

 唯一心残りがあるとするならば、洟村千織は地元に帰ってからの行動だ。家族はバラバラになったと言っていたし、元彼君にも何か負い目を感じてたのは彼女を見てわかっている。今度LINEで聞いてみるか………。


 シャワーから出た俺は、身体を拭いて寝間着のスウェットに着替え髪を乾かす。炬燵テーブルに置いてあるスマホを手に取り画面を確認すると、


『今時間ある?』


藍原から誘いのメッセージが来ていた。

 俺はすぐに『全然暇してる』と返信する。シャワーを浴びて寝るだけの状態になった俺は、余裕で暇を持て余していた。

 玄関を出て部屋の前の通路の手すりにもたれながら待っていると下の階から階段を上がる藍原が現れた。出ましたよ、藍原千歳オフモード(眼鏡藍原)。


「どうだったの? あの後」


 藍原は、おそらく相談した後の展開を聞いているのだと思う。


「ああ、特に険悪な感じは無かったな」

「そう。よかったじゃない」


 きっと洟村千織という女の子は元々純粋な性格で、純粋だから故に考え方を誤っただけだと俺は思っている。だから、俺の言った事を前向きに捉え立ち直ろうとしている。多分、俺なんかが説教じみた事を言わなくたってこの先誰かがあの子を立ち直らせてくれる人が現れる。それが偶然俺だっただけだろう。

 今回の件で俺も彼女へ説教をした事が洟村千織の為になったか不安な部分があったから、藍原に相談して良かったと俺も正直に感謝しかない。


「藍原に相談してよかった。ありがとな」

「ーーーーーー」


 この寒い季節なら服装で身体を温めるのは当たり前で白いボアパーカー着て体温が下がらないようにしてるのだと思うが、一瞬藍原の頬が赤くなったように見えた。

 藍原は手すりに肘をついて顔を下に向けて俺に顔を見せないようにしている。もしかして照れてる?


「普段のお返し! お礼を言われるような事じゃないわ」

「あ、そう………」


 俺も手すり側へ向き冬の空を見ながらしみじみ思う。


「若いって悩ましいな」

「なに中年みたいなこと言ってるのよ」

「悩める年頃なんて言うだろ? 沢山悩んで何度でも前に進んで行くのは若い証拠だろ。俺なんて教習所のコースでミスしたら中々上手く出来なかったぜ」

「……比べる内容おかしいわよ」


 呆れた表情で俺を見る藍原。


「気になる事も聞けたし、寒いから部屋に戻るわ」

「おう」


 藍原は階段に向かって行く。その後ろ姿を俺は見えなくなるまでその場にいた。

 先に卒業した洟村千織に習って、俺も出来る限りのペースで自校を卒業できるようにする。今はただ、その事をだけに意識を向ける。ようやく落ちついた日常に戻るんだからな。


ーーーこうして慌ただしかった1週間は幕を閉じた。



理想で初恋 11 完

次回で二章は終わりです

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