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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
二章 理想で初恋
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理想で初恋 9

二章終盤に入ります

2019年1月16日 14時


 約1時間くらいだろうか。自校の休憩室で俺ー後嶋龍太ごしまりょうた洟村千織はなむらちおりは長くもあり短くもある彼女の過去を聞かされた。1時間で話す内容にしては短く纏めてくれた方だが、内容の濃さは1時間に収める内容では無かった。

 俺は、彼女の壮絶な内容と俺に会うまでの経緯に動揺と衝撃でどんな言葉をかけていいか言葉に詰まってしまった。黙っていると外の雨音が休憩室に響き渡る。


「引きましたか? 前はこんなに明るくなかったんです。後嶋さんの気を引くためにわざと明るく振る舞ってたんですよ」

「千織ちゃん………」

「この格好も後嶋さんが好きそうかと思って……」


 たしかに今時のオシャレ女子ならそこら辺のチャラついた奴らにウケるかもしれないが………。


「流石にそれは偏見かな………」


 自校の学科開始まで15分。千織ちゃんはこの後から本免の講習に入る。こうやってまともに時間が重なるのももう無くなる。

 俺は彼女の好意を受け取るべきか悩み考える。もし彼女と付き合い俺の人間性を知って落胆すれば、彼女はまた暗い性格に戻ってしまうのではないか。だが、過去を知って洟村千織という女の子をほっとけない自分がいて、どうすればいいのか自分で答えを出せない。


「後嶋さん、帰りの時間何時ですか?」

「えっ、今日は1番遅い時間に技能講習あるから21時だけど」

「帰り時間をください」

「わ、わかった………」


 千織ちゃんはそう言って席を立ち、休憩室を出て行ってしまった。

 結局の所、俺は彼女の過去と真意を知ってもどうすることも出来なかった。あんなに真剣な気持ちをいい加減な言葉で拒否するのも可哀想だったと思ったからだ。

 でも、彼女は自分の気持ちを試すような形で相手を追い込んでるに過ぎない。父親も初めて出来た彼氏にも。それは紛れもない偽物の感情だ。


「帰りまでに彼女が納得出来る答え考えなきゃ………」


 外を見ると、雨はまだ全然止みそうになかった。



ー同日21時前


 外の雨はすっかり止んで、明るい半月が図々しく顔を出している。

 外は雨が降った後ぬかるんでいたせいで、技能教習の時に場内のコースを走る際、分離帯の白線がライトを反射し見えなくて本気で焦った。おかげで教官に指摘されすぎて萎えたわ。

 今日で仮免段階の学科教習を7割くらい受け終えて残るは筆記テストを4回受けるのみとなった。技能教習は受けれるタイミングで時間が空いてれば積極的に入れてくれるそうなので割と早く仮免試験を受けられるかもしれない。

 自校の受付ホールに戻り次回の技能教習の予約を入れる。そこにーーー


「後嶋さーん」


学科を終えた千織ちゃんが出入り口付近で俺を呼んだ。

 千織ちゃんの元に行くと、


「出発の時間までまだあるので、少し散歩しませんか?」


俺の右手を取って入り口の方へ歩き出す。


「ハッキリさせます。だから、少し付き合ってください」


 こちらに振り向かず、俺の手を引く千織ちゃんは淡々と外へ連れ出す。

 施設の敷地を出て踏み切り側の方へ歩く。前を歩く千織ちゃんは何も言わずただただ俺の数歩先を歩く。


「千織ちゃん、あんまり遠く行くと出発までに戻れなくなるよ!」


 どこまで歩くかわからない以上、自校からあまり離れすぎないようにしないと帰りの送迎に乗れなくなってしまう。

 俺は千織ちゃんを踏み切り辺りまで来て引き止める。


「後嶋さんは、自分のことを普通とか凡人とか思ってますか?」

「えっ?」


急になんだ?


「答えてください」

「俺は、普通………というかむしろクズだよ」

「どうしてですか?」

「俺にも元カノがいてさ、彼女は俺と結婚して将来のことをしっかり考えてた。でも、俺はその気持ちを踏み躙った」

「どういうことですか?」


 千織ちゃんはこちらに振り返る。


「断ったんだよ。しかも、最悪の断り方で」

「なんて言ったんですか?」

「まだ遊びたいって言った。そしたら、『結婚しないなら別れよ』て言われたよ。マジで最低な断り方だったって今でも思う」

「…………………………がいます」


 千織ちゃんは小声で、少し離れた俺からは喋ったかはわからないが口は動いているのはわかった。


「だから、普通というよりクズの方がーーー」

「違いますッ!!」

「ッ!!!」


 突然、叫ぶように荒れた声で千織ちゃんは否定する。


「後嶋さんはクズなんかじゃないですッ!! クズは誰かを助けたりしません!! 普通の人は自分より強そうな相手に掴みかかりはしません!! 凡人はーーーーーー正義の味方になれません………」

「千織ちゃん………」


 ひたすらに叫ぶ千織ちゃんの後ろで踏み切りが赤く発光し音を鳴らし始める。


「千織ちゃん、君の過去を聞いて俺なりに解釈したんだ」


 踏み切りの音に消されないように俺は声を張る。


「君は父親と元彼を試したんだろ? 君と君の母親を捨てて逃げた父親がこのまま家族を守れる父親でいられるか。元彼も同じだ。自分を守ってくれる存在かどうかを試す為にわざと不良達について行ったんだろ?」

「………………」

「千織ちゃん………」

「………そうですよ。男の人は勇敢な人じゃなきゃダメなんです」


 彼女は認めた。そして、自分を守ってくれる理想の人を求める為に洟村千織はこれからも繰り返していくのだと同時に確信を得た。


「お父さんは私やお母さんを守れる正義の味方になれなかった。その結果が離婚という形になったんです! 緑谷君も同じ。ただそこに立って見ているだけしかできなかった。助けたいって意思があるならどんな方法でもよかったのに………」


 千織ちゃんの声は段々と震えた声になっていく。

 だが、俺も躊躇いはしない。彼女に教えてやらなければならない。気づかせてあげなきゃいけない。誰にだってある1つの感情をーーー。


「たしかに2人はそうだったかもしれない。でもさ千織ちゃん、恐怖という感情が無い人なんていないんだよ」

「ッ!!!」

「誰だって身の危険を感じたら立ちすくむし、逃げ出したくなる」


 俺だって恐怖を感じることはある。それこそ、藍原千歳あいはらちとせに睨まれた時はマジで怖かった。でもーーー


「けど、結果はあくまで結果だしそれと向き合って前に進む人だっている。君の父親は事件の後会いに来てくれたじゃないか」


 元彼の事はわからないが、千織ちゃんの話を聞いて彼女の父親が2人に会いに来たのはきっと謝罪ともう一度やり直したいって気持ちがあったからだと俺は思う。正直、強姦魔へ立ち向かうより家族2人に会う方が余程怖かったに違いない。俺だったらお腹痛くて吐いちゃう。


「……………」

「俺がこんな事言っても説得力無いけど、男を試して自分の理想に当てはまる人を選ぶのって、本当に人を好きになったって言えるのか?」

「……………」


 千織ちゃんは黙り込む。そして、


「それでも、後嶋さんは特別なんです」

「千織ちゃん………」

「言ったじゃないですか、ハッキリさせるって」


 千織ちゃんは徐々に降りてきた遮断機へ後ずさって行く。


「これで、後嶋さんが私にとって理想の人かどうかハッキリしますから」

「千織ちゃん?」


 西側から来る電車のライトがどんどん強くなる。お、おい……まさかッ!?


「後嶋さんは、ちゃんと私を助けてくれますか?」

「ッ!!! 馬鹿な事はやめろッ!!」


 俺は言葉よりも先に体が動いていた。電車は寸前まで来ていて、俺と千織ちゃんは踏み切りから道路一本を挟んだ距離にいた。一瞬でも出遅れたら、一歩でも遅かったらと俺は無意識かつ全身全霊で走り出した。

 千織ちゃんの腰くらいの高さの遮断機に彼女の体がもたれかかりーーーーーー洟村千織は電車が通過する寸前の踏み切り内に倒れていったーーーーーーーーー。



理想で初恋 9 完

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