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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
二章 理想で初恋
29/43

理想で初恋 8 後編

長い回想でした

2018年 12月6日


 高校3年生なった洟村千織はなむらちおりは、来年の大学進学に向けてひたすらに勉強を行った1年になりつつあった。卒業に必要な単位を既に取り終えている千織は、私立大学の一般入試に向けて受験勉強に取り組んでいる。

 私立大学を受験する資金は一年半働いたバイト代を貯金していた事で世話になっている叔父と叔母に負担をかけずに済んだ。2人の実の娘の将来があるのに自分の為に進学金を出してもらっては悪いと思ったのだ。

 前期の試験は特に問題なく、後期の試験を合格すれば来年の春から静岡の大学でキャンパスライフを送る事になる千織は、今月体験キャンパスへ行く予定だ。

 基本大学の体験キャンパスは5月から7月が無難だが、進学する大学は基本1年中行っていると知った千織は単位を取り終え、受験勉強も順調で多少の時間があったことで12月の上旬に行くと決めた。

 

 その日の夜、全員で夕食を食べている時ーーー


「千織ちゃん、本当に向こうで1人暮らしするのかい?」

「叔父さん、それ何度目?」

「いや……ほら、心配だろ……。年頃の子が1人暮らしなんて」

「大丈夫だよ〜」

「しかしなぁ………」


 ビールの缶を片手に揚げ物を食べる叔父。


「気にしないで千織ちゃん、この人寂しいだけだから」


 呆れながらサラダの入った器を持ってきた叔母は手を合わせて夕食を食べ始める。


「お前は心配じゃないのか?」

「そうだけど、でも決めたことなんでしょ? だったら私達は黙って見守るだけじゃない」

「それもそうだが………」


 酔いも回り煮え切らない態度の叔父に、


「鬱陶しいよ、お父さん」


2人の実の娘・琴美が鋭い目付きで叔父を見る。

 琴美は今年で中学3年生で思春期真っ盛りの年頃のおかげで叔父への当たりが最近強い。


「千織お姉ちゃんならしっかりしてるから大丈夫だって」

「わかってる! わかってるけどなぁ……」

「あははは……」

「もう………。でも、この人じゃないけどもう少し頼ってもいいのよ? 大学の資金だって言えばなんとかしたのに……」

「ううん、充分お世話になったから」


 あの事件の後、千織を引き取り高校進学までさせてくれた叔父と叔母には充分感謝している。だからこそ、千織は早く自立すべきだと思っていた。


「千織ちゃん………」

「えっ!?」

「うわっ! きもっ!」


 辛気臭い話と酒の酔いで涙ぐむ叔父に3人とも引いてしまった。


「明日の出発時間は?」

「9時頃発の新幹線に乗る予定」

「じゃあ駅まで送って行くわね」


 明日の体験キャンパスへは新幹線で静岡に行く予定だ。支度する時間も必要で、今日は早めに就寝するつもりの千織は夕食を食べ終えてお風呂を済まして髪を乾かし、自室で就寝についた。



2018年 12月7日


 ー翌日。

 名古屋駅まで送ってもらい新幹線に乗車した千織は、1時間の短い移動をかけて静岡駅に到着した。

 街の風景は名古屋と違い、高層ビルが立ち並ぶわけでもなく都会とは言い難い街並みだ。目的地の大学は駅から更に東方面で新幹線から電車に乗り継ぎで最寄駅へ移動しなければならない。

 千織は迷う事なく電車の改札に移動する。名古屋と違い地下鉄もあるわけでもなく、路線が本線一本しかない静岡はごちゃごちゃした駅の名古屋と比べると迷わずに済むが質素な感じに思えた。迷わずに済むとは言え唯一面倒なのは電車の本数と時間で、次の電車が来るのに20分くらい待つのは不便だった。

 千織は15分改札で電車が来るのを待ち、電車が来ると乗車して大学の最寄駅まで移動した。


同日 21時


 体験キャンパスを終えた千織は静岡の街を観光しつつお土産を購入し駅の改札口まで来ていた。

 体験キャンパスに関しては、講義の風景やサークル活動、施設内の見学、食堂で昼食などを体験し、在学中の学生に大学の感想や静岡の観光や名産物といった体験キャンパスとは関係ない話を聞いてこの日の体験キャンパスは終わった。

 余った時間は、観光や買い物に時間を使い日も落ちて時間は21時付近まで経っていた。

乗車する新幹線が来るまで30分以上あり、千織は駅の南口を見て周ろうとしていた。

 その駅の南口の狭い路地の方で人集りと警察車両の赤いランプが周囲を赤く染めている。

 気になった千織は人集りの方へ行きその向こう側を見ると、


「なんかの事件?」


ホテルから出てきたガタイの良い男性が警察官2人に連行されている光景だった。


「あの、何があったんですか?」


 前の光景をスマホで写真を撮っていたスーツ姿の男性に詳細を尋ねる千織。


「詳しくは知らないけど、暴行事件らしいよ。女性が襲われたってーーー」


 その話を聞いた瞬間、記憶の底に眠っていた母親の強姦事件が蘇ってきた。

 あの時は、襲われている母親を父親に置き去りにされ、犯人の思うがままだった。

 しかし、目の前で起きている事件は違った。


「でも良かったよー。未遂ーーーというか、間一髪だったらしいよ」

「なんで分かるんですか?」

「あそこにいる青年が通報したらしいよ。被害者の知り合いみたい」


 千織は警察官と共に加害者の男性に話を聞いている青年を見る。一見普通の青年にしか見えない彼だが、しばらく様子を見ていると、


「てめぇは他人の人生何だと思ってるんだッ!!!」


「ーーーッ!」


 怒鳴り声を上げ加害者の男性に掴みかかる青年を見た千織は自然とスマホを取り出しその場で録画ボタンを押す。


「てめぇの粗末な欲求にアイツを巻き込むなッ!!!!」


 ここら辺一帯に響く声で加害者の男性に一喝したが、その後警察官と知人らしき青年に引き剥がされ大人しくなる。

 加害者の男性は警察車両に乗せられそのまま連行され事態は終息する。周囲の人集りも散り散りになり千織も帰りの新幹線があるためその場を離れた。

 帰りの新幹線で千織は、先程の事件現場で録画した映像を繰り返し再生していた。


『てめぇの粗末な欲求にアイツを巻き込むなッ!!!!』


(こんな人もいるんだ………)


 千織にとって誰かの為に必死になって行動を起こす異性を初めて見た。父親も彼氏になった緑谷も先程の青年がとった行動はできない。誰しもができるわけじゃないとわかっているが、それでも人の為に加害者に向かって行ける人はきっと千織にとって特別にしてくれる存在になるかも知れないと思い始めた。

高校生活3年間で彼氏が出来たり、街中やバイト先で男性にナンパされたこともあった千織が初めて抱く感情。あの人なら自分は将来母親と同じにならない。きっと自分を守ってくれる存在だとーーー。

 この日、帰りの新幹線で千織は胸を押さえながら動画を何度も再生し続けた。


(あの人にもう一度会ってみたい………)


 洟村千織18歳。ーーー初めて本物の恋をした。



2018年12月29日


 学校は冬休みに突入し、千織は体験キャンパスから帰ってきた後は来年の春からの1人暮らしの準備に明け暮れていた。卒業する単位を取り終えている千織は授業に出る頻度は少なく、賃貸探しや叔母に料理を教えてもらうなどの1人暮らしに必要な事は全てやった。

 そんな年末差し掛かるある日の事だった。


「ただいまぁ」

「おかえり、千織おねえ……ちゃん………」


 世話になっている叔父と叔母の娘・琴美が千織を見て唖然としている。ただ、正確には千織の髪型を見てだが。


「どうしたの? その髪」

「ああ、これ? 雰囲気変えようと思って」


 午前中に冬物の衣服を買いに出かけた際に美容院に寄り、背中まで伸びてた髪をバッサリ切った。今はひし形ショートになり少しボーイッシュな感じも出ていて流行り女子感を出している。


「前のロングストレート好きだったのになぁ」

「ごめんね。でも、振り向いてもらうには前の自分じゃダメな気がしたから」


 千織は玄関で靴を脱ぎ家に上がる。


「えっ! 千織お姉ちゃん、好きな人できたの!?」

「そ、そんなんじゃないから!」


 赤面で誤魔化しながら2階の自室に戻る千織だった。


同日 20時


 風呂から上がりパジャマ姿で髪を拭きながらリビングに来ると叔父がソファーに座りながらビールを飲み年末特番を見ていた。

 千織も対面のソファーに座ると、


「年明けから車の合宿免許だろ?」

「そうだよ。4日からあっちで説明聞いた後に学科を受けて夜にホテルでチェックインだった気がする」


 大学の一般入試まで1ヶ月少しあるため時間があるうちに合宿免許へ行くことになった。

 静岡への体験キャンパスの際に交通機関が不便と叔父に話すと合宿で免許を取る話になり、お金は叔父と叔母が負担してくれるとのことだ。


「ありがとう、叔父さん。合宿免許のお金出してくれて」

「いいんだよ。大学の入学金は自分で出すなら、せめてこれくらいの事はしてやらんと」

「叔父さん………」


 千織はこの後自室に戻って受験勉強をしながらスマホで7日に起きた静岡での事件について調べていた。

 SNSで投稿されていた記事によると「被害者の女性と加害者の男性との間にトラブルがあり、被害者が知人に連絡した後にその知人の男性が現場近くの交番で警察を説得して加害者の現地逮捕に乗り出す事態へ導いた」と書いてある。


「やっぱあの人が救ったんだ………」


 千織は更に"彼"に会ってみたいという好奇心が湧いた。



2019年1月5日


名古屋駅改札前。


「それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃい」

「何かあったらちゃんと連絡してね」

「わかってる」


 発車の音と共に新幹線に乗りドアが閉まると車両が動き出す。叔父と叔母は見えなくなるまで手を振り続ける。


「最近、あの子変わったよな」

「ええ。初めて家に来た時は表情の弱い子になってたから………」

「立ち直ってくれて良かったな」

「そうね」



2019年1月6日 14時


 昨日、現地に到着した千織は入校説明を受けて遅い時間まで学科を受けた後、宿泊施設でチェックインを済ましてから自主学習に手をつけて就寝した。

 合宿免許は基本過密スケジュールで、2週間最短で卒業できるように組まされている。

 今日も朝6時に起床から8時に来る送迎に乗り、午前中は主に技能教習を受けて午後からは学科教習がメインとなる。

 千織は昼食を取るのが遅くなり近くのコンビニにお昼ご飯と飲み物を買いに行き戻る最中だった。


「はぁ……。またナンパ。髪切ってから多いなぁ」


 自校に来てから歳の近い異性に声をかけられることが多い。先程もコンビニで買い物中に県外から来た同じ合宿生徒の男性に声をーーーもといナンパされた。

 千織はスマホを出して自分の顔の前に掲げる。スマホの自撮りカメラで今の自分を見ながら、


「そんなに可愛いかなぁ……私」


と呟く。

 千織自身は特に自分が可愛いという認識は薄く、高校に入ってから声はかけられるもののこれほどではなかった。年末から髪を切りブラウンのメッシュを入れ、服装も普段着ない10代女子らしい服を着るようになっただけでこのモテようである。


「こんなに可愛いく見えるなら、あの人に会えたら積極的になってみようかな………」


 自分の周囲からの評価を上手く活用して、意中の人の相手にアプローチをかけてみればと思ったがーーー


「そもそもあの人にどうやったら会えるんだろう………」


 年末に出会した事件で見た青年は静岡にいるが、自校に縛り付け状態の今じゃ探す暇はない。今年の4月からの一人暮らしを始めた後に探す方が無難だと千織は思った。

ーーーしかし、世界はそれほど狭くもなく身近に出会いは訪れるものだった。


 コンビニから歩いて時効の敷地内に入り、入り口に向かって歩くとーーーそれは向こうから訪れてきた。


「えっ?」


 自校の校舎から出てこようとする1人の男性に見覚えがあった。

 その人は自校の封筒を持ちながら歩いてくる。おそらくここに入校の手続きをしに来たのだ。

 出入口ですれ違ったあと千織はその場に立ち尽くす。


(偶然ーーーいや、運命………)


 まさかの出来事に動揺と同時に期待が生まれる。

 戻ってきた千織に話しかけてくる男性を無視して千織はスタスタと食堂へ歩いていった。



2019年1月11日


 彼は教室の窓際の席に座っていた。

 後から教室に入ってきた千織は"彼"を見つけその席へ向かって歩いていく。

 千織は窓際の席に座るその人にーーー


「隣、いいですか?」


決意や勇気を持つわけでもなく、躊躇いもせず"彼"に話しかけるのだった。



理想で初恋 8 後編 完

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