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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
二章 理想で初恋
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理想で初恋 4

2019年1月15日 6時



「………………夢に出た」


 昨日、藍原千歳あいはらちとせが手作り(肉じゃがとスープ)を振る舞ってくれたあと、誤って押し倒してしまった。あの時の藍原の表情が今でも、そして夢でも思い出してしまう。それほど印象に残る表情をしていた。

 俺は藍原に恋愛感情を否定した。それは自分への割り切った感情の形で、藍原を好きになる男はごまんといる。だったら俺は一歩引いた立ち位置でいたいのだ。

 とは言え、あんな表情を見たら心境的に複雑になってしまうだろ。


「はぁ……。目に毒だ」


俺は起き上がり洗面所で顔を洗う。冬の朝は水が超絶冷たく顔面にかけるだけで鳥肌が総立つが、目を覚ますには充分と言って良いほどうってつけなのだ。

 時間は7時を過ぎ、身支度を済ませるために自校の必需品をリュックに入れ、着替えをしてから戸締りの確認をして家を出る。

 階段を降りると丁度家を出て玄関の鍵をする藍原と出会でくわした。


「ッ!」


 俺は言葉に詰まり足を止める。

 昨日の藍原を押し倒すという不慮の事故で見てしまった藍原の表情が頭から消えず、多少俺の中で気恥ずかしさが出てくる。

 しかし、藍原は昨日の出来事が無かったかのような能面で、


「おはよ」


とだけ呟いてさっさと歩いて行く。

 どうやら意識し過ぎなのは俺だけだったみたいだ。藍原にとってあの様な出来事はデリヘルの仕事で慣れてますと。大した忍耐力だよ。


「藍原! 昨日はありがと」


 俺は歩いて行く藍原に少し声を張り昨日の夕食のお礼を伝える。


「なに? 急に」

「お礼言ってなかったからさ」

「そう」


 ただ一言お礼を伝えただけで気持ちもほぐれ、藍原も俺も本日の出勤へ赴く。




同日18時


 仕事を終えて自校で次の教習を受けるまでの間、別館の休憩室で食事を取る事にした俺は仕事上がりに職場のデパ地下弁当を持参し食べようとしている。その隣には当然、洟村千織はなむらちおりも隣に座っている。

 彼女ーーー洟村千織は、自校へ合宿で免許を取りに来ていると言っていた。明日には仮免許の試験と言っていて、俺よりも早く進んでいる。


「ムーーーーーーー」


 不機嫌でムスッとした表情で紙パックの野菜スムージーを飲む千織ちゃんは、俺が自校に来た時「なんでLINEの返事返してくれなかったんですかー!」と一番に昨日の既読スルーのことを聞いてきた。

 その件に関しての俺の解答は「寝落ちしちゃってさぁ」と藍原の事は言わず適当な返事で誤魔化した。

 今日の千織ちゃんは頭にカチューシャリボンを付けていて、どういう仕組みなのか本人の心境に反応するかの様に動いている。猫みたいだ。


「今日はお弁当あるんですね」

「うん? あぁ。ちゃんと飯食えって言われたからね」

「誰にですか?」

「あいーーー」


 俺はすぐに言葉を止めた。危うく藍原の名前を出すところだった。千織ちゃんに藍原の名前を出したら「どこの女ですか!?」「どういう関係なんですか!?」なんて追求されるのは間違いない。


「あいやぁ、お袋に?」


エセ中国語みたいなの出ちまった。


「ふーん、そうなんですかぁ」


 ギリギリの誤魔化し方で乗り切った俺は弁当の蓋を開けて食べ始める。買った弁当は300円の海苔弁で、デパ地下弁当は安いけどなかなかのボリューミーなのが良点だ。


「千織ちゃんは合宿だけど、食事はどうしてるの?」

「朝と夜はホテルが出してくれますよ。お昼は実費です」

「へぇー。合宿便利だね」

「はい!」


 そんな他愛のない会話をしながら夕食を済ました後、少し一服しながら俺は千織ちゃんに気になってた事を聞く。


「千織ちゃんはさ、俺に一目惚れしたって言ってたけど、何を見てそう思ったの?」

「……………」


 千織ちゃんは黙ったまま俯く。


「後嶋さんは、この世に"正義の味方"っていると思いますか?」

「えっ?」


 急に思いもよらない返しに俺は驚く。


「うーん、アニメとか漫画のキャラとかならいるんじゃないかなぁ……」

「そうじゃないです。実際に、現実にいるかって話です」


 最初は何を言っているかさっぱりわからなかったが、彼女ーーー洟村千織の表情はおもむろに真剣でどこか辛そうに見えた。

 俺はなんて解答すればいいかわからず黙ってしまう。


「私"だけ"の正義の味方。後嶋さんを見てそう思ったんです」

「でも、俺なにもしてないよ?」

「私がそう感じたんです」


 洟村千織にとって俺は正義の味方だと言う。それは一体どう意味なのか、今はもうすぐ始まる学科の教習に集中しなきゃいけないのに、妙に頭の中に突っかかりその日の教習内容は全然頭に入って来なかった。



  *******



同日21時半


 自校から宿泊施設に戻った洟村千織は、シャワー浴びて寝間着姿でベッドに座りスマホを片手に濡れた髪を拭く。画面にはLINEのアプリを開き、好意を寄せる相手ーーー後嶋龍太ごしまりょうたからのメッセージを見ていた。

 送られてきたメッセージは『明日の仮免試験頑張ってね』と応援のメッセージで、千織はそれを見ただけで心が弾んだ。

 好意を寄せる後嶋龍太は、特別顔がいいわけでもなく一般的な普通のルックスで、会話をしていても沸きらないような返事が多いが千織にはこの男がいい加減で無責任ではないことを知っている。自校で出会う以前から。

 ベッドに横たわり、スマホを上に掲げながら保存してある動画を再生する。そこには、夜の街、大勢の人だかり、回る警察車両のパトランプにーーー



『てめぇの粗末な欲求にあいつを巻き込むなッ!!!!』



加害者に掴みかかる1人の男性。再生が終わった動画の日付には2019年12月7日21時42分と記されている。

 彼女ーーー洟村千織は、あの事件現場に居合わせ、一部始終を動画に収めていた。

 後嶋龍太は洟村千織にとって自分だけの"正義の味方"になってくれる人かもしれないと、この動画を今もずっと再生し続けている。

 彼がこの日、誰かを助けるために動いていたのは動画を見てもわかる。その誰かに自分がなりたいと千織はずっと弾む心臓を抑えながらーーー


「後嶋さん………」


彼の名前を呟いた。



理想で初恋 4 完

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