理想で初恋 1
2019年1月6日 12時
「お前車の免許を取れ」
半年ぶりに会った我が母からのお告げである。
急な命令に俺は食べていた雑煮のお餅を噛むのを止めた。
振り替えで休みを貰った俺は、久々に実家に帰ってきていた。お正月の定番であるお雑煮の餅を必死に噛みちぎるが、餅の伸びが良すぎて全然ちぎれない。顔を上に逸らしてようやくちぎれた餅を口の中で堪能する俺は、雑煮の汁をすすりながらお餅を飲み込む。
「急になんで?」
まず意図がわからなかった。確かに俺は免許を持っていないが仕事に行くのはバスで事足りてるし、休日はあまり家から出ないため需要は薄いと思う。
俺はそのことをそのままそっくり母親にいうが、
「めんどくさがりの上等文句を言うな」
我が母にはお見通しであった。
大体、免許を取るにもまず自校(自動車学校)に通う必要がある上に、かかる費用だって馬鹿にならない。時間だって作らなきゃいけないし、こう色々面倒なのだ。
「ここは地方なんだから、公共の交通機関が充実してるものでもないんだぞ? 持っておいて損はないよ」
「で本音は?」
「お前の運転でディズニー連れてけ」
だと思ったよ。今まで車の免許のことなんて言ってこなかったのに急に取れなんておかしいと思ったわ。
「費用は誰が出すんだよ」
「自費に決まってるだろ」
「取れって言っておきながら自費かよ! ていうか金額いくらだよ」
「30万くらいだろ」
さ、30万っ!?
パート・アルバイトで生活している俺には大金すぎた。
「今は分割で払えるから大丈夫だよ」
「だからってなぁ」
さすがに30万は………。
生活費のことも考えるとやはり無理だと思ったが、最近は人付き合いが増え外出の機会が多少増えてきている。その度にタクシーやバス、電車で出費を出すよりは長い目で見れば便利なのかもしれない。
とりあえず費用はどうにかなるとして問題は時間だ。そもそも働きながら通えるのか?
「通えるよ。夜の時間も講習をやってるんだから」
「へぇ」
「スマホで調べてみろ。詳細はそこに書いてある」
「わかったよ」
しばらく沈黙が続く。台所の椅子で座りながら俺のことを見つめる母の視線が気になってしょうがない。半年ぶりにあって会話が少ないのはいつものことだが、今回は何か少し違う。
「あんたさぁ」
「うん?」
「ちょっと感じ変わったね」
「なんで?」
「なんんとなく。親の勘」
なんだそりゃ。
しかし的を射抜いているのも事実。藍原千歳と関わってからよく言われるようになった。
自分では気づかないことも周囲からのものの見方は違うものだ。
もしかすると俺の顔がイケメンにジョブチェンジしてたりな。
「どうせ暇なんだから行ってみな。今のシーズンは学生多いかもしれないけど」
「そうしてみる」
2019年1月6日 14時
この後、親族に新年の挨拶を交し、俺はそのまま親の運転で市内の三箇所のある自校うち、海側に立地するところを選択した。金額も安く最短で取れるとスマホのホームページに載っていたので、実際に連絡して試しに見学兼入校日やプランもろとも聞いてみようと考えた。帰りは電車で帰ると親に伝え、自校の駐車場で降ろしてもらった。
ここの自校の建物はすごく綺麗でお洒落な構造になっている。扉を押し開き、カウンターのあるホールでかなりの人数の生徒がたむろしている。その大半は若い人ばかりで、おそらくは学校の指定で取りにきた高校生や、短期合宿で取りにきた大学生が多い。
俺はカウンターで自校のスタッフに話しかけると、椅子のあるテーブルで詳しい詳細を話してくれるそうなので案内される。
今回担当してくれる女性スタッフがプラン・料金・入校日の詳細をあらかた話し終えたところで視力検査と軽い筆記テストをやった後、入校するのに問題ないことがわかった。あとは入校日だが、
「来週の土曜日からどうでしょう」
と言われたので「その日で」と答えて、入校に必要な手続きは大体終わらした。支払いは分割で、頭金を入校日に支払えば入校完了となる。
手続きを済ました俺は、資料を鞄にしまい出入り口に向かう。その時、対面から歩いてくる女の子を目前にしてその女の子に見惚れてしまっていた。
その子は藍原と違った魅力があり、例えるならワンコ系女子というべきか。ショートカットの黒髪で毛先にブラウンのメッシュが入っていて、顔立ちもよくアイドルグループにいてもおかしくない。まさに可愛いが似合う女の子だ。
すれ違った際に甘い香りが花をくすぐり、俺は気をしっかりする。おそらく高校生か大学1年くらいの子だろうか、まだ子供っぽさが残っている。彼女がホールで受付しているところを周囲の野郎どもの視線で釘付けだ。
(若いうちからあんな可愛いとか反則だなぁ)
きっと俺とは接点も何もできないだろう。身近に可愛い女の子がそうホイホイいてたまるか。
俺はアパートに帰るため自校を後にした。
2019年1月9日 12時
「車の免許取ることにした」
目の前でホットコーヒーを啜る藍原に俺は最近あった進展を話す。
今朝LINEで『いつもの相談、いいかしら?』とメッセージが来たので『構わない』と返事をして、いつものテラス席で昼食を取り今に至る。
藍原の相談は話終えており、いつものデリ嬢の仕事でお客への文句をただただ聞かされた。もう相談じゃないね。愚痴だよ。
休憩時間もまだ残っていたから、軽い雑談でもするかと思いついた内容が免許の取得の件だ。
「急ね……」
「まぁな。うちの親が取れってうるさいから」
「でも自校って高いんじゃない?」
藍原も金額については周知済みみたいだ。
「そこは分割払いだから大丈夫」
「そう。じゃあ、あまり時間もなくなるのかしら」
きっと藍原は俺に気を使うはずだ。自校は授業だけではなく、自主学習もあるので暇な時間はそっちに当てるわけだが、
「そこは気にしなくていい。わざわざ職場に持ってきてやりたくないからな」
「それ、取る気あるの……」
俺の怠慢な発言でジト目になる藍原。
「だから、今まで通り相談……ていうか愚痴か。誘いの連絡は送って構わないぜ」
「ぐ、愚痴ぃ!?」
なんで意外そうな顔するの?
「いや、だってもう愚痴話してるようにしか思えないし」
ここ最近の藍原の相談内容は「お客さんが汗臭くてーーー」とか「体の触り方が雑なのよ」とかもはや愚痴じゃん。
「そうなんだ……。あなたと話すとつい素になっちゃうから……」
「そ、そうか」
まぁ今更気を使われてもなぁ。俺としては素の藍原の方が話しやすくていいんだがな。
「私、そろそろ戻るわ」
「おう」
「免許、頑張ってね」
藍原は席を立つと荷物を持ちお店の中へと行ってしまった。俺もしばらく買ったコーヒーを飲みながら外を眺めたあと仕事に戻った。
そしてーーー
2019年1月11日 9時
俺は入校日に休みをもらって朝から自校にやってきた。
ホールのカウンターでスタッフに詳細を話し、椅子のあるカウンターで頭金の支払いを済ませたあと、今日1日のスケジュールと今後の学科と実技のスケジュールを打ち合わせするために別室に移動する。
自校の建物は二階建で四つの教室に分かれている。俺が入った部屋は打ち合わせ室で少人数よの机と椅子が並ぶ。スタッフが来校時の手続きから、仮免までの流れ、本面までの手順を説明してもらい、早速今日の最初の学科を受けることになった。
教本やらスタッフが記載するカードやテキストなどで荷物が増え鞄もだいぶ重たくなった。
授業をする教室はかなり広く、みた感じざっと3、40人くらいは座れる。俺は3列目の窓際を確保し授業が始まるまでの間スマホを弄りながら待つ。
しばらくして続々と生徒が入ってくると、周囲がざわつき始め目線を周囲に向けた。その目線の先には、先週の説明を聞きにきた時すれ違ったあの可愛い女の子が教室に入ってきたからだった。
周囲の男共は、
「可愛いい」
「隣座ってくれないかなぁ」
「連絡先聞いてみよう」
と下心を曝け出している。
入ってきた彼女は周囲を見渡すと俺と視線が合い、こちらに歩いてくる。そしてーーー
「隣いいですか?」
と俺の隣の席に座っていいかと問いかけてきた。
「えっ?」
俺は気付いてしまった。他にも席はいくらでも空いているのに、この子はピンポイントで俺の席に座ろうとしていることにーーー。
理想で初恋 1 完




