番外編 2
この回は読み切りです
2019年1月1日
新年の年が明け、元日の今日は世間が忙しい事だらけで、初日の出を見に行ったり、親戚一同への挨拶、初売りだしへの強行、そして初詣とイベント尽くしだ。親戚の子供にお年玉を用意する時、千円か1万円にするかで子供の俺に対する今年1年の態度が決まるわけだが、年に2、3回しか会わない子供に諭吉様を小さい紙袋に入れて渡すなんてバチが当たる。千円で充分だ。
俺も企業や工場ワークの仕事をしていたら、きっと今頃正月休みをハイパーエンジョイしていたに違いない。
だが俺は1パートに過ぎない。しかも商業施設で働く俺には正月休みなどない。寧ろ1年を通して1、2を争うくらい忙しいシーズンだ。
家族連れ、カップル、買い物客で通路が塞がったり、迷子になっている子供が泣きながら喚いているのをあやしながら迷子センターに連れて行ったりなど、普段の数倍疲れとストレスが溜まる。
いくら元日営業で終了時刻が早いと言えど、こんな短時間で疲れが溜まっていたら午後からの仕事も持たない。早く終わってほしいところだ。
同日17時
元日営業の業務を終えて休憩室でくたばる業務課の俺達。今日はもうこれ以上動く力は残っていない。
普段よりも忙しく、お客さんの足が途絶えない今日1日は残業込みで働かされる事を予め通告されていた為、今日は気合いを入れて出勤したわけだが、ここまでとは……。
残った気力で着替えて、俺達はそれぞれ退勤時の挨拶を交わし職場を後にした。
帰りのバスでは寝落ちしかけ、ふらふらとゾンビのように自宅に戻った俺は、荷物とジャンパーを放り投げて炬燵に入ると10秒も経たないうちに意識が遠いところへ行ってしまった。
同日19時
飛んだ意識が覚醒し、時刻を確認するため放り投げたジャンパーからスマホを取り出す。
ホーム画面をつけると乾さんからLINEのメッセージが来ていた。
『これから一緒に初詣いきませんか?』
このメッセージを見た俺の疲弊した身体が一瞬で回復するのと同時に、これはデートの誘いなんじゃないのかという勘違い野郎へ覚醒でもあった。
俺は急いで着替えを済まして、待ち合わせである青葉広場という街中にある公園に向かう為にバスで駅に向かった。
急いで青葉広場に到着した俺は、周囲を確認するとすぐに乾さん達を見つけた。ーーー達?
「こっち、こっち」
合流した俺の目に映る光景、それは乾さんがホール長を務めるスイーツ店Bのスタッフ達全員がこの場にいた。……聞いてないんだけど。
「あの……2人だけじゃあーーー」
「勘違いさせてごめんね。仕事終わりに皆で初詣行こうってなって、後嶋くんウチのお店の担当だから一緒にどうかなって」
「あぁ、そうなんですか…….」
せっかく乾さんと2人きりだと思ったんだけどなぁ。
正直、他のスタッフさん達とはあまり会話したことないからアウェー感が半端ない。だが、来てしまったものは仕方ないのでとりあえずグループのケツにくっついていればそれっぽい感じが出ると思った。
遠くの方を見ると藍原が他の男性スタッフと喋っている。おそらくは好意を寄せられているんだろう。何度も見た光景だ。
最近、藍原と会話する機会が多くて忘れがちだが、藍原千歳はS級美女で、アイドルのように可愛いく、芸能人のような美人を合わせ持つような容姿だ。周囲とのコミュニケーションも上手く、男が勘違いするような気さくな態度が異性ウケにいい。
これは、藍原と話すのは無理そうだ。
初詣の神社は市内でもかなりの規模の広さで元日は大混雑になる。神社の入り口である商店街の鳥居を潜る前から長蛇の列ができている。このまま歩けば神社の鳥居を潜るのは30分ぐらいかかりそうだ。
俺は団体から逸れないように後ろから付いていくので精一杯なのに、他の連中は会話をしながら平気で前へ進んでいる。あれはアクティブな奴ができる芸当だ。
大混雑の長蛇を歩きようやく神社の鳥居を潜ることができたが、お賽銭を投げ入れる本堂は入り口から全然見えない。そのせいか、少し前の初詣客は遠くから小銭を投げ入れている。これがほんとの投げ銭ってね。
一向に前に進まない列にただただ混じる俺達は、そろそろだと思い財布から決死の状態で小銭を出す。
「みんな、お賽銭投げたらおみくじが結んである木の前に集まってね!!」
先頭当たりを歩いている乾さんが大声で俺達に伝達する。
かなり時間はかかったが、ようやく本堂の目の前に出た俺は、
「大丈夫?」
と、隣から心配そうに声をかける藍原がいた。
「あぁ、なんとかな」
「なかなか前に進まないから苦労したわ」
「前で立ち往生してる奴の頭に小銭ぶつけてやろうと思ったぜ」
「バチ当たりだからやめなさい」
俺と藍原は小銭を投げ入れて、両手を合わせたら後ろに並んでいる人達のため直ぐ本堂前から退散する。
「やっぱり、ここの初詣は苦労するなぁ」
「毎年これだものね」
藍原と共におみくじが結んである木の前に来ると、乾さんを含めた他のスタッフ達が集まっていた。
「2人とも大丈夫?」
乾さんが心配そうに俺達に駆け寄る。後からこの間の合コンの時に一緒だったいのりちゃんとさきちゃんもこっちへ駆け寄る。
「後嶋さんと藍原さんが最後だったのでみんなで心配だったんですよ」
「ですです」
さきちゃんが俺と藍原のさっきまでの状況を教えてくれた。いのりちゃんもそれに続いて頷く。
「そうだったのかぁ」
「ごめんなさい。人の流れに押されてしまって……」
俺と藍原が加わってこれで全員揃い、
「みんなでおみくじ引こうって話になったの」
乾さんは俺と藍原がいない間の出来事をこちらに教えてくれた。おみくじかぁ……。新年一発目の運試しだな。
おみくじ箱の横に小銭箱がり、そこに百円を入れて、おみくじ箱の中に手を突っ込みガサガサと漁って1枚を取り出す。
俺は取り出したおみくじを開き確認する。
「どれどれーーー」
運勢:凶
己の人生を揺るがす最大の障害に遭うでしょう
マジで?
俺は他の個別の運勢を見てみるが、体調や仕事は特に問題なし。その他の運勢も問題なく、一番気になる恋愛運と縁談を見る。
恋愛:迷子になるでしょう
どういうこと?
縁談:近々来るでしょう
それはないだろ。
やはり安物のおみくじとたかをくくる俺だった。だが、唯一気になる箇所があった。
学業:ひたすら打ち込むべし
その時の俺は、この文章になんの意味もないと思ったのにどうしてもこの運勢が頭にこびりつく感じがした。おみくじなんて運試しだと安易な答えで済ましてしまった俺は、この先の未来「おみくじもバカにできない」と痛感する日が来るが、それはまだ先の話。
同日20時
正月運休でバスももう走っていない時間になり、人混みも絶えることがない状況を見てあのまま現地解散となった。
「今年も一年よろしお願いします!」
乾さんの新年の始まりを締める挨拶をみんなで交わし、各々自宅へ向けて帰り始めた。
さすがに疲れも極限に達した俺も藍原も徒歩で帰る気力は無く、タクシーを呼んで帰路につく。
帰りのタクシーの中で俺は、
「藍原は神様に何お願いしたんだ?」
と藍原のお願い事が気になり本人に聞いてみる。
「おじいちゃんが長生きできるように」
藍原からはそれだけだった。
今も入院中の藍原の祖父の体調を労るのはわかるが、それだけなのかと疑問を抱く。
「他には?」
「無いわ」
即答だった。
続けて藍原は喋る。
「願い事っていうのは自分で叶えるものよ。神様に頼ることでは無いわ」
全くの正論だった。
でも、それが藍原千歳なんだと俺は心の底から納得した。
「そりゃそうだ」
「あなたは何をお願いしたの?」
「3億円の宝くじ当たってますようにって」
「嘘でしょ?」
本当です。
12月の半ばに買った年末ジャンボの当選発表をまだ見てない。俺は結果を神様頼みにした。
呆れた顔で俺の顔を見つめる藍原を見ないようにする。そこからアパートまでは無言の時間だった。
タクシーに乗ってから15分くらいでアパートの前に到着し、代金は俺が支払ってそれぞれの自室へ歩く。
自室の玄関前で足を止めた藍原はこちらに振り向き、
「後もう一つ」
「ん?」
「デリの仕事………もう少し上手くできますようにって」
藍原は恥ずかしそうに首に巻いている白いマフラーで口を隠す。
(いや、それこそ努力だろ)
なんて思いつつも、頬を赤く火照らせ恥ずかしそうに言う藍原をもう少し見ていたいと思った。
「はぁ……」
「な、何よ……」
俺はため息を吐き、
「未だに男のモノを見れないのか?」
「仕方ないじゃない!」
「そんなんじゃ、彼氏できた時まともにできないぞ?」
「だからよーーー」
藍原の頬を火照らしたまま真剣な表情で、
「いつか好きな人と……ちゃんとできるようにしたいから………」
俺には今のセリフが意外すぎてその場で唖然とした。
「なんて?」
もう一回聞かしてくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!
「なんでも無いわよ! おやすみなさい!」
焦った藍原は急いで玄関の鍵を開けて中に入ろうとするが、その直前にーーー
「今年もよろしく……」
と、一言新年の挨拶を俺に伝え部屋の中に入っていった。
「あぁ。よろしく」
俺も一言呟き、二階の階段を上がって自室に入る。
新年早々に初夢より先にいいものが見れた俺の幸先は良好の出だしでスタートを切った。
番外編 2 完




