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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
番外編
19/43

番外編 1 後編

2018年12月24日 20時半



 思考回路が一時的にショートした。居酒屋は宴会や酔っぱらった連中の馬鹿騒ぎで騒騒しいが、今はそれが何十倍も跳ね上がり止まった脳味噌が動き出すまでに5秒もかからなかった。

 俺の予想では藍原千歳あいはらちとせが合コンに参加するなんて、猿が木の枝から滑って落ちるほどの間抜けをやらかすぐらいありえないと思っていたからだ。そもそも、藍原本人が最近忙しいと言っていたのになんで合コンに来てるんだよ。

 固まった俺を余所に卓郎、佐藤、三村は靴を脱ぎ上着をハンガーにかけ席に着く。卓郎は奥から3番目に座り、三村は1番手前のいぬいさんの目の前、佐藤は藍原の目の前になる奥の席に座る。残った席は奥から2番目、バイトの女の子と対面になる席だ。


(佐藤と三村、ちゃっかり狙ってる相手の目の前に座ったなぁ)


 ここで幹事の山崎卓郎やまざきたくろうが全員に飲み物の注文をする為、全員に確認を取り始める。


「飲み物頼む前に自己紹介いい?」

「幹事のさきです」

「バイト仲間のいのりです」


俺と卓郎の対面の2人が自己紹介をした後、


乾千里いぬいちさとです」

「藍原千歳です」


残りの2人は言わずもがな知っている。

 藍原はいつもの営業スマイルで乾さんも元々愛想がいい人だ。ていうか、乾さんの名前"千里"ていうのか。

俺達もそれぞれ自己紹介した後、


「お酒飲めない人いる?」


と、卓郎は全員に聞く。

 この場にいる全員二十歳を超えているので酒は法的には飲めるのだが、酒が苦手で飲めない人も世の中には居る。

 卓郎の問いに全員酒を飲むそうなので、


「とりあえず、全員生ビールね」


 タッチパネルの操作で生ビールを8人分注文する。

 乾杯の音頭は生ビールが来てからにするつもりのようなので、俺は藍原に目線を向けて見る。


「………………」


 久々に出た藍原からの無言で睨み付ける。

そのまま顔を個室の出入口に向け俺に意思を伝える。あれは「ちょっと来い」てサインだな。カツアゲの呼び出しか!


「すみません、乾杯の前に先お手洗いへ」


 藍原が個室を出て行った後、


「俺もちとトイレ」


続くように自分も立ち上がろうとする。


「お前もかよ」


 卓郎は呆れた顔で俺を引き止める。


「外の寒さに当てられたからかなぁ」


 とりあえず上手い言い訳で席を離れ個室を出ることに成功した。

 通路に出た俺は、上の案内ボードを見てトイレに向かう。店の入り口から逆方向の通路を真っ直ぐ歩き、突き当たりを左に曲がれば男女別々のトイレがある広間。藍原はそこで腕組みをしながら仏頂面で待っていた。


「どうしているの?」

「どうしているんだ?」


2人同時に喋るせいで言葉が重なる。


「前に『今忙しい』て言ってただろ。合コンなんかに参加してていいのかよ?」

「忙しいわよ。今日も乾さんとキッチンの片付けと戸締りで残ってたわ」


 今の藍原はサブリーダーになる為の仕事を乾さんから引き継ぐらしく遅くまで居残っているらしい。デリ嬢の仕事はもちろん休んでいるらしく合コンなんて来る暇も無いはずだが。


「でも、あの子達の知り合いの子が2人来れなくなったて言うから、仕方なく乾さんと数合わせで参加したの」


 藍原も乾さんも助っ人で参加したわけか。俺と同じだな。


「あなたこそ、先月彼女さんと別れてもう新しい彼女探し? お盛んな事だわ」


あれ? なんか怒ってる?


「違うわッ! 俺も人数合わせだよ!」

「ほんとかしら……」


ジト目で俺のことを見る藍原。

 たしかに藍原が疑念を抱くのもは無理はない。何故なら、俺は先月彼女と別れた直後にデリヘルを呼んで性欲処理をしようとした。しかも来たのはこの藍原千歳だ。ゴミを見るような目で見られてもおかしくない。


「それに、今は彼女を作るつもりはない。自分を見つめ直したいからな」

「……………」

「何?」

「別に………」


 何か含みある表情だ。


「いい? 私達は赤の他人。周囲は私達が知り合いって知らないんだから他人のフリ。いいわね?」

「もちろんだ」


 あの場にいる面子は、卓郎を除いて俺と藍原が知り合いという事を知らない。卓郎がバラすことは無いだろうし、仮に知り合いだと他が知れば関係性を根掘り葉掘り聞かれるに違いない。極力面倒ごとは回避してかないと。


「じゃあ、私は先に戻るわ」

「おう」


 藍原は皆のいる個室へ戻っていった。俺も後から戻ろうと思ったが、


「やべ、マジでトイレ」


緊張でほんとにトイレに行きたくなった。



 お手洗いから戻った俺が個室の引き戸を開くと、注文した生ビールが全員分とお通しの品が一品に加えて、色々な種類の乗った刺身の盛り合わせが来ていた。


「遅いぞぉ」

「わりぃわりぃ」


 卓郎にボヤされながら自分の席に着く。


「それじゃあーーー」


 幹事の卓郎がビールジョッキを持ち、掛け声と共に全員がビールジョッキーを掲げる。


「乾杯ー!!」


「「「かんぱーい!!」」」


 全員で乾杯の音頭を上げてそれぞれ生ビールを口にする。さすがに一気に飲む奴はいないが、女性陣もなかなかの飲みっぷりだ。

 そして、ここからはそれぞれ気になる相手と話始める流れだが、もう1人の幹事の女の子と話す卓郎以外の佐藤と三村は目の前に美人2人にガチガチになっていた。


「イヌイサンハ、イママデニツキアッタカレシイマスカ?」


三村のヤツ全部カタコトなんだが……。


「あ、藍原さんご趣味は?」

「特に趣味と言えることは……。強いて言うなら、料理とヨガとかストレッチですかねぇ」

「へ、へぇ」


 佐藤ももうダメだな。佐藤の趣味はアニメやゲームだから女子力の塊である藍原に趣味を聞いた時点で話が噛み合わないのがすぐにわかってしまった。………南無三。

 しかし俺も他人の事をとやかく言えたもんじゃなく、対面のいのりちゃんとは何一つ喋らず黙々と運ばれてきた料理を食べるだけだった。だって、居酒屋の料理って美味しいじゃん。


「あのー……もしかして、楽しくないですか?」

「え?」


 対面に座るショートカットのいのりちゃんがこちらを心配そうに話しかけてくる。


「さっきから、喋らないので……」

「あ、あぁ。いや、ほら、居酒屋の料理って美味しいからさ、つい食べるのに夢中で……」


 我ながら上手い言い訳をしたが、同時に言っててどうしようもない奴とも思えた。


「そ、そうなんですか……」


ほら、気まずくなった。隣の卓郎は楽しく会話を弾ませてるのに、俺は口下手だ。


 それから時間は経ち、何品か料理も運ばれ、酒もそれなりに進んで全員いい感じに出来上がってきた。

 佐藤は藍原に話題を持ちかけ会話を途切らせないよう必死で、三村は緊張を誤魔化すように酒を流し入れてたから潰れる寸前だった。かく言う俺も、いのりちゃんとは大して会話は弾まず、運ばれてきた料理を黙々と食べるだけ。これじゃあ、普通に晩飯を食べに来てるのと変わらない。唯一卓郎だけが対面のさきちゃんと上手く回避ができている。さすがのコミュ力だ。

 

「い、乾さんッ!! あ、あの、もし良ければ、連絡先交換しませんかぁッ!!!」


 三村の唐突な叫び声に驚き、俺達全員の視線が三村と乾さんの方に集中する。酒に酔った勢いで早とちりしてしまったか。

 たった今この場に緊張が走る。


「連絡先の交換なら全然構わないわ」


マジか!


「お友達って事で」


あっ。


「お、お友達…………」


 それは玉砕だった。付き合う前提で連絡先交換に出た三村にとって"お友達"というのはそれ以上に発展しないという答えと同義なのだ。


「その気があったらなら、ごめんなさい」


 乾さんの両手を合わせて謝罪のポーズがトドメだった。

 三村はそのまま力付きてテーブルに突っ伏して寝てしまった。


(早とちりするから……)


 その場は呆然、せっかくの空気が崩れた。


「いのりちゃんの所、会話に混ぜてもらっていいかしら?」


 三村の自爆でフリーになってしまった乾さんがいのりちゃんの隣に座る。


「あ、はい」

「ごめんね。でも、2人共気まずそうだったから」

「気づいてたんですね」

「私がいた方が話しやすいでしょ?」


 普段仕事で乾さんと話す機会があるため、多少は話しやすい。


「そうですね」


 それから会話に乾さんが加わり、さっきまでの気まずい状態から一変して俺もちゃんと会話できるようになった。

 大体は乾さんが話題を振ってくれるからこちらはそれに応じた回答をするだけ。話す内容は、仕事の事やプライベートは何してるだとかそんな簡単な話題が出来なかったのに、乾さんが加わっただけで簡単に話せるようになった。


「乾さんは付き合った経験人数て何人ですか?」


 乾さんの隣に座るいのりちゃんが俺も気になっていた質問をする。


「私、こう見えて経験人数0なの」


 乾さんは微笑を浮かべながら答える。


「そうなんですか!?」


 いのりちゃんは乾さんの回答に驚愕した。もちろん俺も。

 まさか、こんな美人な人が経験人数0だなんて誰が想像できるか。


「私、男の人と縁がなくてねぇ」


いや、それは絶対ウソだ。


「理想求め過ぎかしら」

「乾さんの理想の男性像てどんな人ですか?」


いのりちゃんナイス。それ俺も気になる。


「私の理想の男性像はーーー優しくて、誰かの為に必死になれて、真面目に仕事する人ーーーかなぁ」


 なるほど……。この場にいる男全員外れか。

で、藍原さんはなんでこっちに視線を送ってくるんですか? レモンサワーの飲み過ぎでは?


「素敵です」


 いのりちゃんは乾さんの男性像に共感したらしい。そんなイケメンこの世にいねぇよ。



同日22時半



 それから、潰れた三村をほっといて話は弾むが、もうとても合コンとは言えない状況だ。例えると忘年会に近い。

 時刻も22時半を過ぎ、明日も仕事がある俺達はここら辺でお開きすることに。

 会計は卓郎が全員からお金を徴収してレジで支払っている間に、潰れた三村を俺と佐藤で担いで外まで連れて行く。ほんと世話の焼ける……。

 駅まで来た俺達は電車とタクシーで帰る面子を見送ることに。潰れた三村は、卓郎と佐藤が自宅までタクシーで連れて帰ると請け負ってそのままタクシーに乗って行ってしまった。さきちゃんといのりちゃんはそこまでお酒を飲んでいない為電車で帰るそうだ。乾さんはここから家が近いらしいから徒歩で帰ると。

 俺と藍原はアパートが一緒だが、そのことは誰も知らない。だから俺と藍原は全員がいなくなるまでその場に残ることに。

 乾さんが帰る前に俺へ駆け寄り、


「後嶋くん、良かったら連絡先交換してほしいんだけどいいかな?」

「えっ!?」


 変な声出た。


「仕事で役に立つと思うんだけど、どうかな?」


 あぁ……そういうことかぁ。


「いいですよ……」


 俺は乾さんとLINEの交換をした。

 乾さんは「よろしくね」と一言言って俺から離れ、駅から西の方へ歩いて行く。


「みんな気をつけて帰ってね。おやすみなさい」


 俺達は乾さんの後ろ素顔が見えなくなるまで手を振り、残っているいのりちゃんとさきちゃんも駅の改札口まで見送ると俺と藍原2人だけになる。


「さて帰るか」

「当然送ってくれるんでしょ?」

「そりゃまぁ……。て、同じアパートだろ!」


 頼むから真顔で冗談言うのやめろよ。


 駅から10分くらい歩き、広い道路の歩道を2人で歩く。現在23時をもうすぐ回ろうとしていた。走る車両は少なく、歩く人もほとんど見当たらない。

 俺の前を歩く藍原は特にここまで喋ることも無く、あと10分くらい歩けばアパートに到着する。

 今回は何事もなく藍原との関係はバレずにすんだ。藍原は佐藤と会話してたし、俺から藍原に話しかけるような展開もなかった。でも、こういうハプニングはもう懲り懲りだ。


「良かったじゃない、連絡先交換してもらえて」


 さっきまでずっと黙って歩いていた藍原が唐突に喋り出す。


「乾さんのは業務用だろ」


 別れ際に交換した乾さんのLINEアカウントの事だと思うが、あれは仕事での都合を考えたものだと思う。決して好意で教えてくれたわけではないはずだ。


「そうね。ーーーそれと、乾さんの理想の男性、意外と近くに居るかもしれないわ」

「そうなの?」


 多分、販売課の苅野かりのさんのことだろ。あんなイケメンでしっかりした男性そうはいないし、身近にいるならあの人しかいない。


「ばーか」

「なっ!?」

「クズな上に鈍感とか、幸せな人ね」


 一度足を止め、こっちに振り返った藍原はジト目で俺を見た後、前に向き直り止めていた足を動かす。

 気がつけば自宅のアパートの前に着いていて、藍原は「おやすみなさい」と一言俺に伝えたら1階の自室に入っていった。

 負に落ちない最後だが追求する必要も無いと思い、俺も自室に戻った。

 こうしてリア充イベント・クリスマスイブの合コンは、成功も失敗もせず1人尊い犠牲(三村)を生み出して幕を閉じた。



 余談だが、シャワーを浴びる前に早速乾さんからLINEのメッセージが来た。

 内容は、


『今日は楽しかったです』


と感想を送ってきた。

 さらに続けて画像とメッセージが送られてきた。


『おやすみワンワン♡』


 メッセージの後に貼り付けられた画像には、愛犬のチワワを抱いた乾さんの自撮り画像だった。初見では「可愛いなぁ」と思ったのは一瞬で、よく見ると白のパーカーから黒のランジェリーが覗き見えていた。


「えっろ………」


 当然、やる事やって寝た。



番外編 1 後半 完

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