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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
一章 新人嬢で素人
16/43

新人嬢で素人 15


2018年12月7日 23時半


 警察署からタクシーを使って藍原千歳あいはらちとせは自宅に戻った。乱れた髪に気になる汗の臭い。暗くなった響んだ気持ちを洗い流すにはお風呂はうってつけだった。

 千歳の部屋は入居する際にリフォームで部屋の構造を変え、お風呂場とトイレを別々にしてあるため湯槽に浸かる事ができる。静かな空間、あちらこちらで落ちる水滴。千歳は一息し溜めた湯船に浸かる。


『てめぇの粗末な欲求に藍原千歳あいつを巻き込むなッ!!!!』


 救急車で手当てをうけて警察車両に乗った時、遠くから聞こえた声の方を千歳は見た。

 ホール長に襲われそうになり、そのまま強引に性行為をされそうになったところを彼ーーー後嶋龍太ごしまりょうたに助けてもらった。そんな彼が自分と知り合ってから2、3週間の中であんな荒げた声を上げるのは初めてみる。

 今まで自分のためにあそこまで真剣になってくれる人は家族を除いて他人では初めてだった。


「………バカ」


 彼とは秘密の共有相手、ただそれだけだった。だが、あの時の彼の言葉が胸の中を掻き乱し、千歳はその胸の内に嬉しさを感じる故に複雑な心境でもあった。

 だから千歳は彼に確かめなければならないことがある。自分に対してどういう気持ちでここまでしてくれたのかをーーーーーー。



   *********



 少し昔話をすると、8年前の俺は私立高校に通っていた。クラスでの立ち位置も普通で部活は柔道部に所属、後輩や先輩達、同級生、その他含めても周囲との交友関係も悪くなかった。

 ただ、今と唯一違うことあるならばーーーーーーー俺はまだ子供だった。

 何かと正義感が強く、アニメやマンガ、ラノベの主人公みたく困っている人が近くにいるのならそれを助けたいと自尊心にかられていたことだ。

 当然、世の中にはそんなフィクションを押し通せるほどの道理なんてない。誰かの悪意なんてほっといて普通の学生生活をしてればよかったのだと今なら心底思う。

 だから、あの時の俺は今よりすごく感情的になりやすく、同級生に手を出してしまった。いくら誰かの為とはいえ人を傷つけた奴に向けられる周囲の目線や感情は警戒心や恐怖、軽蔑の目しかなかった。

 それから家族にも酷く叱られたし、学校にも当然いづらくなった俺は逃げるように高校を中退した。そこからの俺の観ている景色は薄っぺらく自分が徐々に腐っていくのを痛感することができていなかった。

 だからーーーーーーーーーこの8年はあっという間だった。

 だが、今は藍原千歳に出会って薄い景色が少しずつ濃くなっていった気がして、そんなアイツが危険な目に遭うならどうにか助けたかった。


ーーーーーーーーーーそれが藍原千歳に対する俺の感情、勝手に抱いたアイツへの感謝だ。



2018年12月7日 23時半



 藍原千歳の事件から帰宅した俺は、敷いた布団の上で天井と睨めっこするのが最近日課になってきていた。

 藍原はあのまま警察署で事情聴取で、もしかすると今回の件で職場やたった1人の肉親である藍原の祖父ーーー藍原敏夫あいはらとしおさんにもデリ嬢がバレるかもしれない。

 俺の中にはまだ藍原を助けてやりたいという思いはある。けれども限界は当然ある。こればっかりは神頼みでしかない。正直、神様なんていたら顔面殴り飛ばしたくなるくらい嫌いだが、この時だけは藍原のために良い結末を用意して欲しいと思ったね。


「藍原……もう帰ってきたのかなぁ」


炬燵テーブルの上にあるスマホを眺める。

 俺はどうなったのか事の顚末が気になってしょうがない。自分からLINEのメッセージを送るなんてことはできない。そんなデリカシーの無い人間では無いからな。さすがの俺も。

 だから俺は藍原本人からメッセージを送ってくるのを待つことにした。


(さすがに寝たか?)


あんな事があって藍原も疲れてるに違いない。

 後日機会があればその時に聞けばいいと思った俺は、明日も仕事があるため就寝することにした。


ヴー……ヴー……


 寝ようとした俺は飛び起きてスマホを手にする。

 ホーム画面にはLINEのメッセージで藍原から、


『まだ起きてる?』


と通知が来ている。

 俺は直ぐにメッセージを返す。


『起きてる』


 それからのLINEのやりとりは早く、


『今いい?』


『構わない』


『あなたの家の前まで行くから』


『わかった』


ここでメッセージのやり取りが終わる。すごく端的なやり取りだ。

 LINEのやり取りをした後、直ぐに玄関のチャイムが鳴る。俺は急いで玄関に駆け寄り扉を開く。


「こんばんわ」


 玄関の前に立っていた藍原からすごくいい香りがする。多分風呂上がりだ。

 自宅にいる時の藍原は基本眼鏡で、モフモフしている薄いピンクのルームウェアに赤いブランケットを上に羽織っている。長い髪は先端で纏められていて毛先が肩にかかっている。俺は藍原の色っぽくセクシーな姿を見たことがあるが、今の藍原にも艶を感じ、それでいて意識が引き込まれるような可愛さと美しさが見られる。さすがS級美女だ。


「………………」


どうやら俺からの返事を待っているみたいだ。


「お、おう……。こんばんわ」


 なんだか、藍原に会った最初の頃を思い出す。あの頃は藍原みたいなS級美女と秘密の共有関係なること自体、夢か幻覚でも見てるみたいだった。同じアパートに住んでることも俺の所に文句も言いに来たことも今になってはいい思い出みたいなものだ。

 あの時は、気まずい感じはあったが今はそんな取っ掛かりもなくなり、藍原とは何気なく普通に話せるようになったと思う。未だに気まずくなる時もあるが……。


「悪いわね、もう寝るところだったでしょ?」

「いや、あんまり寝付ける感じしなかったからいいよ」

「そう………」

「とりあえずウチ上がるか?」

「遠慮しとくわ。夜風に当たりたいの」

「湯冷めしないか?」

「そういう気分なの………」

「わかった」


 俺と藍原は玄関前の通路に出る。

 現在12月。外は当然寒くて、静岡は雪が降らない地域ではあるが夜になるとさすがに10度を下回る。

 湯上りの藍原は両手を口に近づけ息を吐く。白い息が小さく広がり、俺はその一連の仕草に釘付けだった。


「今回は……ありがと」

「えっ?」

「ーーーーーーー」


 無言で見つめてくる藍原を見て直ぐに察した。


「ああ、別に……。半分は自分のためでもあったから」

「どうゆうこと?」

「変えたかったんだ。俺も」


 俺も藍原に自分が何を媒介にして藍原千歳に関わろうとしたのかを話す。


「俺は感情の薄っぺらいクズだ。前にも話したけど、元カノと別れた時の俺は寂しさも後悔もなかった。その上、デリヘルまで呼ぶ始末だ」


 自分でもあの時は本当にどうしようもない奴だと思った。

 俺は通路の手摺りに肘を置いて体を楽にする。


「でも、藍原にあってーーーそれから色々あって、周りがちょっとずつ明るくなっきた。形はどうあれ、藍原のおかげだ」


 きっと、百歩譲って例えるなら感謝なのかもしれない。だから俺は藍原に感謝の気持ちを伝えた。


「ーーー私は………罪悪感しかないわ」

「罪悪感?」

「そう………」


どういうことだ?


「あなたは私に必要以上に関わってくる。仕事のことも、おじいちゃんのことも」

「おじいさんのことは藍原からだろ?」

「確かにそうよ。でもおじちゃんに逢わせるつもりもなかったし、おじいちゃんの入院費の稼ぎ方に指摘されるなんて思ってなかった」

「それは詭弁だろ」

「それでも、巻き込んだのは私」


 だが実際、前者は間違いで後者は合っている。藍原も俺も互いに言い訳が必要だったんじゃないのか。自分の感情を正当化する言い訳が欲しかったんじゃないのか。だからーーー


「だから、あなたに聞いておきたいの」

「何を?」


これが俺も藍原も目を背けた感情。



「あなたはーーーーーーーー私のことが好きなの?」



 凄く真剣な眼差しだった。まさか藍原から恋愛という感情を正直に伝えられてきたのは。

 だが、これは俺が藍原に抱く感情の答え合わせでもあった。偽らず、正直な答えを彼女に伝えれば何が起こるのか、俺は気になると同時に怖くなった。

 俺は微笑を含みながら、そしてーーーーーーーー


「デリ嬢のこと、好きになれるわけないだろ?」


逃げる選択を選んだ。


「ーーーーーーー。そう」


 藍原は顔を逸らし、俺と同じように肘を手摺りに置いて楽な体勢を取る。アパートの2階から静岡の景色、灯りを眺める藍原はしばらくしてから口を開く。


「なら、今まで通り秘密の共有相手、協力関係でいましょ」

「ああ」


きっと後悔するのは目に見えた回答だったかもしれない。でも、今はこれでいいと思った。藍原との関係を続ける最大の理由としては。


「話は終わり。遅くに呼び出してごめんなさい」


 これで今まで通りの関係を継続だ。


「おやすみなさい」


 階段の方へ向かって歩く藍原を俺は見送る。


「ああ、おやすみ」


階段を降りていく藍原の姿が見えなくなったところで俺も自分の家に入る。

 結局、事件のことは何一つ聞かず話は終わってしまった。もし、さっきの質問に対して逆の答えをしていたら俺達の関係は恋人になれただろうか。

 その答えはもう、この先の未来に見ることはないとこの時の俺は容易な解釈をしていた。



2018年12月8日 0時



新人嬢で素人 15

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