新人嬢で素人 13
2018年12月7日 21時
仕事を終え帰宅した俺は、夕食を食べて炬燵に入り横になっていた。
普段は何もせずこの時間のゴールデン番組を観たりパソコンやスマホを弄ったりしながら気がつけば炬燵で寝落ちするまでが流れだが、ここ最近は藍原千歳の件で家の中で考える毎日だ。
藍原にお節介とか見栄を張りながら考えてもどうすればいいのか何も思いつかない。最近は良く天井と睨めっこする時間が多いな。
ヴー……ヴー……
突然、炬燵テーブルに置いてあったスマホがバイブし音を立てる。
俺は横たわりながらスマホに手を伸ばして画面を確認する。
「あ、藍原ッ!?」
着信の相手はまさかの藍原だった。
俺は慌てて上半身を起こし慎重にスマホの通話ボタンを押す。
「あ、藍原っ!? 急に電話なんてどうした?」
慎重になり過ぎて声が裏返った。
『………………………………………………』
スマホ越しの藍原からは応答がない。いったいどうしたんだ?
「ーーー藍原?」
いつもと様子が違うためもう一度藍原からの応答を待つ。しばらくして藍原から発した言葉はーーー
『ーーー助けて……』
と霞んだ声で放った助けを求めるものだった。
藍原の声は弱々しく今にも泣いてしまいそうな声色で、俺はこの一瞬で思考や感情が冷静になった。
『結局……どんなに頑張っても意味なかったわ………。私がしてきたことは……………無駄だった』
藍原は何かに絶望したかのような口調だった。多分、これは先日から俺や藍原が問題にしている件で間違いないようだ。ついにホール長がボロを出したのか?
『………うっ………………っ』
電話越しで嗚咽を吐く藍原。泣いてるのか……。
「ちょっと待ってろ」
俺は炬燵が出て電源を切り急いで外出の準備をする。慌ててハンガーにかけてあるジャンパーを取り羽織りながらテレビ、部屋の電気を落とす。靴を履き玄関の鍵を閉め走って階段を降りてからさらに全力で走りだす。
「はぁ…………はぁ……………。藍原、今どこにいる?」
アパートから200メートル走ったところで交差点の信号待ちで足を止める。
実際、家を飛び出したはいいが藍原がどこにいるのか俺は知らない。
『……………駅前のホテル』
藍原は淡々と答えた。
駅前のホテルといえば俺と藍原に縁のある場所だ。さらに俺は昼間の藍原との悩み相談の時を思い出す。
「そういえば、今日指名入ってたよな」
あの時、藍原がスマホの画面を見て「お店からの指名が入った」って言っていた。
(まさか、指名した客って……!)
俺はここ最近の藍原絡みの件でホール長の悪質な噂を聞いていたし、今日の仕事上がりの時に妙な会話も聴いている。ホール長に何か言われたか……。
信号が青に変わり再び俺は全力疾走で走り出す。向かう目的地もハッキリした。バスやタクシーなどの交通機関を使うという概念は俺の中では全くない。バスは20時を回った時点で1時間に2本しか来ないしタクシーは呼んで来るまでに時間がかかる。ならば自宅から駅まで走った方が早い。まったく、これだから地方は……。
『やっぱり、ごめんなさい………。もうこれで終わりにするから、あなたはもう私に関わらなくていいからーーー』
俺は全力走っている足を緩める。スマホ越しの藍原は霞んだ声のまま「もう関わるな」という意思を俺に伝えてくる。
「関係ねーよ」
『えっ?』
藍原千歳は勘違いをしている。
「言っただろ? 俺は藍原にお節介を焼きたいって。ーーー俺の我儘なんだ。だから、なんとかするからもう少し待っててくれ」
偶然あの場所で出会って、秘密を共有する仲になった。たしかにあの出来事は偶然かもしれないが、藍原の相談相手になると決めたのは俺自身なのだ。だから、俺は最後まで藍原にお節介を焼き続ける。いい加減、自分自身を偽るクズでいたくない。
『わかった。待ってる』
藍原の声色が変わった。
「あ、それとーーー」
俺にはとりあえず考えた策がある。それを実行するために藍原にはやってもらわなくてはならないことがある。簡単なことだーーー。
「通話は切らないでそのままにしてほしい。アプリ通話だから電話料金気にしなくてすむだろ?」
藍原にはスマホの通話を切らずそのままにしてもらうことだ。正直、博打みたいな策だがこの方法じゃなければ藍原を助けるのは俺1人じゃ無理だろう。
『え、ええ……。わかったわ』
それから藍原からの応答はなくなった。俺も緩めた速度を上げ直し再び全力で走る。
藍原は恐らく俺がアクションを起こすまで時間を稼ぐ筈だ。今ただひたすら駅に向かって走るだけだった。
同日 同時間 15分頃
久々に全力で走った。胸が苦しく、呼吸も荒げて、冬なのに汗まみれだ。だが俺には足を止めている余裕はない。駅の北口に来た俺が向かった先はーーー交番だ。警察なら電話で呼べば良いのだが、証拠の提示が直ぐには出来ずイタズラと勘違いされる可能性がある。ならば現地で説得するしかないと踏んだ。
しかし、俺の考えは甘かった。交番に着いた俺は絶句した。
「…………はぁ、…………はぁ。居ない………」
交番の中には人の気配が無かった。恐らく巡回で出回ってるのかもしれない。
(くそッ! 考えが甘かった……!)
俺は交番の前でただ立ち尽くしていた。今も藍原はきっと自分を危険な目にあってでも時間を稼いでるはず。なのに俺は今こうして何も出来ずにここにいる。悔しさと怒りでスマホを握る手に力が入る。
(ごめん……藍原!)
呆然と交番の前で立つ俺の肩が叩かれた。
「君、交番の前で立ってるけど何か用かな?」
後ろから2人の警官が俺に話しかけてきた。1人は40から50くらいの年齢の警官。もう1人20代後半から30代前半の若い警官だ。
タイミング良く巡回から帰ってきたようだ。
「あ、あのッ! 知り合いが今暴行を受けてて、助けてほしいんです」
「………………」
2人の警官は黙り込む。やはりイタズラか何かと勘違いされるか。
「イタズラですかね? こんな時間ですし酔ってる可能性もーーー」
若い警官の反応は当たり前だ。時間的にもお酒を飲んでいる奴が周囲にいるため余計に勘違いされる。
「君は、警官になって何年目だっけ?」
急な質問を若い警官へと問う。
「8年目です」
「若いね。ーーーとりあえず話を聞こうか」
俺も若い警察官ももう1人の警官の言動に驚く。
「真面目に相手するんですか? 村井さん」
このかなり年上の警官は村井というらしい。
「20年警官を勤めてるとね、相手の言動や眼を見ればどのくらい嘘か本当か分かるんだよ」
「は、はぁ……」
「要するに長年の勘だよ。とりあえず中に入りなさい」
俺は警官2人に連れられ交番の中に入る。
話のわかる人で良かった……。
「まずは君の名前は?」
「後嶋龍太です」
「被害者の女性の名前は?」
「藍原千歳です」
藍原な名前はできれば出したくなかった。後で周囲にバレるリスクがあるが仕方ない。
「それでまずは根拠……というより証拠だね。署に連絡するためにもこちらも状況確認が必要だ」
「証拠ならあります」
手に持っている通話中のスマホを俺は机の上に提示した。
「スマホですね。しかも通話中」
若い警官が画面を確認する。通話時間はあれから17分経過している。
「これが証拠かい?」
「はい……」
これは賭けだ。通話の向こうで藍原が性的暴行を受けてる現状をスマホ越しに音声で拾えば証拠になる。逆にもう手遅れで藍原がされるがままだと、恐らくは何も抵抗出来ずに無音。もしくは俺が盗聴容疑で捕まる可能性もある。
(頼む………! 何か起きてくれッ!)
スマホからは何も聞こえない。やはり、もう手遅れ……。
「スマホ、スピーカーに切り替えていいかい? あと、録音も」
若い警官がスマホ画面を確認しながら俺に尋ねる。盲点だった! それじゃ何も聞こえないわけだ。
「はい!」
俺は1つ返事で許可を出し、スマホのスピーカー部分から音が出てくる。
『ーーー……ダメなのッ!!』
スピーカーから藍原らしき声がの叫び声が聞こえてきた後、叩かれるような鈍い音がした。さらにーーー
『気持ち良くなるから大人しくしてろ』
聞き覚えのある男性の声。この声は間違いなく藍原の店のホール長だ。
そのあとも、抵抗するような物音がスピーカーから漏れてくる。
「すぐに署に連絡! それからこのホテルにも電話で事情説明を。我々だけで一足先に現場に向かう」
「了解!」
若い警官は奥の机にある電話に急いで手をつけ電話をし始める。
「現場の場所は?」
「駅の南口の裏通りです」
「聞いたな?」
「はい!」
若い警官は署に連絡した後ホテルにも電話をする。
そしてベテラン警官の村井さんは制服の上から上着を羽織り、
「では急いで向かおう」
警官2人と俺を含めた3人は交番を後しにした。
駅のホテルはすぐ近くで、駅線路をくぐれば南口の通りに出られる。あとは細い裏通りに入ればそこがホテルだ。交番からホテルまで徒歩5分くらい、急いで走ったので2、3分といったところか。
俺は外で待機するように言われホテルの入り口で待つ。警官2人はホテル内に入っていきそのすぐ後に警察車両が2台、警官が5人来て事情を俺が説明したあと、全員建物内に突入して行った。
いよいよ大詰めだ。待ってろ、藍原!
新人嬢で素人 13 完