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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
一章 新人嬢で素人
12/43

新人嬢で素人 11

この回も台詞と単語を修正しました


 「ーーー助けて……」


 スマホの通話から聞こえてきた助けを聞き、俺は今全力で走っている。多分、これまでにないくらい息を荒くし、肺が、呼吸が苦しくなるくらい全力で夜の市街を走り抜けている。


12月7日。


ーーー今日は長い1日だ。


   ******


2018年12月7日 7時



 いつもの時間に起床した俺は出勤の準備を始める。顔を洗い、歯を磨き、寝癖を直す。

朝食は……昨日から何もないので途中でコンビニだ。着替えを済まして小さいリュックを肩にかけ、戸締りの確認をしたら家を出る。

何も変わらない朝だ。

 同じアパートに住む藍原千歳あいはらちとせとは出勤時間が違うため、鉢合わせることはまず無い。

 藍原とはエンカウントするかエンカウントからの時間指定の約束でしか会うことが出来ない。今は連絡先を入手したおかげでいつでも約束を取り付けられる。のではなく、藍原からは俺からメッセージを送るなと言われているためいつでも約束を取り付けれるのは藍原の方だ。

 まぁ、それでも藍原が連絡先を交換してくれるだけでも彼女の心境になんらかの変化があったに違いない。今日はメッセージが送られてくるかわからないが、多少なりと淡い期待をした。



同日8時


 普段通りの時間に職場に到着から、制服に着替えるまでの一連の流れ、


「うーす」

「おはよ」


そして職場の同僚の山崎卓郎やまざきたくろうとの朝の雑談までがもはや日課である。

 卓郎は数少ない俺の友人でもあり、俺の所属する業務部ではかなりの情報通でもある。実際、人の噂話を掘り出したら幾つ出てくるかわからない。さすがに無いとは思うが、藍原の所属するスイーツフロアのホール長について小耳に挟んでいる可能性も微レ存かもしれない。


「なぁ、俺一昨日見ちまったわ」


 一昨日の夜、藍原とホテルで話し終えた後目撃した光景。


「Bフロアのキッチンホール長とFフロアのバイトの女の子がラブホ入ってくの見ちまったわ」


Fフロアとはお惣菜コーナーのことだ。

 俺は目撃した実際の状況を少し誤魔化す。通路で見たなんて言えばどんな反応するか……。


「ああぁ、それかぁ」

「やっぱり知ってんの?」


さすが卓郎。

 俺は通勤途中に買ったボトルのお茶を飲み始める。


「あの2人体だけの関係らしいぞ」

「ぶふぉッ!! げほッ……げほッ……」


 本日最初の衝撃的な情報に俺はお茶を吹き出した。やはり卓郎は俺よりも世間事情に詳しいようで……。


「マジ?」

「ほぼ確定らしい」


そりゃあ2人でホテルに来るわ。

 だが気になる部分がある。


「よくそんな情報広まるよな」

「そりゃあ目撃者多いしな」


 仮に俺以外にホテルに入る瞬間を目撃した人がいたとしても、まず体だけの関係という認識になるのはおかしい。普通なら恋人同士の解釈になるはずだが……。


「結構オープンなんだな」

「そうじゃないーーー」


更に卓郎の口から驚愕の真実がーーー。


「あの子で8人目らしいぜ」

「はぁッ!?」


 本日2度目の衝撃的な情報を聞き、俺は唖然とするしかなかった。


「それマジの情報? 噂が1人歩きしてるだけじゃないのか?」


 たしかにホール長の外見からしたら身体つきの良いダンディズムな大人の男という表現が似合うが、職場で見るホール長の印象からは遠くかけ離れている。まさか手ぐせの悪い人物だったとは……。


「かもな。けど、俺も先月飲み帰りに別の女とホテルに入ってくとこ見ちゃったからなぁ」

「卓郎も見たのか……」


 この後、更に卓郎から話を聞いた。短期間に別の女と交遊しているというのはどうやら本当らしく、俺と卓郎以外にも目撃した同僚が何人もいる。

 そんな女癖の悪い人物が藍原の所属するスイーツ班のホール長だと、きっと藍原にもアプローチをかけているんじゃないかと思うが藍原からはそんな話題は出なかったからとりあえずは安心というところか。

 業務の開始時間になり、俺と卓郎は雑談をやめて仕事に取り掛かる。休憩所から出ようとした時、手に持っていたスマホがバイブする。画面を付け確認すると、


『今日のお昼、いつもの場所で』


と藍原からメッセージが送られて来ていた。



同日12時頃



 今朝、藍原からの最初のメッセージが送られて来た。とはいうものの内容は今まで口頭で伝えてたことと何一つ変わらず、いつも通り3階のフードコートのテラス席で食事をしながら藍原の報告を聞く流れだ。


「それで、もう一度頼んでみてどうだった?」

「ダメだったわ…」

「そっか………」


 一昨日、藍原と話をするためデリヘルとしてお店に指名をした。その話の中で、藍原が自分の考案したスイーツを新作会議に提出してもらうようにもう一度ホール長に頼んでみるという結論なったわけだが……。やはり却下されたようだ。

 藍原の創作スイーツは中々に味のあるものを考案したと思う。今流行りのインスタとかのSNSに載せたらバズるのは間違いない。それなのに何故没にされるんだ? もしかしてーーー


(藍原個人に対して、嫌がらせか何かか?)


あまり考えたくはないが、可能性が徐々に浮上してくる。

 俺は今朝の卓郎の話を思い出し藍原に気になった事を尋ねる。


「藍原ってよくナンパされてるよな」

「はぁ?」


あれ? なんか聞き方を間違えた気がする。


「いやぁ、ほら、藍原よく男性スタッフに声かけられてるだろッ?」


俺は慌てて聞き方を訂正する。


「まぁ、食事の誘いは多いかも。……それがどうしたの?」


無神経で断ってきたのなら誘った奴はご愁傷様だ……。だが本題はそこじゃない。


「誘ってきた奴らのこと覚えてるか?」

「ええ……。一応は」


 藍原は覚えてる限りの人物を挙げていく。

その中には聞き覚えのある奴もチラホラ。

 一通りは名前出し終え、俺の予測は外れたかのように思えた。だがーーー


「あとはーーー」

「まだいんの?」

「ホール長も食事に誘ってくれたわ。2ヶ月前だった気がする」


やはりか。

 卓郎から聞かされた話を連想し、どうやらホール長は女癖は悪いようなのでもしかしなくてもこのS級美女の藍原千歳に少なからずアプローチをかけていたのではないかと予想したが正解のようだ。


「行ったの?」

「断ったに決まってるでしょ」


ですよねー。


「食事の誘いは基本断るようにしてるから」


 藍原にとって異性との時間は無駄にしか過ぎない。異性との食事や買い物に使う時間は

全てスイーツ作りに費やしたいんだろう。


「もしかして、嫌がらせされてる?」

「わからない……。実際、他になにかパワハラ染みたことされてるか?」


もう少し確信になる要素が必要だ。


「特には……ないと思う」


 藍原は顎に右手を当ててこれまでホール長の言動や行動を思い出しているようだ。もし思い当たる節があるならそれを上層部にパワハラ行為で報告できるが……。


「やっぱり、至って自然な振る舞いだと思う」


やはり思い過ごしか……。

 

「もし証拠になる何かがあればと思ったけど、考えすぎだったな」

「そうね」


現状、藍原へのパワハラ行為は見つからなかったが卓郎の話とホテルの通路で見かけたことを思い出しまだ安堵することはできなかった。

 藍原は振動に気づいて上着からスマホを取り出し操作し始める。


「もう休憩終わりか?」

「それもそうだけど、お店から指名の予約が」


指名の予約……このタイミングで?

藍原式デリ嬢のサービス受けたい奴って意外といるんだな。


「……まぁ、あんま思い込むなよ?」

「しないわよ。自分が未熟なだけなんだから」


藍原は日々努力を怠らないからこそ自分の未熟さを突きつけられた時に落ち込まないか心配なのだ。

 席を立ち上がり、飲み終えたコーヒーカップと上着を持つ藍原は「また」と一言残し先に休憩から上がる。

 俺は藍原がいなくなった後もテラス席で雨雲がかかり始めた空を見ながらコーヒーを飲んだ。



同日16時


「お疲れしたー」


 終業時間になり休憩室のロッカーで着替えを終えた俺は関係者通路を経由して店舗フロアのエスカレーターに向かう。途中で藍原のいるスイーツ店を横切る際にチラッと中を覗いてみたが、藍原は器具の片付けをしていて特にキッチン内での雰囲気も悪い感じはしない。

 俺はそのままエスカレーターに向かって歩き出し始めた時、ある2人の会話が耳に入り足を止める。


「どうして藍原さんの創作案を候補に出してくれないんですかッ!?」

「苅野君、君はもし女性と時間を共にしたいならどう誘う?」


店内から出てきた2人、1人はホール長ともう1人は苅野のと呼ばれる人物。この苅野という男、先日店のカウンターで話を聞いた販売課の爽やか系の男性だ。


「なんですか? 急に……」

「答えてくれないか?」

「…………食事でしょうか」


 2人は関係者出入口へ歩いていく。その2人に気づかれないように距離を置いて歩く俺。


「そう。食事に誘うのが1番効率的だ」


関係者出入口の前まで来た2人は立ち止まる。なんの話だ?


「彼女はその効率的な部分を削いでる。手の込んだ物など、私の店には不要だよ」

「ですが、彼女の考えたスイーツはお客様に楽しんで食べてもらえるように工夫してあります。販売課のモットーはお客様に喜んでもらうことです! 私は彼女の案を販売会議に出していいものだと判断しています」


 俺は通路の壁から見つからないように2人の話を聞く。どうやら販売課は藍原の考えたスイーツは絶賛らしい。


「苅野くんーーー」


ホール長は関係者通路の出入口のドアノブを握り苅野の方を振り向く。


「お店の監督は私だ。私がいる限り彼女の案は出さないよ」


そう言い残し、ホール長は関係者通路に入って行った。最後に放った一言はまるで圧力をかけてるように思えた。

 俺は周囲の人目がこちらに向いてることに今更認識したため、その場を急いで離れエスカレーターの方へ向かって歩き出した。周りから見たら普通に不審者だよな俺。



同日21時


 自宅に帰宅すればやることなんて、シャワー浴びて夕食を食べるだけの行動しかない。

昨日は藍原がウチにおかず分けてくれたからどうにかなったが、さすがに食糧の買い溜めがなかった故にいつもはコンビニで夕食を買うが今日は商業施設で買い物をして帰ってきた。カップラーメンやレトルト品を買い込みしばらくは大丈夫だ。


『お店の監督は私だ。私がいる限り彼女の案は出さないよ』


 ホール長のあの一言は藍原に対して決定づける言葉だ。藍原に食事の誘いを断られたことへの腹いせかなにかだ。

 だが、それが分かった所でどうすることもできない。言ったところで上手くシラを切らされてお終いだ。俺が藍原にしてやれることは何も無かった。


ヴー……ヴー……


俺は炬燵に入ったままよこになっていると、テーブルに置いてあるスマホがバイブしだした。俺はスマホを取り画面を確認するとーー藍原からメッセージではなく、初めての着信だった。



新人嬢で素人 11 完

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