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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
一章 新人嬢で素人
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新人嬢で素人 10

2018年 12月6日 16時



 祖父の見舞いから帰宅した藍原千歳あいはらちとせは、夕食の食材を買いに近くの商業施設へ買い出しへ出かけた。

 1人暮らしをする千歳にとって手の込んだ料理を作っても手間がかかる上に食べきれず保存するだけになってしまうので、今日か明日で食べきれる品を考える。現在12月、真冬の真っ只中。体が温まるものを作ろうと野菜売り場や生肉コーナー、冷凍食品コーナーを周った結果、夕食はロールキャベツとシンプルな物に決まった。今じゃ冷凍食品でロールキャベツは売られていて、コンソメスープなど好きな味付けで煮詰めれば簡単に作れる。

 買い物を済まし外に出た藍原は外の天候の変化に困惑してた。

 雨。

 朝の予報を見た時は降水確率は30%で雨が降るようなことは天気予報士は言っていなかった。傘を持たずに買い物へ来た千歳は濡れる事を覚悟し駆け足で雨の中を帰った。


 自宅に帰宅した千歳はびしょ濡れの状態で買い物の荷物をその場に下ろし、洗面所で身に纏う衣服や下着を洗濯機に入れ浴室のシャワーを出す。冷えた体を温めるように全身で暖かいシャワーを浴びる。

 千歳は祖父の見舞いから帰宅してからずっと頭に残る言葉があった。


『お前が風俗で働いてるって知ったらお爺さんショックを受けるぞ」


 ーーー後嶋龍太ごしまりょうた

 千歳がデリヘルの仕事で最初のお客さん。けど今は、秘密を共有する相手。彼との関係に少しずつ変化起きて、今はどんな関係なんだろうと思考を巡らせる。

 今まで周囲との距離は一定を保つようにしていた千歳にとって自分の中に踏み込んでくる人間は後嶋龍太かれが初めてだった。彼と話している自分はどんな表情をしているんだろうかとずっと考え、洗面所の鏡に写る自分を見つめたこともある。職場で見せる作った自分ではなく、自然体の自分が表に出てしまうほど気を許していたのだと。


「ほんと…………変な人」


 シャワーを浴び終えて、バスタオル1枚を体に巻いて部屋の暖房機の電源を入れる。

 タオルで髪に付いた水滴を拭き取りつつ、濡れた鞄からスマホを取り出してホーム画面を確認するが、今日はお店からの指名はない。


「はぁ………」


 千歳は指名が無いことに少し安堵する。今お客さんの前に出たらきっと場を悪くしてしまう気がした。

 千歳は念のためお店に連絡して今日の出勤は無しにしてもらうことにした。

 それからパーカーワンピースの部屋着に着替え、夕食の仕込みをし終わった時に気づいた。


「ちょっと、作り過ぎたかしら……」


夕食のロールキャベツを作り過ぎたことに。


*****


同日16時



 藍原千歳と別れ、自宅に戻った俺は布団に仰向けで天井を眺めてた。

 藍原が俺に自分の本音を打ち明けたのに俺は何も言ってやれなかった。

 藍原が自分を親代わりになって育ててくれた祖父に恩を返したいこと。その祖父にもう少し長く生きてもらうために入院費や治療費諸共を払うためにデリ嬢に手を出したこと。それはきっと間違っていて、藍原の爺さんは多分喜ぶことは絶対にない。だが、さすがに今打ち明けるともしかしたらショック死とかあるかもしれない。多分……。

 結局、俺が藍原にしてやれることなんて無いのかもしれない。


「………!」


 唐突に腹が鳴る。

 そういえば今日は朝から、というか昼まで盛大な寝坊したから何も食べずに家を出たのを忘れていた。そこに今日一日の出来事を思い出せば、腹が減るのは至極当然のこと。

 俺は起き上がり台所で食べる物を物色する。先日からコンビニ弁当が多くカップラーメンやレトルトは買い溜めしていなかった。あるとすればレトルトのご飯のみ。

 

「仕方ない、何か買いに行くか……」


 なにか出前を頼むにもピザは食べきれない。蕎麦やラーメンの出前は最近はやってる店も少ないので、俺の場合は安定のコンビニになる。

 俺は電気消して玄関の扉を開ける。だがーーー


「雨………」


 外は雨が降っている。考え事に意識を持っていかれて音に気づかなかった。傘をさして行ったとしてもそれなりに濡れるのは覚悟しなければいけない量の雨だ。

 俺は雨を見るなり外出する気力が抜け落ち玄関をそっと閉じた。


「今日はレトルトご飯と缶詰で我慢だな……」


 夕食を簡易的に済ますと決めたら脱力感も湧き出てくる。とりあえず今はシャワーを浴びてスッキリしようと思った。


 シャワーで体が温まり、いつも家で過ごすスウェットに着替えた俺はテレビをつける。

 現在の時刻は17時過ぎ。テレビを付けても情報番組ばっかで見る番組はこれといってない。


(飯食べるか……)


俺は台所に立ち、レトルトのご飯を電子レンジに入れる。棚から出した缶詰を並べどちらを食べるか悩む。


「ツナ缶かサバ缶……」


いかにも男の1人暮らしというばかりの缶詰。


「ツナマヨにして食べよ」


今日の夕飯はご飯とツナマヨに決定した。なんとも質素な。

 自分の食生活の弱さに嫌悪感を感じてたところに、


ピーポーン


部屋の中にチャイムが鳴り響く。

 俺は玄関のカメラモニターを見る。そこに映る人物に驚愕するしかなかった。


(あ、藍原ぁ!?)


なんで藍原がウチに!? 

 たしかに藍原は同じアパートでウチの真下の部屋に住んでるが、ご近所付き合い的な事は何一つ無かった。急にどうしたんだ?

 俺は恐る恐る玄関の扉を開く。


「な、なんか用?」


まさか先程、アパートな前で余計な事言ったのを根に持ってるとか?


「これ……」


 藍原は両手にピンクのミトンをはめて橙色の鍋を持っている。ていうか、藍原またすっぴん眼鏡!


「おかず作り過ぎたのよ……食べる?」


上目遣いで手に持った鍋を主張してくる藍原。ほんとにもう、こいつは反則だろ。


「今日の夕飯、おかず無いから助かるわ……」

「そう………」


 藍原の手作り料理を食べた、なんて職場の男共が知ったらどんな反応するのかねぇ。


「上がってもいいかしら?」

「えッ!? 上がるの?」

「台所使わして欲しいのよ……。だいぶ冷めちゃったし」


まずいッ!

 部屋は布団を敷きっぱなし、雑誌や漫画に洗濯した衣服が散らばっていてとても女性を招き入れられる状態じゃない。


「10分くらい待っててくれ」


 俺は1度玄関を閉めて部屋の片付けを始める。雑誌は隅に積み上げ、漫画は棚に仕舞い、布団を畳んでから押し入れに入っている炬燵布団とコードを引っ張り出す。ある程度綺麗になったところで玄関で待たしている藍原を招き入れた。


「上がってくれ」

「……お邪魔します」


 部屋に入った藍原は早速台所に立つ。


「コンロ使わしてもらうわよ」


持ってきた鍋をコンロに置いて火をつける。凄くいい香りが部屋中に広がる。これはコンソメか?


「あなた、ご飯と缶詰って………」


 藍原は台所に準備してあったレトルトご飯と缶詰を見て呆れた顔でこちらを見る。


「仕方ないだろ! いつもはコンビニだし、買い溜めもしてなかったからそれしかなかったんだよ…」


我ながら言ってて酷くない?


「栄養が偏よると体調を崩すわよ」


 藍原は食器入れから底の深い器を出して鍋に入った料理を器に盛り付ける。

 俺は電子レンジに入ったレトルトのご飯を出して箸と一緒に炬燵テーブルに置く。そして藍原が器に盛り付けた料理を目の前に置いた。


「ロールキャベツ!」


藍原が作り過ぎたおかずはロールキャベツだったのか。皿に3つも乗っている。だがーーー


「でも、作り過ぎたら冷凍して保存できるだろ?」


 いくら作り過ぎたと藍原は言うが、容器に入れて冷凍すれば後日温めることで食べれるはずだ。なのに分けてくれるのはどういう風の吹き回しだ?


「冷蔵庫の中はスイーツの材料が溜まってるから、保存出来るスペースがないのよ」


 この時、俺は気付いてしまった。

 藍原がスイーツ作りの練習を自宅でも欠かさず行っている。常に新しく考えたスイーツを候補に出すために努力を欠かさない。それが藍原千歳で、さっき別れ際に言ったこと、


『ーーーお前が風俗で働いてるって知ったらお爺さんショックを受けるぞ』


そんなことは藍原自身が1番よくわかってる。一日でも長く生きてもらうため、一日でも早く自分のスイーツ食べてもらうため、藍原は苦渋の選択をしたに違いない。俺が言った事はあまりにも無責任で軽率だった。


「さっきは……ごめん。唯一家族の藍原が1番わかってたことなのに………」

「…………別にいいわよ。私も感情的になっちゃったし」

「………………」

「………………」


互いが沈黙になる。そしてーーー


「ーーーだから、俺はもう"やめろ"とか"間違ってる"なんて言わない。藍原が自分の夢を達成出来るように俺も何か考えてみる」

「……………」


 炬燵を挟んで向かいに座る藍原は黙ったまま俯く。藍原には悪いが、関わった以上出来る限りのことはする。じゃないと、藍原の爺さんに悪いからな。


「おかず冷めちまったな。いただきます」


 俺は夕食を食べ始める。その間藍原はずっと俺のことを見ていた。すっげぇ食べづらいんだけど……。


「ごちそうさま……」


食べ終わった俺は藍原を見る。


「あの……ずっと黙ったまんまだけど」

「………はぁ。スマホーーー」


やっと喋った……。


「スマホ?」

「スマホ持ってきてくれない?」

「お、おう」


食器を流しに置いて充電器に挿しているスマホを持ってくる。


「はい、LINEのQR」


 藍原はスマホ画面を俺に見せるように差し出す。


「いいのか?」

「連絡先くらい教えといた方がいいでしょ?」


 俺はQRを読み取り藍原のアカウントを友達登録した。まさか藍原が自分の連絡先を教えてくれるなんて思いもしなかった。

 藍原はその場から立ち上がり、ミトンと鍋を持って玄関へ歩いていく。


「何かあったら私から連絡するわ。必要以上にメッセージ送ってこないで」

「わ、わかった……」


 俺は玄関を開けて藍原を見送る。何も言わず階段を降りて行く藍原を俺は見えなくなるまで部屋の前に立っていた。


ーーーその夜。

 俺は藍原のアカウントを布団で横になりながら見ていた。藍原との距離感がまた変わったのこと。同時に、この先藍原の窮地を脱するための大事な鍵になるとはーーーこの時の俺は知る由もない。



新人嬢で素人 10 完

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