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デリ嬢を好きになれますか?  作者: ごっちゃん
一章 新人嬢で素人
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新人嬢で素人 9


2018年 12月6日 5時



「全然寝れなかった……」


 昨日、藍原千歳あいはらちとせとの対談を終えて23時頃に帰宅した俺はシャワーを浴びて食べてなかった晩飯をコンビニ弁当で済ました。深夜番組を2番組くらい観てから布団に入り就寝する準備は万全のはずだったのだが、藍原が誘ってきた(業務)のを思い出して股間辺りが盛り上がってしまった。

 藍原には「藍原とはこんな形でヤりたくない。今はお客とデリ嬢じゃないから」なんてたんか切って起きながら体は正直で悲しいよ。

 結局のところ、性的な行為を断った事を根に持ってたわけで、30分くらいは布団の上をのたうち回ることになった。それから藍原の妖艶な表情が頭から離れなくなり、気がつけば朝日が顔を出す時間まで起きていた。


「今日は藍原と待ち合わせなのに……なにやってんだ………」


 藍原とは今日の13時に待ち合わせの約束をしている。


「時間まで起きてるかなぁ……」


 今寝れば間違いなく起きれなくなる。スマホはアラームをセットしても2度寝するかもしれない。だったらこのまま起きてる方が最善の択だ。だが、人間には睡眠欲というものがあり、詰まるところそれには抗えず結局深い眠りについてしまっていた。



同日 12時半頃


 

「ハッ!!!」


唐突に目が覚めた。感覚的には10分、15分くらいの感覚なのにスマホの画面に表示された時間は見事に6時間を余裕で超えていた。


「急がねぇと!」


 俺は慌てて着替え、洗顔と歯磨きを急いで済ましてジャンパーを羽織って袖に手を通す。最低限の貴重品を持って家の鍵を閉めた俺は急いで階段を降りる。またバス停まで全力疾走だ。



同日 13時頃



「ご、ごめん! ……はぁ、待ったか?」


 俺が駅の南口に着いた時には藍原は既に待っていて、毅然とした姿で立っていた。


「私もさっき着いたばっかりだから……大丈夫?」

「はぁ……はぁ………。平気平気!」


 急いでバス停に着いた俺は時刻表に記された時間を見て12時台の最後のバスを待っていたら待ち合わせの時間に間に合わない事を悟り、バス停から駅まで走った。バス停から駅までは走れば20分くらいで着くから走った方が断然早い。


「行く前に休む?」


今日も藍原千歳は可愛い。上はレディース用のジャンパーにタートルニット、下はスタイルがはっきり出るデニムのストレートパンツ。大人の女って感じのコーデだ。


「いや、大丈夫」


俺は呼吸を落ち着かせる。


「では行きましょ」

「どこに行くんだ?」


俺は藍原の後ろを歩きながら今回の待ち合わせの核心をつこうとする。


「着けばわかるわ」


そう言って駅のバス停の前まで歩く。ちょうど着いたバスの表示を見た俺はその行き先を見て少し動揺した。


(……病院?)


藍原が俺を連れて行きたい場所は市内の病院。しかも少し規模が大きめの医療機関だ。

 俺と藍原はバスに乗り、藍原は座席だが俺は立つことにした。藍原の隣に座るとか変に緊張するだけだ。

 結局バスの中では大した会話はなく、藍原はずっと外を眺めてた。

 バスは15分くらいで病院前のバス停に到着。それから藍原に連られるように病院内に入る。

院内の入り口の受付を済ました藍原は、


「こっちよ」


とエレベーターの方へ歩いて行く。

 エレベーターに乗った俺と藍原、一緒に乗った看護師に「4回でお願いします」と藍原が頼んだ。

 ここの病院は3階から病床になっていて、1階は診療所や売店に食堂、2階はほとんどが検査室になっている。

 今からエレベーターが止まる階層は4階ということは病床の階になるのだが、藍原は俺に会わせたい人物がいるということか?

 4階に到着した俺達は左へ通路を歩き1度突き当たりを左に曲がり、幾つもの病床が並ぶ通りに出た。

 407号室。ここは個室のようだ。入院患者の名前が入り口の横に書いてある。

ーーー藍原敏夫あいはらとしお


(藍原と同じ名字?)


ここの407号室の入院患者は藍原の親族ということになる。


「ここは私の祖父が入院してる部屋よ」

「藍原のお爺さん……!」

「少しここで待ってて」


 藍原は部屋の入り口の引き戸を開けて中に入っていった。俺は部屋の左側に背をもたれ藍原が出てくるのを待つ。


(藍原がデリ嬢を続ける理由……とお爺さんの入院………)


なんとなく読めてきた。

 藍原がデリ嬢を始めたきっかけはきっとお爺さんの入院費を稼ぐためだ。

 だが、入院費なら藍原の両親やお婆さんがどうにかしてくれるだろし、保険とか年金とかでやり繰りできるはずだろうけど……。

 出入り口の引き戸が開き藍原が出てきた。


「ごめんなさい。今から先生と話してくるからもう少し待っててもらえるかしら?」

「あぁ。わかった」


 藍原はナースステーションへ行ってしまった。俺はこのまま病室の外で待たされるのか……。

 俺はポケットからスマホを取り出して時間を潰そうとした瞬間、


「そんなところで待ってたら退屈じゃろ? 年寄の話相手になってくれんか?」


扉越しに老人が俺に話しかけてきた。外に人がいるって気づいてたのか? それとも藍原が人を連れてきたって話したのか? どっちにしろ待ってても退屈なだけだし、無視するとか更に失礼だ。

 俺は恐る恐る引き戸を引いて中に入る。


「失礼します……」


病室のベッドに上半身を起こして眼鏡をかけている少しやつれた老人ーーーこの人が藍原敏夫。藍原の祖父だ。


「男の人とは驚いたぁ。まさか千歳が男の人を連れてくるとはのぉ」

「………あっ、後嶋龍太ごしまりょうたです」


 慌てて自分の名を名乗り一礼する。


「後嶋さん初めまして、千歳の祖父です」


 俺は今まで他人の親族にましてや入院してる相手に会った経験は皆無だ。体が強張る。緊張が頭の回転を遅くする。


「まさか千歳が男を紹介する日が来るとは………」


敏夫さんは目尻に涙を浮かべる。


「いや、俺とあいーーー千歳さんとはそういう関係じゃ……!」

「違うのかい?」


俺は必死に否定する。藍原の爺さんには悪いが俺と藍原は恋仲ではない。


「なんじゃ残念…」

「あははははぁ……」


とりあえず愛想笑いで凌ぐ。


「千歳さんとは職場が一緒なんです。とは言っても、部署が違いますけど」

「千歳は普段どんな感じなんですか?」

「えっと……凄く真面目です」


俺はこの短い期間で見てきた藍原のことを嘘偽りなく話すことにした。


「凄く努力してて、周りとのコミュニケーションもちゃんとしてます」


けど、それだけじゃないーーー。


「たまに不機嫌そうな顔で、ツンデレかよって思うくらい時々優しいんです。俺みたいな上っ面だけな人間でも話して楽しいって心の底からそう思えるような人なんです」


これが、俺が藍原を見てきた正直な感想だ。外見がいいとか性格がいいとかじゃなく、たまに見せる真剣な表情から自分を押し殺してる藍原がいて、それがほっとくことができないような気持ちになる。さすがにデリ嬢のことは言えないが。


「後嶋さん、千歳はああ見えて弱い子なんです」

「そうなんですか?」

「あの子は幼い頃に両親を事故で亡くして、酷く泣き崩れた事があったんじゃよ」


マジか。でも内心そんな気はしてた。職場で藍原の噂話をよく耳にするが、家族の話は聞いたことがない。


「父親の方の親族と話し合い、わし等の方で引き取ることにしたんじゃが……、時々両親の事を思い出して隠れて泣いていてなぁ」

「…………………」

「わしや婆さんに弱みを見せないように強く振る舞っていたもんじゃ」

「あの……お婆さんは?」


 俺は踏み込んだ事を聞く。いくら看護師が出入りするとはいえ、ここには人の出入りの痕跡が入院患者にしては少ない。


「婆さんは、あの子が高校を卒業した直後に急性がんで亡くなったんじゃよ」

「……あの……なんかすみません」


さすがに踏み込みすぎて自分で気まずくなちまった。


「わしが死んだらあの子は1人になってしまう。後嶋さん、あの子の支えになってもらえませんか?」

「えっ!? 俺ですか……?」


まさかの衝撃展開!


「俺は別に千歳さんと付き合ってはーーー」

「いいんじゃよ……。どんな関係でも構いません」


藍原のお爺さんは俺の右手を取って頭を下げる。


「どうかお願いします……」


右手を包む藍原の爺さんの手から手を引き出す。


「……………俺、先月彼女と別れたんです」


気づけば俺は自分語りを始めていた。


「彼女に結婚を持ちかけられて、断ったんです。まだ早いとか、遊んでたいとか……。2年も付き合っておいて別れた時、俺未練とかなくて、むしろスッキリしたっていうか、楽になったていうか………だから、俺みたいなクズじゃ千歳さんの支えになれないと思います」


 自分で言ってて本当にどうしようもない奴だと思った。きっとこれで藍原の爺さんも失望したはずだ。


「後嶋さん、人生には道があり終着点がある。君がその彼女ヒトと自分の道を共に歩きたいと思わなかったに過ぎない。君は若いし、まだ先もある。共に人生の終着点を行く人が誰なのかは後嶋さん、君の心が気づかさせてくれる」


 藍原の爺さんには何か根拠があって言ったんだろう。物はいいようだし、聞こえは良く聞こえる。


「長く生きてる老いぼれからの人生のアドバイスじゃよ」

「……ありがとうございます」


 話が一息ついたところで、


「おじいちゃん!」


藍原が戻ってきた。


「私が戻るまで待っててって言ったじゃない!」


 慌てて病床に入る藍原はこっちを睨みつけてくる。だからその顔怖いって。


「連れて来たお客さんを1人で退屈させる方が失礼じゃよ」

「それもそうだけど……」


藍原は俺を爺さんに紹介する気は無かったのかもしれない。ただ自分が置かれてるという状況を俺に見せて察しろってことだったんだと俺は思った。それに関しては充分理解したし、俺は藍原の爺さんと話が出来て良かったし感謝もしてる。だからーーー


「今日はもう帰るよ。お爺さんもあんまり長くいたら疲れちゃと思うし」


ここは帰ることにした。


「気を遣わせてすまないねぇ」

「いえ、見舞いの品も用意せずすみません」

「いいんじゃよ。大方、千歳が何も言わず連れて来たんじゃろ?」


ご明察。


「千歳ももう帰りなさい」

「え、でも……」

「必要な物があったらまた連絡するから」

「…………わかったわ」


 こうして俺と藍原は病床を後にした。

 それから病院を出るまで何も喋らず、バスを使ってアパートまで帰ってきた。俺も藍原も同じアパートに住んでる以上帰る方向は一緒だ。

 アパートの前まで藍原と距離を開けて後ろを歩く俺は足を止める。


「なぁ、デリ嬢……続けるのか?」

「じゃないと、おじいちゃんの入院費を払えないわ」


振り向かずに俺の問いに答える藍原。


「他に方法はないのか? お前が風俗で働いてるって知ったらお爺さんショックを受けるぞ」

「……じゃあ、他にどうすればいいの?」


藍原は強張った声でこちらに振り返る。


「他にどうやってお金を稼げばいいの!? 今のバイトは進展がないッ! どんなに努力しても認めてもらえないッ!! アルバイトの掛け持ちも考えたけど自分の生活費だけで精一杯。だったら水商売に手を出すしかないじゃないッ!!!」

「………………ッ!」

「おじいちゃんが入院してもう2年経つわ。おじいちゃんが貯めた貯金はもう無くなったわ。今は年金で入院費を賄ってるけどいつまで保つかはわからない」


藍原は目尻に涙を浮かべ、髪や表情が崩れていく。


「私はおじいちゃんにまだ生きててもらいたいから……。色んな人に食べてもらった私のスイーツをおじいちゃんに食べてもらう。それが私の………恩返しだからーーー」

「そういうことか……」


 これが藍原千歳の本音でありデリヘルを続ける理由。

 多分それは間違ってるのだと思った。けど、俺はこういう時に言い返す言葉は見つからない。だからーーー


「……今日は、付き合わせてごめんなさい」


自分の部屋へ戻って行く藍原をただ見送ることしか出来なかった。



2018年 12月6日 15時


新人嬢で素人 9 完

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