転落
『外科医 高松の述懐』
西川さんの異常は日増しに悪化していしました。
三度目の手術は退院を翌週に控えた晩
前回同様ナースコールに対応した看護師が異常を発見しました。
実を言うと『二度あることは三度ある』ではありませんが、西川さんの治療に当たっているスタッフはこの三回目の針出現を見越して、毎日レントゲンによる観察を行っていました。
しかしこの針の出現という異常は、その予兆の片鱗すら掴むことはできなかったのです。
なぜならば直前に撮られていたレントゲンには影も形もなかった筈の針が、直後には忽然と現れているのです。
腑に落ちない部分は多々ありますが、針が出てきた以上は取り除かねばなりません。
夜間でしたが緊急手術を行い、今度は一度に49本の裁縫針を摘出しました。
私は摘出した針に不吉で禍々しい物を感じ、立ち会ったスタッフに前回の針も含めて全て処分するように指示しました。
願わくば二度と出てきてくれるな。
もしかしたら初めて技術の外の領域で神に祈ったかもしれません。
しかしそんなに私の願いも虚しく、四回目の手術は僅か二日後に行われることになりました。
たった二日では前回の傷が塞がる筈はありません。
私は前回閉じたばかりの傷痕も生々しい西川さんの腹部に
再びメスを入れたのです。
『板垣あゆみの叫び』
あの日から金田は三日と空けず店に顔を見せるようになりました。
プレゼント攻勢と会話の端々での口説き文句。
面を喰らったのは事実だったけど、正直悪い気はしませんでした。
そんな私の心の隙をつかれたのでしょうか。
金田の熱意に押されて男女の関係になるまで時間はかかりませんでした。
だけど半端な関係にだけはしたくありません。
私の心の内には20代のうちに結婚したいという気持ちがあの頃と変わらぬままありました。
その考えを伝えると、ゆくゆくは結婚したいと金田も答えてくれました。
私は金田に請われるままに職場を後にして、金田が住んでいたアパートに引っ越しました。
職場には何も告げず、半ば駆け落ちのようなものでした。
優しく私を大切にしてくれる金田。
二人で住むには手狭なアパートでしたが、ここでの新しい生活は幸せに満ちたものになると信じていました。
しかしその生活は一週間を待たずに破綻しました。
仕事にはきちんと就いていましたが、金田にはギャンブルで作った莫大な借金があったのです。
借金の存在画発覚すると同時に金田から私への優しさが消えました。
騙されたと悟った頃には私は引き返せない所に立っていました。
金田との同居に際して世話になったスナックは辞めてしまったけど、彼の借金を返すためにまた私も働こうと思いました。
簡単な額ではないけど、二人で一緒に少しずつでも返していけばいいと思い、金田には私もまた仕事をすると伝えると『俺の知り合いの所で働け』とメモを渡されました。
翌日、なんの説明もないまま金田から渡されたメモを頼りに職場に向かうと、そこはソープでした。
もちろん躊躇いはあったけど金田のために『やるしかない』と腹を据えました。
しばらくして
金田から『籍を入れよう』と言われて、私はその言葉に舞い上がって有頂天になりました。
私はやっぱり金田に愛されている、大切に思ってくれている。
『金田あゆみ』
すごくいい響きだと感じました。
しかし現実に苗字が変わったのは金田でした。
金田が婿入りという形で板垣の姓を名乗るようになったのです。
馬鹿な私は『愛するあゆみと同じ苗字を名乗りたい』という言葉にコロッと騙されてしまいましたが、現実は愛などではなく消費者金融のブラックリストから自分の名前を消すことが目的だったのです。
私は愛されてなどいなかった。
少し甘い言葉を囁けば金の卵を産む
馬鹿な雌鳥だったのです。




