呼び声
『外科医高松の述懐』
西川さんが再び緊急手術にのぞむことになったのは退院を三日後に控えた朝でした。
朝の回診直前にナースコールが鳴り、駆けつけた看護師によると西川さんはベッドの上で自分の腹部を押さえながら呻いていたそうです。
退院を三日後に控え、縫合不十分により傷口が開いてしまったということはあまり考えられませんでした。
可能性としては既に前々から細菌が侵入していたことによる腹膜炎が挙げられます。
原因究明のために西川さんはすぐにストレッチャーに移されレントゲン室に運び込まれました。
主治医である私は気もそぞろでした。
術後に患者が腹膜炎を発症するということは、手術の際に主治医が技術的なミスをしたか、術後の衛生その他の管理ミスが見込まれるからです。
それはどちらにしろ病院側の責任です。
しかし西川さんは腹膜炎など発症しておりませんでした。
なぜなら放射線科の技師が持ってきたレントゲン写真には再びあの忌まわしい針が胃の中に白い影となって写っていたのです。
もしもこの針が1本だけならば私が手術の際に見落としてしまったということもあるでしょう。
しかしながら今回も西川さんの胃の中に写る針はウニやイガグリの様に塊になって存在していました。
開腹してみないと分かりませんが、私は前回と同じように裁縫針が入っていると確信していました。
しかし何故?ここは病院です。
裁縫針が一本も無いとは言いませんが、西川さん本人が病院関係者の目を盗んで裁縫針を手に入れて、自ら飲み込んだとは考えられません。
針はまるでどこからともなく忽然と胃の中に現れた。
そうとしか考えられないのです。
『俺の告白』
二度目の手術の麻酔の最中、またあの夢を見た。
真っ暗な闇の中で女の手と『指切り』をする夢だ。
絡んでいた指が外れると女の手は風に舞う木の葉の様にヒラヒラと揺れながら暗闇の底に沈んでいった。
そして目覚める直前に俺は確かに聞いたんだ。
『指切りは約束』という言葉を。
目が覚めると俺はまた元の病室に運び込まれていた。
ベッド横では看護師が何やら忙しなく動いている。
やがて看護師は俺の意識が戻った事に気が付くと主治医を連れてきた。
事前にまた腹の中に針が現れたことを説明されていた俺は『何本でした?』と聞いた。
高松医師は苦りきった表情で『13本出てきました』と答え、そのまま黙りこくってしまった。
何を説明すればいいのか分からないのだろう。
俺も何を聞けばいいのか分からなかった。
だからただ一言『寝ます』と言って目を瞑った。
高松医師が何も返事をしないまま病室を出ていくのが気配で分かった。
寝る・と言って目は瞑ったが、麻酔明けで眠気は一向にやってこなかったので、ひたすら麻酔の中で見た夢の事を考えた。
二度続けて見た同じ夢と最後の『指切りは約束』という女の声。
あれはいったいだれだったのだろう。
家族や仕事の同僚の女性の声ではない。
今の女友達の中にも同じ声は思い当たらない。
.......じゃあ昔の女友達の中には?
フリーター時代、大学時代と順を追って思い出していく作業の中で、高校時代の中に該当者がいた。
板垣あゆみ
その名前を思い出した途端、小指が痺れた気がした。




