再発
『外科医 高松の述懐』
手術自体はそう難しいものではありませんでしたので、西川さんの回復は順調でした。
しかし裁縫針が胃に侵入した経緯だけがどうしても特定できませんでした。
断言するわけではありませんが、私は針の侵入経路は密かに本人によるものと睨んでいました。
もちろん西川さんは否定しておりましたが、自殺未遂では事実を隠したがる患者も大勢いますし、先にお話したように無意識の行動ということもあります。
私は入院中に当院の精神科のカウンセリングを受けることを勧めました。
西川さんは『俺はどこもおかしいわけではない』ご不満の様子でしたが、私の繰り返しの説得と不自由な入院生活に余程退屈していらっしゃったのでしょう。
ある日『受けてみてもよい』とお返事を頂きました。
私は早速看護師に指示して精神科の受診の段取りをつけて、翌日には受診できるよう取り計らいました。
が、西川さんを診察した医師の答えは『異常なし』でした。
驚いた私は暇な時間を見繕って、担当医の話を聞きに行きました。
彼はこちらから回したカルテにもしっかり目を通し、本人との面談を行い
果ては催眠療法まで行ったらしいのですが、どこをどう分析しても針の侵入は本人によるものとは思えないと答えました。
ではいたい針は何処から侵入してきたのでしょうか?
『俺の告白』
いったいどうなっているんだ。
手術痕の回復は順調だが、どうやら俺は医者から異常者扱いされているらしい。
何度も自分で針を飲んだわけじゃないと説明しているにも関わらずだ。
それでも主治医の高松は信じていないらしく、顔を合わせる度に精神科の受診を勧めてくる。
俺はとうとう根負けして精神科を受信したが、そっちの医者からは『異常なし』の太鼓判を貰った。
当たり前だ。俺の頭におかしな所なんて無いんだから。
こんなことになって1番困惑してるのは他でもないこの俺だ。
その俺を異常者扱いしやがって。
異常は無かったんだから精神科の受診料はあの高松に払わせてやろう。
こんな急な入院でただでさえ経済状況は圧迫されてるんだ。
仕事も休んだままだ。
昨夜同期の仲間がこっそりメールをくれた。
早く帰ってこなきゃそろそろ首が涼しくなる・と。
不況のご時世、世間には働きたいと思う奴は掃いて捨てるほどいる。
その中の1番低能な男ですらベッドで寝たきりの俺よりはマシな仕事をするだろう。
来週頭に控えた退院と、しびれを切らした上司のクビ宣告ではどちらが早いだろうか。
1日でも早く退院して会社に戻りたかった。
その夜、することもなく消灯前に眠りについた俺は誰かと指切りをする夢を観た。
真っ暗な中、顔は見えなかったが
繋いだその白く細い小指は女の指だった。




