魔道試練(2)
エレンさんが二つあるうちの一つの宝箱を開いたことで現れたであろう新たな通路を僕たち二人は歩いている。そこには会話というものはなくただ二人の足音だけが聞こえるだけであり、この通路がまたその足音を反響させる。
他のペアも僕たちのようにあまり話さないで試練に臨んでいるのだろうか。僕も同じ年代の人と組みたかった。そうしたら仲良くなって友達になれたかもしれない。
エレンさんと組むことが決まり今こうやって試練を一緒に受けているので今さら悔もうが仕方のないことであるのだが、どうしても考えてしまう。
この試練が終わったら魔法の勉強というよりまずは友達作りを頑張ろうと思う。
これからやっと始まる魔法学園生活、ぼっちで過ごすことは避けたい。
隣を歩く黄色の長い髪の持ち主、エレンさんを一瞥してすぐに前を向く。
とにかくは試練だ。ちゃんと玉を集めてクリアを目指すことに集中しよう。
やっと次の部屋が見えてきた。それほど長くはないはずの通路なのになぜか長いこと歩いた感覚だ。無言のまま歩いているだけだとそう感じてしまうのだろう。
僕たちはまた新たな部屋に足を踏み入れた。部屋の真ん中の方には宝箱が一つ置いてある。しかしもうすでに開いてしまっている。誰かが開けた後のようで、一応近づいて中身を確認したが予想通り中は空っぽであった。
「もう誰かにとられてしまっていますね、次の部屋に行きましょうか」
「…」
応答はない。
無言という返事の仕方、いつか僕も習得したい技である。
対エレンさんに限るが。
僕は他の部屋へと通ずる二つの通路に体を向ける。右が左か、どっちに進むか…
「じゃあ、みぎに…」
「左に行こう」
「はい左にしましょう」
エレンさんの意見を尊重した僕。決して流された訳ではないということだけは言っておきたい。
その後もエレンさんと一緒に、いや、僕がエレンさんについていく形で足を踏み出した。
その後も数々の部屋に行きその各々の試練をなんとかこなしていった。途中エレンさんに、「そんなこともできないのか」といった感じの目で見られることがしばしばあったが、とにかく試練としては順調に進んでいっていると思って良いだろう。
ろくに魔法の勉強をしていない割には、ここまで上手くやっている、僕はそんな風に思っていた。
よし、この部屋の課題も終わった。次の部屋に行こうと歩き出したが、エレンさんが立ち止まったままでいる。
「どうしましたか?」
少し俯いて何か考えているエレンさんの方を振り返り声をかけてみた。
「何かおかしいとは思わないか?」
「おかしい、ですか?確かにこの学校に来たばかりの僕でもこなせてしまう課題ばっかりで、少し難易度が低い気はしましたが…」
「ばかめ、そんなことではない」
「すみません、調子に乗りました。じゃあ一体何がおかしいですか?特にここまでなんのトラブルも起きていないですよね?」
「分からないのか?これは今年魔法学校に入ってきたやつにとっての試練であって、決してお前だけのためのものではない」
「はぁ、それは分かっていますけど…だから他の人より多くの玉を集めようと頑張ってきたわけで…」
エレンさんはずっと真剣な顔をしたまま僕を見つめている。なんだ、エレンさんの言うおかしなことってなんなんだ?
色々と考えを巡らせ、エレンさんの発言を振り返ってみた。そして、僕は気づいたかもしれない、今起こっているおかしなことに。
「もしかして、」
「…やっと気づいたか?」
「試練が始まってからここまで、他の魔道士の誰にも出会っていない」
「そういうことだ。ここまでいくつもの部屋を歩き、それなりに時間も経過している。誰ともすれ違わない方が不自然だ」
「ということは、一体どういうことなんですか?みんなはどこに行ってしまったのでしょうか?」
「私もそれを考えていたが、どうやら違うかもしれない」
「違うって、どういうことですか?」
「他の奴らがどこかへ行ったのではなく、最初から私たちだけが他のところへ飛ばされているということだ」
「え!どういうことですか!?まさかあの学園長の悪戯…って訳じゃないですよね?」
「お前はニース学園長のことをなんだと思っているのだ。あの方はとても偉大な魔道士なのだぞ」
すみません、あの学園長を偉大だと思えるようになるにはもうしばらく時間がかかりそうです。
「じゃあなにかの手違いみたいなものですかね?」
「…どうやらそうではないらしいな」
エレンさんの声が少し低くなった気がした。そしてなんとなく、殺気のようなものを感じた。僕の方を向いたまま、いや僕の後ろの方を見つめたまま。
僕の後ろに何かがあるのか、と思ったのと同時に後ろ側から男の人の高らかな声が聞こえときた。
「ハーイ、新人魔道士くんたち、ちゃんと僕が用意した試練は捗っているかなー?」
瞬間的に僕は声のする方に振り返った。そこには黒のスーツ姿の背丈が大きい細身の男性が立っていた。
「貴様、闇の組織のメンバーだな?」
「いかにも!この度はね、白魔法使いの魔道士がいるって聞いて様子を見にきたんだよネー」
闇の組織…最初の学園長の話の中に出てきていたな。学園に襲ってきたりする、悪の集団だみたいなことを言っていた気がする。闇の組織って、ちょっとベタな気がするが。
「それで、試練という風に装ってコイツの魔法を観察してたってことか」
「まーそんな感じだネー。でも結局よく分かんなかったんだよネー。まーどんな魔法だろうと白魔法の魔道士だからネー、僕がやることは変わらないんだけどネー」
「どうするつもりだ?」
「それ、聞く意味あるのかなー?」
そう言うと、その男は右手の指をスナップさせ音をパチンと鳴らした。途端に、僕たちがいる真っ白だった部屋が一変、真っ黒の部屋へと変わった。
瞬時にして辺りが真っ暗闇に染まり、何も見えなくなってしまった。今まで感じたことがないほどの恐怖感が僕の心に襲いかかってきた。
命を狙われいている、今会ったばかりの変な男に。
足が震え立っていられなくなった。
鼓動が速くなり、まともに呼吸が続けられない。
「…るな……こら…」
エレンさんの声がかすかに聞こえた。動揺していたのと、暗くてどこから声がしているのかよく分からず、何を言っているのかよく聞こえなかった。
すると、トンっと肩をたたかれ。心臓が飛び跳ねたがすぐに僕は落ち着きを取り戻すことができた。その人の声がすごく安心与えてくれる、心強い声に聞こえたからだ。
「案ずるなニコラ、私が側にいる」