試練開始
「起こしに行ったが起きなかったのはお前だ、ニコラ。私を責めるより自らの寝坊の過ちを責めろ。気持ちよさそうに寝やがって。私の雷でたたき起こしてやりたい気分だったぞ。だがシーカが絶対ダメだってうるさいのでな、仕方なくそのままここまで運んできたというわけだ。感謝しろ、ニコラ」
「それはどうもありがとうございました……じゃなくて!ここまで連れてきてくれたのなら揺さぶるなりして起こしてくださいよ!周りの視線が痛いじゃないですか!」
「周りの視線が気になるならまずはその顔をなんとかしないといけないな」
「ちょっとどういう意味ですか、それは」
「よしそれじゃ試練の始まりだ、行くぞ」
そう言い放ってエレンさんは僕を置いてこの場を立ち去ろうとする。僕は置いてけぼりにされぬようエレンさんの後を小走りで追いかけた。エレンさんを後ろから見ると、腰のあたりまでの長さのあるきれいな黄色の髪の毛が彼女の美しさを象徴しているような感じがした。見た目はとてもクールだから遠くから見ているだけならば美人な先輩だなと思うだけに留まれたのになと思うと少し残念な気がする。
今日は先日ニース学園長から伝えられた通り、ここの学園で毎年開かれるという魔導師新人の一年生が対象の試練と呼ばれる催しものが開かれる日だ。ぼくがまだ魔法の勉強を全然していないということを考慮して、本来なら一年生同士でペアを組んで参加することになっているところを僕は特別にエレンさんとペアを組むことになった。しかしエレンさんは上級生ということで制約がかかってしまい、試練の間は魔法を使用することが禁じられてしまう。もし魔法を使用したらその時点で僕たちのペアは失格となるみたいだ。
これは僕とエレンさんのペアに課せられた特別なルールみたいなもので、元々のルールが別にしっかり存在しているようだ。そのルールや今回の試練の内容などの説明を僕が寝ている間にしてしまっていたらしい。
だが試練中にも確認できるように説明が書かれている紙を配布してくれていたので僕はその紙を一枚学園の先生からもらった。
エレンさんの横に並んで歩きながら、さっそく書かれている内容を確認しようともらった紙に視線を落とす。いったいどんな内容なのかドキドキしながら読み進めていく。
<試練の概要>
1.今回の試練は新人魔導師の今までの魔法の授業を受けてきた成果を確認するためのものである。
2.新人魔導師はそれぞれ二人一組ペアを組んで参加すること、またそのペアは学園側が決める。
3.場所は学園内に存在する、ある特殊施設の中とする。
4.制限時間は予め設けず、ニース学園長の独断により突然終了とする。
<試練の内容>
1.まず施設の中にたくさんある宝箱を探す。その中には一個の光っている玉が入っておりその光
は魔法色全七色のうちのいづれかの色を放っている。自分の色魔法と同じ色で光っている玉を見
つけペアで揃って出口までもってくると試練合格となる。その際、ペアの二人共それぞれの色の
玉をもってくること。どちらか一方でも玉を持っていない場合試練は合格とならない。
2.試練に合格した時に持っていた玉の数の分だけそのペアにはボーナス点を与える。
3.試練に合格したペアはボーナス点によって順位付けを行う。
<試練の禁止事項>
1.魔導師の身体に対して危害を加える魔法の使用を禁じる。
2.試練師間内における玉の譲渡、略奪を禁じる。
<学園長からの一言>
「レッツー、宝探しー!」
……最後の文章で一気に緊張感が解けた気がする。そのことに関してだけ一応学園長に感謝しよう。
とりあえずこれから入る施設の中に宝箱がいくつかあって、その中にある玉を集めれば良いのか。でもただ集めるだけではだめで、自分の適性魔法色の玉をその中に一つは持っていないといけないってことか。僕なら白の玉、エレンさんは黄色の玉を。
それと禁止事項に書いてある、他の魔導師に魔法を使えないっていうのと玉の譲渡・略奪が禁止ってことは魔導師同士が争って玉を奪い合うってことはないってことになるな。あくまで早い者順で玉を集めていくってことで、そんな荒々しい内容ではなくて少し安心した。でもこうなると一体どこで魔法を使うことになるのだろうか。
そんな疑問を浮かべながら僕はエレンさんと一緒に試練の会場へと向かった。
五分くらい歩いたのだろうか、僕はとても大きな建物の近くまで到着した。ここが今回の試練の会場らしい。周りにいる他の魔導師たちもどこか顔が緊張して強張っている感じだ。重々しい空気が感じ取れる。
今回の試練に参加する新人魔導師は何人くらいいるのだろうか。ざっと見た感じ50人くらいは優に超えている気がする。
「それでは皆、今から紙を渡すからペアで一枚もらってそこに書いてあるゲートの前に行ってねー」
ニース学園長が緊張感のかけらもない間延びした言い方でそう告げた。その言葉を聞いた学園の先生方が数名、手に持っている紙を新人魔導師達に配り始めた。僕たちももらいに行かなければ。エレンさんに取って来ますねと一言告げ、紙をもらいに行く。どうやらあらかじめどのペアにこの紙を渡すといった具合に決まっていたわけではないらしい。取りに来た者に順々に一枚ずつ渡していっている。もらった紙に僕やエレンさんの名前が書いてあるわけではない。ただそこには、「Bゲート-4番」と書いてあるだけだった。
エレンさんのもとに向かって紙を見せる。それを見て紙を僕の手から取って確認する。
パッと見てすぐにその紙を捨てて建物内に入ろうと歩いて行く。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよー!」
、
慌ててエレンさんの後を追いかけ試練の会場である建物の中へと足を踏み入れた。
中に入ると少しひんやりとした空気が感じ取れる。急に別の世界に入り込んだような不思議な感覚だ。
エレンさんは迷うことなく、そして一言も話すことなく静かに先へと進んでいく。
コツコツとエレンさんの足音だけが建物内の廊下で響いている。
途中廊下で十字に分かれているところが何か所かあった。1人だったら絶対に迷っていることだろう。
一応曲がり角があるところでは道案内用に壁に「B1~B5→」のように道標となるようなものが書かれているがすんなり行くのには何度もここに来なければならないだろう。
「ここだ」
エレンさんの視線の先、前を見るとそこには扉があってしっかりと「Bゲート-4番」と書かれていた。
「ついに始まりますね、エレンさん」
「……そうだな」
なんかいつもよりずっと口数が少ない気がする。エレンさんが緊張なんてしているとは思えないし体調が悪いわけでもなさそうだ。何か考え事でもしているのだろうか。
「エレンさん、何か考え事でもありますか?さっきからどこか黙り込んでいるような気がして」
「いやなんだ、私は魔法が使えないとなると何をしていれば良いのかと思ってな」
「な、なんだそんなことですか。大丈夫ですよ、僕も魔法使うことないんじゃないんですかね?だってただ宝箱を探して光っている玉を集めるだけですし」
「貴様はばかか。なんのための試練だと思っている。魔法を使わないで何をする気でいるのだ」
「だって学園長もレッツ、宝探し、と言っていたのでただの宝探しゲームのようなものかと……」
「何かしらの形で必ず魔法を使うことになるに決まっているだろうが。この……」
ばかが、というつもりだったのだろうが、エレンさんがしゃべり終わる前に建物内に結構大きめの音でアナウンスが入った。この声はさっきも聞いたどこかの長の声だ。
「新人魔導師の諸君、待たせたねー。いよいよ君たちにとっての初の魔法学園におけるイベントの始まりだー!みんなもドキドキワクワクしていることだろうー。みんなの活躍を大いに期待しているからねー!」
これを聞いている他の魔導師達がどう思っているのか近くにいないので分からないが、絶対この人空気読めないなって思っているだろうなと想像できる。変にお硬い挨拶するくらいよりは良いんだろうか……
「あんまり長引かせてもしょうがないからね、それでは元気よく言ってみましょうー!レッツーーーー、宝探しーーーーーー!!!」
アナウンスが終わると同時に目の前の扉が勢いよく開いた。中は真っ暗で何も見えない。え、中はどうなっているの?まさか暗闇の中を歩いてくの?色々と不安なことを考えている僕を全く気にせず歩き出すエレンさん。ここでも僕を置いて先に行こうとするあたり、エレンさんは本当に我が道を行くなとつくづく思う。
と、そんなのんきなことを言っている場合じゃない。エレンさんとはぐれるのだけは勘弁だ。
僕は置いて行かれないよう走りだす。僕はエレンさんに少し遅れて扉の奥へと進んでいった。