BwG ≪ボグ≫
かきだしコンに載せたものを、少しだけ修正してあります。
大筋に変わりはありません。
〔7/24PM11:46 舞台名をこっそり挿入。省いてたのを入れ忘れていました……〕
それが出現した、最初の記録はどれなのか。学会の意見は割れている。
UMAがそれだったのだ、という説を除けば、きちんと姿が記録されているものは、2162年のカナダでの目撃が初である、とするのが有力だろうか。
それは、とある弁護士の手記だ。
『庭に、見慣れないものがあった。丸くコロコロとしていて、大きさはサッカーボールほど。色は、使い古しのバスケットボールのような、黒みがかった赤茶。
なんとなく観察していると、ドブネズミがやって来て、それに触れる。すると、そのドブネズミは、そのままボールの中に入り込んで、出てこなかった。
暫くすると、そのボール状のものは、風に吹かれるように転がっていった』
という記録だ。
これが、現在あちらこちらで目撃される、危険生物『ボグ』である。
名称は、伝承のイタズラ妖精からだというが、イタズラにしては悪質すぎる。
2170年代には、世界中で『ボグ』が原因と思われる行方不明事件が、目撃例と共に爆発的に増えた。
しかし、未だにその生態は謎に包まれ、どうやって増えているのか、さえもわかっていない。
それを研究しているのが、僕の所属する『未確認危険生物対策研究所』というわけだ。
研究、と言っても、僕のやっていることは、亡骸の回収と、棲み処の記録調査ぐらいだけど。
もっと偉い人達だと、亡骸の解剖やら、様々なことをするのだけれど、一般の研究員ではロードワークが精一杯だ。
と、いうのも、数少ない解明された『ボグ』の特性のせい。
実は、この『ボグ』、生死に関わらず、ある物質以外は全て取り込んでしまうのだ。
それでは移動はできないのではないかと思えば、『ボグ』はどうやら常に、微妙に宙に浮かんでいる状態らしい。
それで、地面などには融合することなく、移動することができているらしいのだが、肝心の移動手段の方は、特定できていない。空気の流れに乗っているわけでもないらしい。
そして、その『ボグ』には取り込まれない、特殊な物質。少量しかまだ採掘されていない。数が限られているのだ。
『ボグ』に対抗することができる唯一の物質であるから、ほとんどは、『ボグ』を攻撃、撃退するための武器を優先させて、研究用に回す分は、亡骸を運ぶための袋以外にはないのだ。
その上、物質を扱うためには厳しい資格も必要で、僕には絶対手が届かない。
届いても、ほしいとは思わないけど。
「こんなのと戦うとか、冗談じゃない」
さて……長々と、僕の独り言に付き合ってもらったが、まだ作業は終わってない。
そう、作業。
今、僕は大量の『ボグ』の回収作業に駆り出されている。
イギリス某所。片田舎の岩山に大量発生した『ボグ』を専用部隊が殲滅。それを、なぜ大量発生したのか原因を探りつつ、検体を回収、『ボグ』の処分場に運ぶ。
ものすっごく、人手のいる作業だ。しかも、『ボグ』に関わる作業なので、あまり一般の人は雇えない。
はっきり言おう。
重い。臭い。辛い。
元々、体力にはあまり自信がない。「研究は体力だ」と言っていた教授の言葉が今ならわかる。研究職こそ、究極の体力勝負なのだと。
……ダメだ。頭おかしくなってきた。
無駄なこと考えて、気を逸らす作戦がそろそろ限界だな。
僕の腕には、ボーリング玉3個分の重さの物体が入った、特殊な袋。
何往復目かは忘れた。仮置き場まで、100~200メートル程だけれど、足元は、不安定な岩場で歩きにくい。
周囲は見通しが微妙な灌木で、この微妙さが辛い。木の高さは俺の背より、少し高い程度から、手を伸ばしてなんとか届く程度までで、岩のへこみにコイツがいることも、ふと見上げた木の枝に、引っ付いてることもあるから、全く気が抜けない。
そんな中、この量をたった4人で、とか、絶望的だろ。
ホント、殲滅部隊のヤツら、何考えてんだ。ワケわかんない数の亡骸、放りっぱなしで撤退しやがって。しかも、なんか微妙にあちこちに散らばってるから、大まかな印を頼りに、手探りで探さなきゃならないし。
これで、一匹分でも見逃してたら、責任こっち持ちなんだぜ? 終わってる。ホントもー、終わってる。
ともかく、印を見つけたら、丁寧に一つ一つ、辺りを見回る。
回収し終わっても、印は取らず、一度見回った印を追加する。これが5つ貯まれば、そこは飛ばしていい。けど、まだ印の回収はしない。
見回った印があっても、油断せず見回る。実際、何ヵ所かで見落としがあった。
亡骸は3体ずつ袋に詰めて、仮置き場まで運ぶ。繰り返し。
全く終わりが見えねぇ。何匹いるんだよコイツら。
舌打ちしながら、黙々と作業を続ける。
だから注意が、自分の足元には散漫になっていたかもしれないことには、賛同する。
「わ……ぅあッッ!!」
底が、抜けた。
集めた『ボグ』は袋に入れていた。
けれど、それまでこいつらはここに転がっていたんだ。
ひとつ、6キログラム前後の物体が複数転がっている、だけじゃない。こいつらは、少しずつだけれども、その場にあるものを吸収する。
少しずつ、でも、土が、薄くなっていたんじゃないだろうか?
その下に、もしも、空間があったなら。
その上に、知らず、僕が乗ってしまったとしたら。
「底が抜けた」という表現は的確だろ?
ほんの少しの間の浮遊感のあと、地面に叩きつけられ、痛みの後に肺の中の空気を、一気に吐き出された。
他のナニカも、吐いたかと思ったがそうじゃなかったらしい。
激痛に、気を失うかと思ったが、こちらもそう簡単には失わないものらしい。
見えている穴は、3~4メートルほど上。2階の床を踏み抜いた程だったようだ。
その程度で良かった。数十メートル下でした、とかだったらと思うと、ぞっとする。
起き上がろうとして、何かを掴んだ。
何だコレ?
あばらの痛みをこらえながら、それを見ると、幅の広い、短剣、のようだった。
……。
あぶなッ!
刃の部分を掴んでいたら……いやいや、もし、コレの上に落ちていたら。
起き上がろうとして掴んだのだから、コレは、僕の体から1メートル以内にあったということだ。こんなん刺さったら、大ケガじゃすまないぞ。
あっぶねー。
そう、思いながら、それを持って起き上がった。いたたたた。
幅の広い短剣。ナイフと言うには重厚な、幾何学的な模様が刃にまで広がる、およそ実用には向かなそうな、装飾の剣。
儀式用かな?
周りを見渡す。
2メートルもないところに、大量の『ボグ』が固まっていた。
全身から汗が吹き出す。
足は……動かない。尻餅をついたような姿勢から、1ミリも動けなかった。変わりに、痛みも麻痺したように感じない。
声さえ出なかった。
気分だけは、ジリジリと後退りながら、僕はその赤茶けた塊を凝視した。
今朝からずっと、目を皿にして探し続けたそれだ。昼食も軽く口にしただけで、あとはずっと探していた。
見間違える筈がない。
筈が、ない、んだが。
「……あれ?」
襲ってこない……?
あっ。ああ、そうか。『ボグ』は触れると危険だが、あっちから積極的に襲ってくるようなものじゃないんだ。
逃げれば、逃げきれる。
落ち着け……落ち着け……。
「……ってか、コイツ、もしかして、亡骸じゃね?」
ちくしょう、脅かしやがって。
てか、殲滅部隊のヤツら、こんなとこにまで、亡骸放り出してたのか。いくらなんでも、見つけられないぞ。迷惑すぎる。
「こんな大量の亡骸、一人で運べるかよ」
僕は、緊急連絡用の通信機を取り、応援を頼んだ。
『地面の下に大量の亡骸って……それ『棲み処』だろ。先生もつれていくわ』
助教授もか。ちょっと大事になったな。まぁ、いいか。こっちは怪我人だし、おとなしく待っていよう。
居場所のマークが消えないように、通信機を取り出したままにしておく。
それでもって動けないから、今までそんなじっくりと見る暇もなかった『ボグ』を観察する。
見ていて気分のいいものでもないが、グロいわけでもない。こいつの亡骸特有の、革製品を大量に集めたような臭いさえ気にしなければ、ただの気の抜けたボールだ。
気の抜けた……。
あれ?
今まで見たことがある『ボグ』は、亡骸でもきれいな球体を守っていた。今日回収したものもだ。
なんでコイツはぺしゃんこなんだ?
萎えた足腰に鞭打って立ちあがり、じっくり観察すると、そこに横たわっていたのは、驚愕の事実だった。
そう、自信満々に、見間違えないと言っていた僕は、完全に見間違えていた。
そこにいた『ボグ』は、巨大なサルの姿をしていたのだ。
「うそだろ……『ボグ』は球形な筈だ。哺乳類の姿をしている? 取り込まれている最中か? だが、この大きさ……」
そして、もうひとつ、異変に気がついた。
「っ! このっ、離れろ……!」
拾った短剣が、手から離れない。強力な接着剤を、手のひらに塗っていたみたいに。
しかも、そうこうしているうちに、『ボグ』の遺骸から、煙のような極細の繊維が延びてくるのが見えた。
ちょっ……ウソだろ、聞いてないぞ。
「あ、ぅわあアアアアッッ!!」
ガタガタ震えながら、必死で短剣を前に掲げる。ただの儀礼用の短い剣が、何の盾にもならないのはわかってる。だが、これだって、立派な武器だ、いちおうは。
必死に掲げて、目を瞑り、頭を下げる。
絶対隠れられない大きさに隠れて、自分を取り囲むだろう、奇妙な煙にしばらく怯えていたが、特になにも起こらないことを訝しく思い、顔をあげる。
『ボグ』から延びていた、奇妙な煙のような繊維は。
短剣に吸い込まれていた。
「……へ?」
次は、『お詫び』。