1.
11歳の冬休み。
クリスマス目前で、街中がきらきらのイルミネーションで埋め尽くされていた。
僕は身を刺すような寒さも忘れて、クリスマスプレゼントは何がもらえるのか、わくわくしながら先生にご挨拶をして学校をあとにした。
家に帰ると、母さんが言った。
「AJ、今年のクリスマスはモントリオールに行くわよ」
僕の家族や友達は、僕のことをエイジェイと呼んだ。Alexのスペルの最初の2文字が、AとJに見えるかららしい。
「えぇ?僕らが行くの?カナダまで?」
僕はがっかりした。
だって、せっかく家中クリスマスの飾りつけしたし、ツリーだって、大きなの用意したのに。
「仕方ないじゃない。おじいちゃんは車椅子で動けないんだから」
ふてくされてプレイルームにこもって、SonyのPlay Station 3を立ち上げた。後ろから母さんの声が追いかけてきた。
「それにね、AJ。今年おじいちゃんとおばあちゃんの家には素敵なゲストがいるのよ」
「素敵なゲスト?」
僕はゲームをスタート画面のままにして、後ろを振り返った。
「日本人の女の子がいるの」
「日本人?」
僕はSonyのゲーム画面をちらりと見た。
「そうよ。モントリオールの高校に留学しててね、クリスマスの間だけおじいちゃんとおばあちゃんの家にホームステイしてるんですって」
「・・・ふうん」
僕は別にどうだってよかった。
日本人だなんて言ったって、そこら辺にいるし。
現に、学校にだって日系の子くらいたくさんいる。
別に珍しくもないし、興味もない。
そんなことより、わざわざモントリオールまで行くの、面倒くさいなあ。
飛行機ちょっと苦手なんだよなあ。
僕フランス語の成績悪いし、街の人何言ってるかわからないんだよなあ。
僕はゲームをロードして、スタートさせた。
「メリークリスマス!」
僕と父さんと母さんとでモントリオールの家を訪ねると、おばあちゃんが玄関で暖かく迎えてくれた。
モントリオールはアメリカの僕の家よりももっとずっと寒くて、僕は空港を出たときからがちがちと凍えていた。
ようやく暖かい家に着いて、おばあちゃんとハグを交わすと、僕はそそくさと家に上がった。
「寒かったでしょう?今紅茶でも入れるわね」
おばあちゃんがキッチンに入ろうとすると、そこからひょこりと顔を出した人がいた。
「まあ、私ったら、紹介が遅くなっちゃったわね」
おばあちゃんはその子の背中をそっと押して、前に出させた。
「今うちに居候してる、サユキよ」
そのサユキと呼ばれた日本人は、にこにこと笑いながら、こんにちは、よろしく、とぎこちない英語で言った。
父さんと母さんもよろしく、と言いながら、握手を交わした。
「AJ、挨拶なさい」
母さんが僕を促した。子供じゃないんだから、言われなくてもちゃんとするよ。僕は内心思いながら、同じように自己紹介と挨拶をして握手をした。サユキは下手くそな発音で返した。
サユキはなんだか僕の学校にいる日系の子とは随分印象が違った。
高校生のくせに小学生みたいな幼い顔をしていて、そのくせ大人みたいに小奇麗な化粧をしている。まっすぐ伸びた前髪をヘアピンで留めていて、更にまっすぐにさせるつもりだろうか。服だって、ジーンズにパーカーやセーターとかじゃなくて、ひらひらのスカート履いてパステルカラーのカーディガンなんか羽織って、気取った格好している。
やっぱり日本人はお金持ちなんだな。SonyとかNintendoとかすごいゲーム作っちゃう、テクノロジーの国だもんな。
僕は長いフライトで疲れていたので、荷物を下ろして、すぐにリビングへと向かった。
リビングでは、おじいちゃんが車椅子に座ってテレビを見ていた。
「やあ、おじいちゃん」
おじいちゃんは僕の顔を見るなりにっこりと笑って、もごもごと返事をした。多分、やあAJ、とか言ったんだろう。
久しぶり、と言いながらおじいちゃんと軽くハグを交わしたら、すぐ僕はバックパックの中からNintendo DSを取り出して、スイッチを入れた。
おじいちゃんは話し始めると長いのだ。長いだけならまだいいんだけど、何を言っているのかよくわからないから、正直、疲れる。僕はカウチにごろりと寝転がって、ペンで画面をかしゃかしゃこすった。
そのうちサユキがやってきて、カウチの端っこに座ってテレビを見始めた。僕はちょっと足を曲げて場所を作ってやった。ありがと、とサユキが小さく言った。
すると、さっきまでおとなしかったおじいちゃんが、突然きこきこと車椅子を移動させて、カウチの横にやってきた。
そして、サユキに向かって、何やら話をし始めた。
サユキに話しかけたってわかるはずないのに。僕だってわからないんだから。僕は起き上がって、カウチの反対側の端っこに座った。
ちらりと横目で見ると、おじいちゃんは何やらジェスチャーしながら、しわしわの顔を更にしわしわにさせて嬉しそうに話をしている。
サユキはただ、時折うなずいたり、Aha、とうなりながら、話を聞いている。
おじいちゃんが何の話してるか絶対わかってないくせに。笑顔でごまかして適当にあいまいな返事してるな。日本人ははっきりしないってのは本当なんだな。
だけど、おじいちゃんはそれに気付いているのかいないのか、にこにこ笑いながら、くしゃくしゃの手をひらひらさせて一生懸命に話している。
僕はなぜだかいらいらしてきた。
「AJ、あなたの荷物、部屋に持って行ってちょうだい」
母さんの声が地下室から昇ってきた。僕はすぐにバックパックをつかんで、DSの画面を見ながら移動した。
おじいちゃんは僕に目もくれず、サユキと話を続けていた。
サユキはおじいちゃんとおばあちゃんの家で、まるでメイドのようによく働いていた。
ディナーの準備を手伝ったり、洗濯物をたたんだり、おばあちゃんと一緒に家の掃除をしたり、母さんとマーケットに買い物に行ったり。
おじいちゃんが動けない分、おばあちゃんがひとりで家事全部をやっていたから、おばあちゃんは助かるわあと言って喜んでいた。
「AJもサユキみたいにお手伝いしてくれたら素敵なのに」
母さんがいじわるく言った。
だって、日本人は働くのが好きなんだ。カローシしちゃうくらいだもん。
僕たちが来てからは、サユキとおばあちゃんと母さんの女3人で、キッチンで料理の支度をしながら楽しそうにお喋りしているのを見かけた。
まるで最初から家族だったかのように、サユキはこの家に馴染んでいた。
「サユキにあげるクリスマスプレゼント、何がいいかしらね」
ある日、リビングでおじいちゃんと紅茶を飲みながら、おばあちゃんは僕にそうつぶやいた。
「んー、さあ」
僕はDSをしながら、上の空でつぶやいた。
「あの子ね、チョコレートが好きなのよ。でも、カナダのチョコレートはちょっと甘すぎるって言ってたわ。やっぱり女の子だから、お洋服かしらね。あの子いつも可愛らしい格好しているものね。暖かいセーターなんかどうかしら。なんにせよ、今度ダウンタウンにショッピングに行かなきゃ・・・」
おばあちゃんがうきうきした声で話を続けている。僕はゲームに集中していた。このラスボスが、なかなか倒せないんだ。
すると、おじいちゃんが、何やら声をあげた。
「なんですか、おじいさん」
おばあちゃんが歩み寄って、耳を傾ける。
「ssss、sa、サユキの、プレゼント、」
ほとんど歯のなくなった口で、おじいちゃんが喋った。
「わしも、買いに、行く」
僕は顔をあげた。
おばあちゃんは穏やかな表情のままで、
「・・・そうですね、行きましょうか」
と言った。
僕はDSを持ったままがばっと立ち上がって、地下室へと駆け下りた。
おじいちゃん、去年は車椅子で自由に動けないからって、僕へのクリスマスプレゼント買いに行かなかったくせに。
サユキのプレゼントは買いに行くだなんて。
なんでサユキなんかのために?
なんで?
左手に持ったままのDSから、ちゅどーんと音が漏れた。
またラスボスに倒されてしまったらしい。
Damn it, Nintendoなんか嫌いだ。




