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新たなる世界へ

「お義母さんは、死んだの……?」

「死んだんじゃない……消滅したんだ……」


 目の前の現状を、アキとセイは理解しきれなかった。チヨは何も言わなかった。今までありがとうとも、先に行くねとも、死ぬ前に言いそうな、とっても眠いわ、とも。

 死んだ、とも思えないほどあっさりと。そこにチヨの姿はなかった。言葉を残したのは、リーにだけだった。家族の前では見せない笑みを、リーの前では見せたのだ。

 だが、今のカイはそれどころではなかった。もし、リーの言っていることが本当なら、聞いて確かめなければいけないことがあるからだ。


「父さん、母さん。おばあちゃんを安楽死させようとしていたのは本当?」


 カイの顔に、いつもの冷酷さはなかった。焦っている、そして、たった今起こったすべてに動揺している。一方、セイは、嵐の前の静けさのように、冷静だった。


「あぁ、本当だ、カイ。今更嘘は言わない」

「じゃあ、俺の発明を悪用していたのは? 電子ロックだって、電気自動車の整備だって、売るための野菜を作るビニールハウスだって……俺がやっていたことは、それは全部、いつかはおばあちゃんを殺すためのものだったの?」

「……それは……」


 セイは返答に困っていた。黙るセイに、カイはついに怒りを爆発させた。


「俺はお前らの言うことに付き合ってやっただろ! ほかの人間なんて助けなくてもいいのに、食材を売って、生活費にするっていうから、電気自動車だって、ソーラーパネルだって、金庫代わりの電子ロックだって作ったんだ! なのに、なのに……結局は全部お前らのためか。全部お前らが得するためか! 邪魔になったら、俺もおばあちゃんみたいに殺すんだろ、そうなんだろ!!」

「……よ」

「あ? なんだよクソ親父!」


 セイは歯をむき出しにしてニヤリと不気味に笑う。目をめいいっぱい開き、充血した目と、口から垂れるよだれが、汚らわしい。


「あぁそうだよ! お前なんか機械と同じだ。人間のいいように使われて、人間の手に負えなくなったらすぐさま廃棄処分だ! 母さんだってそうだ、介護が必要で、家計を圧迫して邪魔なんだよ!!」

「……! ここまでクソ野郎かよ……バカみたいだ!」

「我が家の金のために動いてくれてありがとうな、カイ。だがお前は手に負えない。廃棄処分だ」


 腰からナイフを取り出し、セイは狂ったように笑いだす。それは、親とは思えない。狂ってしまった人間は、もはや人間ではない。カイは、覚悟を決めた。


「死ねぇぇぇぇ!」

「ったく、バカみたいだな、クソ野郎!」


 ナイフを振り上げたのと同時に、カイはゴーグルを装着する。そして、右のこめかみあたりのボタンを押した。

 一瞬にして、ナイフを持つ手は打ちぬかれる。それはもはや弾丸。だが、それは、銃のような、古い武器ではなかった。


「レーザービーム。護衛だし、使わねぇとは思ったけど、使う時が来るとはな。だりぃな、本当に」

「が……ぐぅ……痛い、痛いぃぃ……!」


 右手を抑え、流れる血を見て、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、泣き叫ぶセイに、カイはさらに、顔面に一つ飛び蹴りを食らわせた。

 空中で、その一言を静かに言う。


「一生黙ってろクソ野郎」


 衝撃により、鼻血を垂らし、完全に気絶したセイは、もはや人間とは思えないような汚い顔をしていた。アキはバラック小屋から逃げ出して、どこかへ行ってしまった。人間たちの作った国に、警察はない。治安を守っている余裕などない。もし、アキがどこかへ行くとしたら、それはバラック小屋からそう遠くない、ビニールハウスの中だろう。カイにはすぐ察しがついた。


「アキも逃げたか。臆病者だなぁ」


 そう言って、リーは、はははっと笑う。まるで今の現状を、劇を見るかのように楽しんで、傍観している。そんなリーとカイは目が合った。


「どうだい、家族の思い通りに利用されて、挙句の果てに殺されそうだったのは」

「バカバカしい。もはや呆れたよ」

「冷静だねぇ。だが、手は震えている。唇も、少し青いな」


 リーは覗き込むように顔を見る。何とか、顔を逸らそうとした。しかし、心に刺さった衝撃は、そう簡単なものではない。どれだけカイの精神が絶望していても、家族の裏切り、こればかりは幼心には耐えられない。

 カイは手で押しのけようともしたが、そんな力はもうどこにも残ってなかった。カイは死にたかった。こんな世界、絶望しかない、愛なんてない、救いなんてない。殺してくれ、次に口から出す言葉はそれだと決めていた。だが、思いがけない追い打ちをかけられる。

────そのまま、優しく抱きしめられた。何も考えられないまま、何もわからないまま。


「おま……なん……で……」


 思考が追い付かない、言葉が追い付かない。リーはそっと頭をなでる。こんなことをしてもらったことが、親にもあっただろうか。それは、ネット空間のデータベースでしか見たことのない、愛を表す瞬間だった。


「今は、このままにさせてくれ。俺が悪い、全部全部、俺が悪い」

「なんで……お前は、今日来たばかり……」

「なんだっていい、元凶は俺だ。俺が悪い。そして、カイ、お前を救ってやりたかった。もっと早く、絶望しきる前に、お前の元に来ればよかった」


その言葉の意味は分からない。だが、本当のことを言っている気がした。面倒になれば殺してくる、愛のない親よりも、家族に何の言葉も残さなかった祖母よりも、リーの言葉のほうが、信用できた。


「愛がない世界ほど、生きていくのが辛い世界なんてない。子供ならもっともだ。だからこそ、俺は遅くなった、本当にすまない」


今日まで、血のつながりは合っても、偽りの家族で過ごしてきた。それにカイは気づく。もはやこの世界に、希望などない、夢などない、愛などない。それでも、この男が、世界を、自分を変えてくれるのなら……

────それに、最後の希望をかけたい。少年が心の隅で思い続けた、たった一つの希望を。


「別に、これで終わりじゃねぇだろ。お前は言ったよな。俺がお前を、そして世界を変えてやるって」

「……あぁ。俺は嘘なんてつかない」


カイは拳一つでリーの胸を突き、少し離れた。その様子に、リーは目を見開く。


「じゃあ、俺を変えてくれよ。こんな絶望的な状況を、変えれるもんならな」

「……いいのか?」

「正直、お前が何を考えてるかなんてわかんねぇ。どうせ俺を戦いの中にでも投げ込むんだろうが、それでもいい。昨日までの俺は「たった今、死んだ」もう、死んだ身だ。どうなっても構わない」


 絶望を知った、裏切りを知った、心の底にあった、少しの希望を失った。だが同時に、愛を知った、新たな希望を知った。それがどれだけ偽りでも、今の自分を動かしたことに変わりはない。

 昨日までの無知なカイはもういない。それは自分自身で殺した。ここに新しいカイがいる。新たな希望、そして、野望を持ったカイが。


「俺は、俺の世界を良くする。他の人間はどうでもいい。ただ、俺がさらに変われて、前に進めるなら、なんだっていい」

「なるほどな。では、昨日までの世界を知らなかったカイは死んだわけだ。じゃあ、新たな世界を知った暁に、お前に本当の名前をあげよう」


ニヤリと笑って、リーはバッジをカイに突きつけた。四つの四角をかたどったバッジ。四角の一つ一つに、四角い穴が開いている。何なのかはさっぱりわからない。だが、どこか大切なもののような気がした。


「お前の忘れていた名字。それは佐々木だ。佐々ささきカイ、それが、お前の本当の名前だ」

「名字……かつての日本人はみんな持っていた戸籍……」

「お前は戸籍上存在しない。だが、お前の先祖は確かに、佐々木という名字だ。言っただろう、お前はこの世界を、そして家を知る必要があるとね」


服の内ポケットに、カイはそのバッジをしまう。それは、自分を知り、世界を知る一歩だった。その一歩はどれだけの大きさかわからない。この先に待ち受ける何かまでの、どれほどの一歩かはわからない。

それでも、確かにカイは、その一歩を踏み出した。


「俺の知らない世界を教えろ、バカバカしい世界じゃ、お前を殺すぞ、リー」

「あぁ、退屈しない世界を教えてやるさ、カイ」


そして、俺たちはバラック小屋を出る。最低限のものだけ持って。今日の天気は分厚い雲のかかった、砂嵐だ。さぁ、出かけよう。ゴーグルをかけ、新たな世界へ。

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