怒りに鳴る喉
ちょっと適当
「よ、ようこそっ! 俺たちの村『ンビクゥヌ』へ!」
「あ……は、はいぃ……」
……
村に近づき、小道が見え始めた時。俺は思わず駆け出しそうになった。
心に沢山のワクワク感が溢れて止まらず、頰を緩めてなおニヤつかせるほどに。
勿論、すぐに建物の陰から此方を見る人々の視線が集まり始めたのを俺は感じた。少し離れていようとも分かるのは、彼、または彼女らはやはりみんな『ツノとケモミミ』を生やして居る事だろう。
まあそれは俺も全く一緒なんだが……いや、だからこそ皆の視線が集まるのだろうな。
そして、村へ入る小道にあと一歩、と言う所で、隣を歩く彼……ィン’デルカ.ジジ……『デルカさん』に「ちょっと待って!」と言われて待たされた。
彼は村の通り……此方を見つめる人だかりまで行くと何やら話し始める。鋭い聴覚を持つ獣耳は、それをほとんど聞き逃さなかいのであった。
「デール! おかえりっ! どうだったっ! てかあの子なんなんっ!」
「デカにいっ! あの子はっ? あの子はっ? 早くお話ししたいっ!」
「デカ坊っ! お前なんだありゃあっ! どっから攫って来たぁっ? まさか売り身じゃねえべすなっ このやろおっ!」
「デルすけっ! あんたなに女の子なんか拾って来てんのよ馬鹿じゃ無いのっ!」
若い女性の驚きに満ちた声、小さい男の子の期待とぐずりの混じった声、中年男性の怒りと不安の篭った声に、年配女性の呆れと怒りが現れた声 等……
俺の頭頂に生える一対の獣耳は村の人々の声と言葉をしっかり聞き逃さずに受け止める。……てかちょっと待って。デルカさん……大丈夫なの? めっちゃなんか言われてない? 扱い酷くない?
「いや、あの なんか——の森に居たらしくて! ご両親も見かけなかったし、一人だったしボロ纏ってたしで! で、声かけたら、あー、あっ! そう! なんか台地の向こうの更に向こうから逃げ延びて来たらしくてさ! あーっ! そうそう そうだった!」
『台地の向こうから逃げ延びて来た』……彼がそう言った途端だった。
攫って来た なんて物騒なことを言った中年男性と思しき人物が俺の方にずかずかと歩み寄って来て、見下ろしてくる。でかい。
「おめぇ 向こうの街から逃げて来たんか」
まっ 街っ?! 街なんてあるのかよっ?! 知らんがなっ!
俺はデルカさんが言っていた『逃げ延びて来た』と言う部分から脳内をフルに回転させて設定を作り、しかし曖昧なままに吃り気味に、この男性の言葉へ肯定の意を返す。
「え、えと は は——っ!」
返そうとした次の瞬間。驚いた事にこの男、俺に平手を食らわしやがった。突然の出来事過ぎて防ぐ暇も避ける隙も無かったが、俺の揺らぐ脳と視界とは別に、体と足は見事なまでに蹌踉めきに耐えて踏み留まった。
熱く、じんじんとした痛みが左頬に水溜りの如く残って目元に涙も溢れそうになった。
そんな俺を気にせず、この平手を食らわしやがったクソジジィは言う。
「厄介ごとをオラん村に持ち込むんじゃねえ忌み児がっ! アイツらに尾けられてんじゃねえべすなぁっ!」
気迫の篭った怒鳴り声はこの耳には辛い。が、俺もキレた。反射的にこの中年男性の首元に飛びかかって襟首を鷲掴んで体重で強制的に屈ませると、デコをぶつけさせ、鼻先も触れる距離で思いっきりに睨みを利かせて瞳を覗き、こう怒鳴りかえした。互いのツノもぶつかり合ってガツガツ言うし硬さが頭に響く。
「あ゛んすった゛ぁっ ごルらぁっ テ゛メ゛ェっ?! あ゛ぁ゛っ?! オ゛イっ!! いきなり人の顔ぶつたぁエ゛エ゛度胸しとんじゃねえがぁオ゛イっ!! お゛ぉっ?! 野郎ゴラァっ!! お゛めえよ゛ぉっ ふつう、ゆーことゆーてからブツなりなんなりすんのが筋ってもんじゃねぇんがぁっオゥっ?! コ゛ラ゛ァッ?! 」
ついね カッとなってぶっ放してしまったんだよごめんね。
喉は猛りに掠れを孕み、少女の声なのに異常なまでの “どす” を効かせて居る。
まさかこんな対応が返って来るとは思いもよらなかったらしい中年男性は明らかに瞳を泳がせてしどろもどろになってしまった。
「お おま お前なんて口の利き方を」
「テ゛メ゛ェがオ゛レんツラァぶつからじゃあ゛ボケ゛え゛っ!! い゛って゛ぇじゃねえかよ お゛い よ゛ぉ゛っ! なんが気に食わんてぶったんか言うてみいやばっかろおがよおぉっ!」
数瞬の、静寂。それに反して体内は心臓の拍動がとんでもなく強く鳴り、呼吸も荒くなって『フーッ フーッ』と吐かれている。
怒鳴りと激しい憎悪の念混じりの声とその事態に、我に返ったデルカさんが大慌てで駆け寄って来て中年男性から引き剥がし、割って入って俺を庇い、叫ぶ。
「やっさんっ なんて事するんだっ!! こんな子供に平手なんてっ! ノクァ! 君も落ち着いてっ!」
「ルっせえデルカさんどけえっ! コンなろオが一発殴り飛ばしっちゃらあぁヨォおらぁ来いやクソじじイィッ!」
すり抜けて中年男に駆け寄ってやろうともしたが、生憎と身長が高い上に俺よりずっと、遥かに力があるデルカさんに手首を掴まれてしまっては……今のこの小柄な俺なぞ繋がれてなお吠えるチワワみたいなもんだ。
だが俺も俺でガチギレで怒鳴り散らしたので、豹変した様相に遠くの村人らはもちろん目の前で尻餅ついて座り込んでる中年男性でさえも表情を強張らせてしまった。
それもつかの間、村の方から恰幅の良いおばさんがずしずしと歩んで来たと思ったら彼女は、歯ぎしりして詰め寄ろうと踏ん張ってる俺の目の間でかがみ込み、そのふくよかに成りつつ有る、しかし暖かで柔らかい掌で俺の頰に手を添えた。
「流石に一人で逃げ延びて来ただけあって、ちっこい癖して肝が据わってるじゃないか。
この石頭の頑固親父に食いつくたぁ、あんた大物になれるよ」
ふっと冷静にさせられた俺の体からは力が抜け、落ち着いた脳に自分がバカだと感じさせられてしまったので、醜態を詫びる。
「……すんませんした。よく考えたら村の人が怒るのも無理は無いっすよね。だって俺は……外の人間ですし。村に危険物隠し持ち込まれたらそりゃ怒ると思いますよ。おじさんは正しいです」
淡々とそう述べると中年女性もデルカさんも揃って「そんなこと思ってはいない」と言うのだが、俺は最後に、諦めと決意が半分半分に同居する心で、こう言う。
「ホントすんませんでした。俺もう行くんで。放って貰って結構ですんで」
……そもそもからして、世話になると言う魂胆自体そのものが甘ちゃんだったのだ。ここが異世界で、俺があの様に一人で森に居たのなら、それは本来一人で生きなければならないと言われて居る様なものだったのだから。
俺はあの崖の上から望んだ世界を思い出しながら、遠くに行こうと決めた……のだが、
歩き出したらデルカさんが腕を掴んで止める。痛い 大きい 暖かい、手。
「バカ言うんじゃない! この辺はガグズこそ殲滅されてるけど、大きくて凶暴で危ない動物だって居るっ! 君の様な小さい女の子が何も無しに一人で歩き行けるほどこの国だって安全じゃ無いんだっ!」
「とりあえず、事情を聞こうじゃないの。どうするか はその後だね」
結局、俺の淀んだ意思は反故にされて、半強制的に村へと歓迎されたのであった。
ちなみに平手をくれたオヤッさんは、先程のオバさんには敵わないのか怒られ、説教を言われながら連れられて行ってしまった。
……
と言うわけで、村の入り口まで彼と一緒に歩み入った俺は……デルカさんと、その他村人らに出迎えを受けて、こう言われたのである。
「よ、ようこそっ! 俺たちの村『ンビクゥヌ』へ!」
あまりにその直前の出来事が衝撃的過ぎて、喉から漏れた返事は酷く不安の混じったものとなったが。
「あ……は、はいぃ……」
全くもって 先行きが不安だ。
(続き考えるの) クソ面倒いっす