『自らを』振り返る、夜空に
真面目に読む必要は無しの、完全な蛇足の回 ほぼ日記みたいな感じ
主人公の『これまで』
四つの月は瞳では捉えられない微動で歩み、呑気に宇宙をお散歩して居る。
この星に住む人達に眠りや静寂、夢や理想のみならず無の感情すらも与えながら、しかしそんな事を気にもせずに、気ままに毎夜のお散歩を。
「……」
俺は、なぜ悲しんで居るのだろう?
そりゃ最初はとてもびっくりしたし、感動して何かしらの言葉すら出ないぐらいの衝撃も貰ったさ。凄すぎて、傍らに訪れたデルカさんに『すげえ! すげえ!』しか伝えられなかったぐらいなんだから。
でも、見て居るうちに何故か心へ急に訪れたのは『虚無と悲しみ』だったんだ。
こんな幻想的な現実を目の当たりにしながら、急に心に訪れた『虚無と悲しみの感』に……俺は夜空を見上げながら立ち尽くしてしまった。
纏う大布の垂れた部分をケツに敷いて、その場に胡座をかいて座る。
そんな風に座るとデルカさんも同じ様に座り込んだらしく……彼の存在感を右隣に感じながらも俺は、これまでを振り返った。
直近の出来事は全てが記憶に新しく、鮮明だった。
……
——俺は当時、二十六歳。平凡な容姿の、平凡な男だった。
日本国の内海側、海沿いの街で生まれ、人並みにやんちゃで楽しい子供時代を過ごし、平凡に育って中学・高校と其れなりに青春もして普通に卒業し、人並みに就職して、悲喜交々(ひきこもごも)を感じながらも人並みに毎日を過ごして来た。
決して楽ではない仕事の日々は好きな事も嫌になりそうなぐらい辛かったけど……でも趣味である二輪自動車に金を貢いで、それで週末に楽しく走れたから、辛さなんて微々たる一過性のモノでしか無かったんだ。
バイクで景色を楽しみながら風を切って走り回れば、悩みや苦悩なんて吹っ飛ぶものなのさ。乗ってねえ奴には、バイクがどれだけ楽しいかなんて何も分かんねえよ。
……まあそんな感じで俺は結構、ルールやマナーの中でそれなりに楽しく、好きに生きていたさ。あの事故が起こるまでは、な。
では何故“自殺”したのかって?
俺は両方の膝から下の脚を失ったんだよ。
ある週末、趣味のバイクでちょろっと走りに行った帰りで信号待ちしてたら、猛スピードで曲がろうとした“エゴカー”が曲がりきれずに俺に突進して来てな。ぶつけられた俺はバイクに跨ったまま、勢い良くビルに激突しちまったんだ。
いや違うな、バイク共々にビルとエゴカーに挟まれちまった、か。
クソほど痛かったよ。『早く退かせやクソやろおっ!』って怒鳴り散らして、痛みで泣いて吐き戻したり鼻水とか出るわ出るわで、いっそ殺してくれと願ったぐらい。
でもな、エゴカーもとい『エコカー』だから高電圧にも注意しなきゃならなくて、救助もすげぇ時間掛かった訳。その間に俺も痛みと戦いながら徐々に正気を取り戻してな。
ヘルメットを脱いで自分の状況が飲み込めたらさ、救助活動の真っ最中だってのに、あるセリフが思わずして零れちまったんさ。痛みで泣いてぐしゃぐしゃになった顔で、笑いながらさ。
『ふっ、くっ……は、あっはははははっ! 挟まっちまったぁ…… 笑えるじゃねえかっ……! ガキの頃の自転車事故と言い、全くっ、俺らしいなあっ……!』
ガキの頃の自転車事故ってのは、ダチとつるんで走ってたら倒れて来やがって、壁側だった俺がそいつらに挟まれてしまったんだ。
もっと言えばそればっかじゃねえんだけど、何かと『挟まれる』事に縁があったよなぁってそん時に思い返してさ。ついつい笑ってしまったんだよ、笑い事じゃ済まされねぇのになぁ……。
兎も角、一命は取り留めたんだけど膝間接ぐっちゃぐちゃに潰されて切断しか選択肢無くて。俺は好きなバイクに乗れなくなるのが嫌だから何とかしてくれって頼み込んだけど、まあ最終的に切ったよ。膝から下の脚、両方。
もう絶望だよ、自殺未遂だってした。ロクな結果になりゃしねえしで、自分で自分を殺す事も出来ねえ自分が嫌で嫌で、本当にあのエゴカーの糞野郎を呪い殺したくなった。
数週間は廃人状態だったよ。ただ一日をベッドで過ごし、窓から外を見続ける毎日。
バイクが通れば目はそっちに行くし、乗ってる人も、剰え普通に歩いて居る人にすら嫉妬した。自分の足で歩けるのが羨ましくて羨ましくて、それで自分の足を見て、悔しくて泣いて、泣いての繰り返し。
でも……家族は勿論だけど、仲の良かったツーリング仲間だっていっぱい見舞いに来てくれたし、日頃恨みつらみを抱いていた嫌いな上司すら見舞いに来てくれたのは嬉しかったよ。あんな人が真っ先に来たから、ちょっと驚いちまった。
したらその上司はさ、
『何時迄も君の復職を待ってる。今が踏ん張りどきだ。君なら絶対に戻って来れる』
って、ぶっきらぼうだけど言ってくれてさ、縋り付いて大泣きしちゃった。スーツ汚しちまったし申し訳なかったけど、兎に角その言葉が嬉しくて、俺は生きるって決めた。
そしたら車椅子生活の始まりさ。
最初は人手借りなきゃ動けねえ乗り移れねえで情けねえ限りだし、トイレも満足に出来ねえしで、辛かったな、凄い。
軽いんだよな、膝から下が無えと、脚って。
病院だから車椅子でも困る事は無かったし、そもそも俺はバイク乗りだったから車椅子なんて余裕のよっちゃんで乗りこなせる様になったぞ。それでも二週間かかったけどな!
気がかりなのは、俺に突撃して来たエゴカー乗りの糞やろうだよ。なんでかって、一度もそいつの顔見てねえ。一ヶ月経ったのにだぞ? おかしくない?
どうやら警察に拘留されていたみたいでさ、ある日に刑事さんが知らんオバハンを連れて来たと思ったらその人で、そういう事だったとか。
で、問題なのはそのオバさんが言い放った言葉さ。絶句したよ、マジで。
『気の毒だとは思うけど、私が謝る事じゃない。だって私は悪くないでしょ』
第一声だぜこれ、いやほんとに。
『悪いのはあんな車を作った自動車メーカーでしょ! 私はブレーキを踏んだつもりだったの! だから私は悪くないわよ! 謝れって言うのなら自動車メーカに謝れって言ってちょうだい!』
俺はブチ切れて飛びかかろうとしてベッドから落ちたよ。
『てめえこのクソババァッ! 自分の操作ミスを車の所為にして逃げてんじゃ無えよクソッタレぇっ! 謝れやっ!! 俺ぁ脚無くしたんだぞてめえこの野郎っ!!』
あれほど理性無くしてブチ切れで怒鳴ったのなんて後にも先にも、そん時が最後だったな。呆れ顔で出て行くそのオバさんにさ、俺は何度も『謝れやっ!』って、何度も何度も怒鳴り散らしたよ。居なくなっても怒鳴ったけど、直後に悔しさと絶望にまた大泣きさせられたな。刑事さんが宥めて慰めてくれたけど……
そして俺は、その一件で生きる気力を完全に失くして、自殺を決意した。
バイクに乗れねえ人生なんて生きる意味がねぇ って。
それでも俺はせめて、そのクソババァに思い知らせてやろうと遺書に恨みつらみ書き綴ったし、所謂SNSで……刑事さんから得たありったけの情報を乗せた。
凄まじい勢いで拡散して行ったもんだから、俺はほくそ笑んだ。
死ぬのは、怖い。
親父や母ちゃん、爺ちゃん婆ちゃん、それに妹や……復職を待ってくれて居る、生きる勇気を与えてくれた上司、ツーリングの仲間達には、恐ろしく凄まじいまでの申し訳無い想いを抱かざるを得ないが、それでも俺は死なねばならん。死んで、思い知らせてやらねばならんのだ。
『生き地獄で苦しんで償えクソ野郎』
深夜、部屋を真っ暗にした俺はやかましく通知音を鳴らすスマホを他所に、そう思いながら……カッターで切ったテレビの電源コードの端っこを結んで輪っかを作り、それをドアノブに掛けて、其処に頭を通したんだ。
死ね、俺
力を抜き、体重に任せるとコードは首に食い込んで息苦しさを生んだ。
息が出来ない。止まる血流に頭が熱くなり、視界は見る間にぐるぐると動き回り始めて暗くなってゆく。
本能でもがこうとする腕を自らにかけ続ける『死ね』の一言で抑えつけ、そして
——俺は、死んだのだ
二十六年の短くも長い人生に、俺は自らでケリを付けてやったんだ。
たった一人の人間を強く恨んで呪いながら、自分の命を代償と言わんばかりに殺して。
俺は 死んだのだ