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亜人世界への生  作者: F**kin“nallow”novel'Guy
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水流に出会い、名付け陽光の元へ


 う〜ん、冷たい。流石にピリピリ刺す様な冷たさでは無いが、常温に温まってる体の内に蠢く心臓には(いささ)か良く無いぐらいには冷たい。

 ましてや此方(こちら)は全身素っ裸だ。水風呂に叩き落とされたと例えても過言では無く、肌が(じか)に浸れば叫びたくもなるものだ。

 余りに不意に水中へ落っこちたので俺は半ばパニックに陥り、水中で思いっきり息を吸い込もうとして、だが喉が咄嗟に気口を閉じたお陰で口腔に吸い込み流れ入った冷水らはそのまま胃へと流れこんだ。要するに思いっきり飲み込んでしまった訳だ。

 食道も胃も冷水の冷たさを感じるがそれは一過性。

 俺は浅い川で混乱にジタバタ、バッシャンバッシャン水飛沫を立て捲って何とか顔を大気へと戻す事が出来た。

「——っぶへぇっはぁっ! だーっ! 冷テェーーーッ!」

 水中の息苦しさに半ば声を裏返らせて叫んで、同時に大慌てで川から這い上がる。

 これは良く無い。体に羽織っている暖かい大布もジワリと水を吸い込んでしまったし、これでは体も冷えてしまうだろう。

 襲いくる冷えに盛大なクシャミをすると、体は更に駆けずり上がる寒気にぶるぶるっと大きく震えた。傍から見たらコミカル極まりないぐらいに。

「でいぃーーーっくしぇいぇあぁ! すっとこどっこーい! ハァー! さみぃー!」

 俺はそれでも特性的にある程度は水を弾いて居たらしい毛布に包まり座り込んで、直ぐ様に『暖を取らねばならない』と言う思考に至った。

 だがこの身は“すっぱ”だで? (かつ)て当たり前の様に持ち歩いて居たスマホやらタバコやらライターも、今は全く持ち合わせて居ない。人類の作り出した偉大な文明の利器ぐらい持たせて欲しかったぜチクショウめぇええぇっ!

 全く現実ってなぁ、こう“クソ小説”みてぇに上手くは行かんもんよなぁ。

 女神とやらにも俺は会ってねぇし、自分の都合の良い様に話も付けれてねぇし、挙句にゃあ素っ裸の幼女と来やがってん。……ツノ付きケモミミの人外寄り幼女だけどな……。

 兎も角そんな現実逃避ばっかのクソなんざ今はどうでも良いんだ。

 今はこの冷え始めてる身体を何とかせにゃあ、風邪なり病気なりにかかっちまう。

「火だ 火だよ火ぃ! 何とか点けて暖取らねえと……! おぅっ? へ 」

 言い終えたら鼻の奥にもぞっときて変な表情になったが、火種の元となる木っ葉やら木っ端を探し求めて見回した俺の優れた瞳は、一点に吸い寄せられて止まった。

 オォウ……幸運すぎやしな——

「でぃべっくしょーーいぃっっ!!! であぁ〜」

 このタイミングで出るなやクシャミさんヨォ。思いっきり見られてんじゃねぇかよおいよお! 恥ずかしぃダルルォオぉンッ?!

 思いっきりの良いクシャミに邪魔されたが、止まった視線の先には何が居たかって言うとだ……人だ。いや“人”では無いか。だってその“人”は俺と同じ様に……形は少し複雑だが『立派なツノが側頭部から生えてる』し、もう少し立派にふさっとしている『獣耳が頭に一対生えている』のだから、『純然たる人間』ではないな。

 兎も角!

 “俺のこの体と同じ種族の(かた)”が驚きの表情で俺の方を見て居たんだよおおおおっ!! 川に落ちる瞬間、視界の隅っこに誰かが居た気がしたのはつまり気の所為では無かったのかぁああアァッ! 一部始終を見られて居たなんて恥ずかしいぞオイいぃいぃっ!

 恥に顔が熱くなったのを自覚した俺は、もう恥ずかしくて堪らなくなって、その(かた)が向けてくる“こそばゆぅ〜い視線”から逃げる様にそっぽを向くしか出来なかった。

 助けて欲しいけど、それ以上に恥ずかしさと混乱が勝って一心不乱に脳内で『はよどっか行け!』と怒り呟き続けた。濡れたオレンジ色の髪から滴り落ちる水礫が、肌に痛い。

 しかし聞こえて来るのは足音で、しかも近づいて来る。

(やべぇよやべぇよ……俺なんて答えたら良いんだ? どう言い訳すれば良いんだ?)

 寒さと恐怖と緊張が混ぜ混ぜされたか、身体は小刻みに小さく震え出し、妙な汗が全身を伝い落ちるのを肌が感じた。実際伝い落ちて居るのは只の川の水なんだが。

「お、おま、お前大丈夫だったか?」

 それ見ろ、引き気味な声じゃねえかチクショオォッ! 

 しょうがない、と言うよりほぼ反射的に俺はその(かた)へと振り返る、勢いよく。

「はいぃっ! 俺は大丈夫ですっ! 大丈夫ですんで大丈夫ですっ!」

 何が大丈夫なんだか俺は自身でも良く分かって居ないが、とにかく大丈夫なもんは大丈夫なんだから『大丈夫』と答えるしかなかった。それだけ反射的な回答という訳だ。我ながら馬鹿そのものだと思うね。

 そんな俺の返答を聞き入れた……恐らくの『彼』は、俺の発言に何を思ったか定かでは無いが、更に問いかけて来る。尤もな、問いを。

「お おお、大丈夫か、そうか……一つ、質問を良いか」

「へぇっ?」

「お前、こんな森で何やってんだ……?」

 何をやってるかって……? 『何をやってる』と聞かれた俺は、数秒の間で自身で今何をやってるのかを振り返るが、『彼』の問い掛けの本質を読み取って素直に答えた。

「分かりませんっ! 気付いたらこの森にいました!」

 しょうがないだろ、分からんモノは分からん!

 だが『今の目的からの何をしているか』には答えられるので、続けて答えてゆくしか無い。嘘はややこしくなるだろうから、言わない。

「何で森に居るのかが分からないので、取り敢えず川を目指したら見つけたので、その先にあるであろう村か街へ行く所です!」

 だが俺は気づいて居ない、自身の脳内が軽い混乱に雪原と化している事に。

 それでも怪しまれない様に、(ども)る事なく元気に、しかし半ばホワイトアウトしかけている頭で咄嗟にそう言い放ってあげたら『彼』は膝を折って身を屈め、目線を合わせて来たでは無いか。大人だぁ……。

「辛い事もあったろう、こんな所に一人で……だがもう俺が来たからには大丈夫だぞ。お前は俺達の仲間だからな、俺が守ってやる! 大丈夫だぞ……!」

 彼の瞳は、紫色の虹彩に縦長の瞳孔……まるで猫の様な瞳で、その色が綺麗で。

 それにしても何か勘違いされている気がしないでも無いが、不思議と言葉は通じるし俺も理解出来るし、こんな頼り甲斐のある“人”が守ってくれるならそれに甘えよう。

 正直一人だと不安だったし、なにより“俺”の他にもちゃんと“人”が居る事が分かったもんだから、心の奥深くに居た孤独感が一気に薄れて消えたんだ。

 だから、彼を歓迎したい。

「は はい、あの よろしくお願いします……」

 そんな訳で、俺は……偶然に出会った“この人”と行動を共にする事になった。

 それに当たっては名前を知って貰わねばならないが……よく考えたら、俺、この身体の名前を知らないし、決めてなかった……。

「それなら! だ。俺の名前はィン’デルカ.ジジだ。よろしくな」

 爽やかだけども(しゃが)れている声は渋みがあり、中々かっこいい声だった——が、ちょっと待った。何? なんて? 発音がちょっと変わってるし、何処が名で何処が苗字?

 分からない事をそのまま分からないままにしておくのは不味いので、聞き取れたものの理解出来なかった事に悔やみ彼に申し訳なく思いながら、もう一度名前を聞いて『何処が名で、何処が氏か』を聞いてみたら……少し驚いた表情になったが『彼』は面倒臭がる事なく再度、名乗ってくれた上に『名前の構成』を教えてくれた。面白い形態であった。

 彼曰く……最初の『ィン』は一族の始祖の名前で、その次の『デルカ』が個人の名前、そして最後の『ジジ』の部分は“家名”との事だ。

 名付け体制の意味として『一族の始祖の名の下に、その者が、その家に生まれた』を表す様になっている……彼は分かりやすい様に説明をしてくれた。

『面白い、変わってる』

 俺は単純に、彼らの文化を名前から感じ取ってそう思った。日本の名付け方に倣って並べ替えをしてみるならば、彼の名前は『ジジ デルカ ィン』だろうか? もしくは始祖の名をミドルネーム風にするのもありだろう。

 そんな興味からの心の高揚感も、今度は困惑に消し飛ばされたが。

「君は、名前は?」

——さあて、なんて答える?

 なんて思ったり考えたりする余地・余裕なんてのは、俺の貧弱な頭は持ち合わせて居なかった。

「え! あ! お 俺、俺は——」

 急な振りだったものだから、ドチャクソ素直馬鹿正直に本名を答えてしまった。

 幸いだったのは……彼『デルカ』さんには奇妙な捉え方をされてしまった事か? 果たしてそれは幸いと言うのか?

「ヅイ……? ヤクァ? んん〜、聞いた事ない名前だ……」

「も、申し訳ないです……」

 何が申し訳ないんだか全く分からないが、俺はついつい謝ってしまう。ああ、こんな、死んだ先に待って居た世界でも俺は謝ってしまうのか……笑えるね、全く。

 そんなだから、俺は彼が困惑し悩んだ事に不思議な申し訳なさを覚えてその後にこう言ってしまう。

「いや、あの、実は名前……よく覚えて無いんす……さっきのも“うろ覚え”で……」

 よく考えたら俺は一度死んでいるのだ。そして転生しているのだ……『子供の女の子』として。それがどれだけ異常な事態であるかなど考えも付く筈が無く、当たり前の様に思い込んで『何方が正しいのか?』と再び混乱する。

 名が有る存在か、名が無い存在か。

 ごちゃごちゃ余計な事ばかり思い悩むのに頭は一杯で、声も出せずに俯いて居たら、これまたデルカさんは優しい声色でこう提案して来てくれた。

「……辛い事に一杯“遭った”んだな……よし! ならば俺が君の名付け親になるのはどうだいっ?」

 川沿いに一陣吹き抜けた風に森の木々達は(はしゃ)ぎ声を囁く。静かながら発言に騒々しくなった自然の中で、二つの太陽は其々に異なる明るみの光を降り注がせて“俺と彼”を照らし出して居た。

 この人の優しい笑顔は、今の俺の心を落ち着かせてくれる。今まで見て来た人間のどの表情より、とても純粋で、とても優しくて。

「い、嫌だよなっ! はははっ! すまんすま——」

「良いです! 良いです! 是非お願いします! 俺は  俺はっ! 新しい名前が欲しいですっ! 今までは今までで、これからは……これからだからっ!」


 何故か。俺は、何故か。

 何故か、彼からの名前が欲しかった。

 それは俺の本心では無い筈だが、それでも俺は必死なぐらいに彼からの名前が欲しかったのだ。不思議極まる精神は、きっと『此の娘の心』だったのかもしれない。

 それでも……たとへそうだとしても『俺の心』も又、彼からの名を欲しがって居たのを……不思議極まる己の精神だと自覚できてしまって居た。

 自身で自身を不思議と思い、その不思議さを自覚するなんて……錯覚かもしれないし、脳が後先考えずに出した咄嗟の判断かもしれないし、若しくはただ単に——出されたとびっきりに都合の良い提案へ飛びついた怠慢な心なのかもしれない。

 どれかなんて、俺には分からない。分からないぐらいに、俺は『俺を分からない』。

 

 女の子の必死な声が、風と風にざわめいた森を黙らせた。

 女の子の声っても、俺だけど。


「——ノクァ’ヅィマ 『森と意識を繋ぐ』と言う意味だ。たった今、俺が勝手に作り組んだ。君は先祖にも、家名にも、縛られない、縛られていない。自由な森と、君は意識を繋いでいる……どうだろう?」


 嗄れも出ないくらいに優しい声で告げられた名前と、その名が持つ意味。

 それを俺自身が飲み込んで理解し得た瞬間、俺の喉は感嘆の声しか出せなかった。

「お おおぉ……!」

 なんと面白く、なんと素晴らしい名前だろうか……。

 燦々たる二の異なる陽光に、まるで世界と未来が明るくなる気がした。


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