これから
お昼ご飯どき、俺はデルカさんが作ってくれた料理をそれぞれきちんと食して行く。
正直、なんとなく見たことある様な料理や、見たことのない料理もあるが、どれも実に美味しかった。まあそれは昨晩の時の料理もそうだが。
あと、主食はなんと 米 である。面白いのは形が俺の知るコメよりもっと丸く、色も薄ーい褐色で、味が少し特徴的であることだろう。曰くこの薄い褐色状態の方が米に含まれる栄養価の類がはるかに高く、俺を含めた種族『ペルヂェグ』の身体にとってはこちらの方が何かと適して居るようで、これはどこの大陸に行っても変わらないんだとか。
「俺の料理、味付けとかどう? 口に合うかな?」
箸を止めて、ふと心配げにその様なことを聞いてきたデルカさん。俺は美味しいの一言でも言うべきだったなと反省しながら、言う。
「えっ? あっ 料理とかご飯の味は大丈夫ですよ 美味しいです! それに俺はそもそもそんなに味について煩い野郎じゃないんで! 口に入れて吐き出す様な味じゃなければ基本、俺は人の作ってくれた飯に対してどうこう言いませんし黙って食うんで! だってそんな文句なんか言ったら、ご飯作ってくれた人に失礼すぎる」
事実、彼の手料理は個人的には美味しいと思っている。今朝 キィミさんに振舞ってもらったお料理の数々と比べたって、俺にとっては十分である。
だから黙々と、もぐもぐと、食べ進めるのだ。
……
「俺この皿 片しますね。……? 今玄関の方からなんか音聞こえませんでした?」 「あ、おねがいー。適当に届く高さの段の所で良いよ! 音……いや、俺は聞こえなかったけど、箒でも倒れたんでしょ たぶん」 「あっ そっかぁ……気のせいかな、まあ良いや! 皿 片したらテーブル拭きますねぇ」 「あいよろしくー」
食後、俺はこんな身体でも出来る手伝いはして、それらが終わって訪れたお昼の休憩時間。先程まで食事をとって居たテーブルに落ち着いた俺達は、例の暖かい黒い飲み物を飲みながら、ただ静かに その心地よい静けさを堪能。
少ししたあと、俺はあの丘の頂、大樹の下で景色を見ながら考えた末の『これから』のことを伝えた。
「あー デルカさん。その、旅についてなんですが」 「おっ?! はやいね、どうする?!」 「あのですね——」
伝えるべき内容は大凡、この様な旨である。
暫くは、この村での静かな暮らしを堪能してみたい。
人間……もとい ビツゥ自体に慣れる事や、この身体での暮らしへの慣れ、その中で出来る事 出来ない事の判断。体調のリズムを知ること。
何より、デルカさん宅にある書籍から知られる知識を得られる限りに得て、それから、これらを踏まえた上でいずれ『クムォヌボーダ大陸』を目指して村を発つこと……。
それらをしっかり、俺は伝えた。
つまりは、いずれ旅をする気はある と言うことだ。
「……わかった。これはノクァが、ノクァ自身のこれからの全てが決まる判断だし、俺は否定しない! 支持するよ! 一応、事情も知ってるしねぇ」
「……! ありがとうございます!」
「話は聞かせてもらったわっ!」
「ぅわあっ?!」 「ぁぅえぇっ?! 」
突如として玄関の扉が それも結構な勢いで開いて、何者かがその若く綺麗な声を張り上げた。あまりの出来事に俺もデルカさんもびっくりして跳ね上がり、俺に限っては椅子から転げ落ちてしまった。いてぇ。
「っててて……ヘェ〜ぁびっくらこいたぁ! えっ、なんすか突然っ?!」
「あっ……その、ごめん、急だったね。デール元気ぃ〜?」 「なぁんだ、ククか……どこから聞いてたのさ……」 「……えーと、お片づけ?」 「随分とまぁ長いこと張り込んでたね……で、なに?」
『クク』 今のところ 聞いた事がない名前だがこのピンク色の髪の女性は見覚えがある。俺が村に訪れた時、村の入り口の所で他の皆と一緒に聞き耳を立てて居た方だ。
……多分。
ククと呼ばれた女性は、デルカさんに何用か聞かれた直後、数瞬 固まるがすぐにパァッと、綺麗に咲いた花の様な笑顔を浮かべて『何用か』を楽しげに語った。
「えっ その …… そのねっ! その子に 服っ どうかなって! 私のお下がりで良ければと思って何着と持って来たのっ! あの台地のずっと向こうからやっとの思いで逃げて来たんでしょっ? なんか荷物がある様には見えなかったし、どうかなーって!」
鳥の歌い声の様に抑揚麗しく滑らかに、楽しげに話す彼女は身振り手振りも豊かでみて居て飽きない。
と言うより、結局のところ誰なんだろうと思った俺は、まずは自分から自己紹介を始めた。人に名を問うならば、まずは名乗らねばならない。
「ああっ、そのぉ 服はありがたいんですが、まずですね、ちょっと名乗らせて貰って良いですか。 ん゛っ ん゛ん゛っ! えーと、ノクァ’ヅィマと申します。多くは語れないですが、デルカさんに助けて頂いた事は本当に感謝して居ます。……暫く お世話になりますが、どうぞ宜しくお願いします」
転げ落ちたのを機会として改めて立ち上がると、背の高い彼女を見上げて目を見ながら話し、最後に頭を下げる。『お腹痛いよ〜』な立ち方や手の位置では無く、手は両腿の横に添え置き、自然体に立ち、頭を下げた時は腿横に置いていた手を軽く前側に添えずらす形で。
大事なのは、自然体で相手を敬う心を持って礼をする事だ。
俺がその様に名乗ると、彼女もまた同じ様に、だけど少しばかり崩した感じで名乗ってくれた。
「おぉー、ノクァちゃん、これまたどうもご丁寧に〜。申し遅れましたぁ、私、ィン’ゥルクク.ルォーリです。母が宿屋を営んでて、私は偶にお手伝いするけど、基本は農作物の栽培やビツゥの飼育等をやってまーす。分からない事があったら気軽に聞いてね! 応えられる範囲内で頑張って応えるから! よろしくねっ!」
すらっと若く 真新しい桃花色の真っ直ぐな髪は胴の半分程度の長さ……お辞儀をしてサラサラと背から流れ滴る。ツノは手と同程度の長さで額の高さまで緩やかに弧を描いて居る。
一言 言うならば、器量も含めてとても綺麗な人だなぁ と俺は若い男の心を動かされた。いや、だって美人だよこの人。
が、ちょっと待ってくれ。 んん? ルォーリの姓で母が宿屋……キィミさんのことかと思ってそう聞くと、肯定の返事……で、あの人は確か、少女のベーレジェが孫と言って居た。 ってことはだよ。この人って……
「あ のー……もしかして、ベーレジェちゃんの お母様でいらっしゃいますか?」
「うん? そうだけど……はっ! もしかしてあの子が何かしでかしちゃったりした?! 迷惑かけてたら本当にごめんなさいっ!」
うあ やっぱりだ。俺はちょっと気落ちした。そりゃ、俺の心は二十六歳の男だからさっ! 綺麗な人とお近づきになりたいのは男ならそう思うだろうよ!
「あ ははっ いや迷惑な事なんて全く無いですよ! 仲良くさせて貰ってますし、ベーレジェちゃんはとても良い子だと思います ほんとに」
思い返せば、面影がある様な気はした。なんとなく。それに、あの薄いピンク色の髪は確かにそうだわ……。
だがこの方が奥さんと言う立場であるなら、気になるのは旦那が誰か? である。
「……もしかしてデルカさん、旦那さんだったりします?」
「……古傷は抉らないで欲しいデスネ……」 「デールったら恥ずかしがらなくても良いのに」 「違うしっ! いや、ノクァ! 違うからね! 俺じゃないよっ! 俺の弟ね!」 「ひと夏の青い過ち……」 「ククったら! 誤解を与えるような発言はやめてくれぇ!」 「ふふふ……セッ!」 「やめないか!」
とにかく、デルカさんが旦那ではないらしい。いや『らしい』ではなく『デルカさんではない』と断定した。そっかー弟さんが旦那さんかー、そっかー。
ちょっとだけ、俺は揶揄い気味に何があったか聞いてみたら……。
「幼馴染だからねっ! こんなのを好きになる筈がなーい! ……んだけどね、双子のお姉さんとね、間違えて想いを告げてしまったんだ……」
「そう。で、お姉ちゃんは怒って村を出て、別の人と結婚しちゃったの!」
「しかも俺は片想いだったし……!」 「えー? それは違うけどね」
「あーーーっ! のっ! どっ ともかくですねっ! そうではあっても 多分聞いていたなら話は早いかと! 何れは俺っ! クムォヌボーダ大陸に向けて旅する気はあるんでっ!」
なんかややこしくなりそうだったんで俺は大声で話題を逸らして別の話題をふっかけてみたのだが、暫く、デルカさんの気分が戻ることはなかった。
申し訳ない そうは思えど しかたなく。
……
ククさんが加わって三人で楽しく話をする事 数十分。
玄関扉が控えめに叩かれた。
「はーい、どうぞー」 デルカさんがそう声を発すれば、開いた扉の後で聞こえて来たのは、なんとも可愛らしい少女の声だった。
「あ、あの おじゃましまぁす。ノクァちゃんいますかーぁ?」
少女 ベーレジェであった。彼女はひょこっと扉から薄い桃色の髪を垂れさせに顔を見せると不安そうだった表情へ一気に花を咲かせ、母のククさんに駆け寄った。
「あっ! おかぁさーーんっ! 」
すると、先程までは幼馴染としての無邪気で明るい振る舞いをしていたククさんは変わって穏やかで落ち着きある雰囲気を発して、声色までも優しさと慈しみが溢れ出した。
「こぉーらベーレジェ、走らないの、危ないでしょ」 「デルにいのおうちはあぶなくないもーん!」
あぁ、となるとデルカさんはベーレジェにとっては叔父さんになるのか。
「デルカ “おじさん” ? 若くして叔父になる気分は如何でございますっかぁ? ぁはははっ!」
「あーっ! 言ったねノクァ! ……ふふっ、ま、悪い気分じゃないよ。 幼馴染がこうして、愛娘と戯れて居るのを見て居ると、和むからねぇ。弟も早く村に定住すりゃ良いのに……」
俺は完全に揶揄ったつもりで聞いたのだが、思いのほか、そう語る彼の表情は穏やかであり、きゃっきゃと賑やかに戯れる母娘二人を見守る眼差しもとても慈愛に満ちて居た。
そりゃそうか、肉親の一人だもんなぁ……。
「デール、君は良いお相手見つからないの? それとも、生涯独身伝説でも築くのかなぁ? それはそれで面白いけど〜」
「はいはーいっ! わたしっ! わたし、デルにいのお嫁さんになるのっ!」
「はははっ! ありがとうベーレジェ。でもその頃には俺はもう本当のオジサンになっちゃうからちょっと無理かなっ!」
「くっくくくくっ……! デルカさんデルカさん、愛は年齢を凌駕する ですよっ!」
「ノクァまでそんなこと言わないでくれよぉ〜全くぅ〜」
……
優しく暖かな時間は、あっという間に過ぎていった。
俺も午後はベーレジェに連れられてガゥルと合流し、その二人から村近辺の名所と言うか、なかなか素敵な場所を色々と教えてもらったのであった。
その最中、俺も時折に考えて居た。
『俺もいつかは、誰かと何処かで落ち着けたら良いなぁ』 ……なんて、ね。
勿論、そんな『いつか』はずっと先のことだ。
先ずは、旅に向けて俺は この世界を生きるに慣れなければならない。
それが目下の、俺の生きる上での指標だ。
作者は面白いと思ったシリーズ
(誰が読むん、こんなん……)