ヒト
人間は食料
さて。
一悶着はあったが、改めて俺はデルカさんの村に迎えられた。
驚きなのは、殆どの人らが『俺と言う得体の知れない存在』を快く迎え入れてくれた事だろう。あのオヤっさんを除いて。
それは恐らく、この姿のお陰だ。それは間違いない。
「ねーねーっ! 君なんて言うのーっ?」
「っえ あっ あ、俺? 俺 ノクァってんだ。よろしくな!」
俺と同じぐらいの背丈の少年は仲良くなりたいのか、大人たちに迎えられた俺に一番先に食いついて質問の束を叩きつけてくる。
名前、どこから来たのか、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きなものごと 嫌いなものごとなど、答えれば答えるほどに次から次へとよくまあ色々と聞かれたものだった。
「へー、お前女なんだろ〜? なんで男子みてーに『オレ』なんて言ってんだよ! 変なのー! おもしれーから別にいーけどさーっ!」
「ガゥルっ! 来たばっかりなのにそんなに色々聞いたりしちゃ悪いよぉ……ごめんね、の の——」
「ノクァ、ね。ノクァ’ヅィマ。ノクでもジーでも良いからさ」
「ノクァ! ノクァ ちゃん! よろしくね! わたし、ィン’ベーレジェ.ルォーリ!」
子供達というのは面白いもので、言葉や親意をとても真っ直ぐに、それも矢継ぎ早にぶつけてくれる。話していて疲れはするが、けれども逆に面白くもあるのだ、真っ正直だから。
とかく、今しがたこの女の子『ベーレジェ』が少年を『ガゥル』って呼んだので、そう言えばと思って俺は彼に名を問う。
「ヘヘッ忘れてた! 俺ん名前はィン’ガゥル.トトヴォ! ガゥルでいいぜ、ノクァ!」
「へー……ん? あー デルカさぁん! もしかして……」
俺はある事に気づいた。
記憶と知識が間違いでなければ、そうのはずだ。
デルカさんを呼び、気づいた点を問い質そうとしたら、察した彼はその骨太で爽やかな顔に陽に咲く花と思える笑みを浮かべ、教えてくれた。
「お、ノクァ 良く気づけたね! そう、村の全員が同じ始祖を持つんだよ。長い年月をかけて家系と血はとっても遠くなったけど、それでもこの村は一人の祖人から始まって居るんだ。だから、みぃ〜んなっ 『ィン』の祖名なんだ!」
へ〜 と、俺は興味深い心を納得させる相槌をこぼした。という事であればさっきのオヤジさんも、彼を説教して居たおばさんも同じ始祖の名を持つのだろう。
そしてそれを聞いてみれば、またも彼から肯定の返事。
「というか、この村で生まれ育った人らはみんな始祖名が『ィン』だし、公表記でも村名は『ィン’パルーチャ』という名前だよ。あ、『パルーチャ』は三十人以下の小規模な村に対して付く『規模の区別用語』ね」
「さすがデルにい! 頭良いー!」
彼が嬉しそうに話すと、『ベーレジェ』と名乗った女の子は憧れと尊敬の眼差しで、くりっとした濃緑色の瞳を宝石のように煌めかせながらそう言った。
すると少女と同世代だろう少年『ガゥル』は、面白くなさそうに腕組みをして、耳を片方だけ伏せ気味にして呟くのだ 「俺だってそんぐれー知ってるしぃ……」
俺は推察した。 つまりだ このガゥルなる少年は幼馴染みの少女ベーレジェに恋心を寄せて居るのでは無いか と。
これは一人の男としては応援しなくてはならない!
「えーと、ガゥル 君だっけ? そしたら村の案内、頼んでいいか?」
聞いたら、恐らくデルカさんも少年の思いには気づいて居るのだろう。俺のアイコンタクトにニヤリと笑んだ彼は、ガゥルに大役を任せたのである。
「……! ふふっ ガゥル! この子に村の案内、任せていいかな?」
「 ! まっかせろいっ! 行くぞーっ!」
元気な少年のガゥルを先導に、俺、デルカさん、少女ベーレジェの四人で、村を歩む。
小さな宿屋、雑貨屋、金具屋と、主要なお店というお店はこれしか無く、あとは皆 畑作農家や畜産農家とか、なんかそういう事で自給生活をして居るらしい。作って居るものを見せてもらったが、村自体が川沿いにあると言う事もあってかやはり田んぼは存在した。
主流は、所謂『米』と『麦』のようだ。若干 ものは違うがそもそも俺が良く知らんから米と麦という分別しかわからんのだよ! とはいえパンが出て来た時点でなんと無く察しはついて居たけどな。
まず最初に 畑などで作っている野菜とかを少し見させて貰った。何処か見覚えのあるものが多かったのも不思議なもんだが、とは言え全く異なる物や見た事の無い物も、幾つも有った。
そうして各野菜などの名前やらを教えて貰っている時、俺の耳は聞き慣れぬ障り音を捉えた。なにか、喧しい鳥でも泣き喚いているかの様な、だが、とても心がざわつく『音』
だから其れについて、俺はガゥルに聞いてみたんだ。 「なぁ、さっきも少し気になったんだけど、今聞こえて来ている この……声? 何の鳴き声だ?」
すると少年は、あの言葉を言うのだ。 「 ? …… あぁ、ビツゥの鳴き声だよ、これ。牧場のほうじゃね?」
少女のベーレジェも言う。「ビツゥ、仲間が居なくなるとこう言う風に鳴くんだよー」
更にはデルカさんが言うのだ。 「今日は二匹 〆てもらってるんだ。ノクァが来たからね! 歓迎に と!」
……〆る? つまり 『殺す』 って事?
其の言葉を理解した瞬間に俺の全身はゾワゾワとした嫌な感覚に包まれて悪寒がケツから頭のてっぺんまで駆けずり上り、鳥肌を立たせる。
「なぁんか嫌だなぁ、この鳴き声…… 耳にクるわ」
俺の其の意見については少年少女の二人とも 「余り聞きたくはない声なのは確か」 と同意をしてくれた……苦笑いを浮かべて。
だがデルカさんは、違った。
「こら、ガゥルにベーレジェ、二人も何れは捌ける様にならなくちゃいけないんだからなー? ま、慣れるもんだよ」
揶揄いと 朗らかな笑顔。
他の野菜や果物類を教えてもらって暫く 『鳴き声』 は止む。
俺は、意を決して、デルカさんに聞いた。
「……あの、折角なんでその例のビツゥってやつ、見せて貰っても?」
即答の笑顔が、帰ってくる。 「勿論っ 良いよっ! じゃあ行こっか! 二人は来る?」 二人——ガゥルとベーレジェへの問いかけだったが、二人は控えめに断って、そそくさと川へ遊びに行ってくると言って走り去って行ってしまった。
俺は連れられて、大きな彼について行く。
デルカさんは嬉しいのか、足取りも軽い。
その逆に、俺の気分と足は段々と重くなる。
聞こえてくるのだ、ナマモノの音、何かを圧し折る音。
臭うのだ、生臭い匂い、濃い 血の匂いが。
「おじさぁん! お肉貰いに来ました!」
「んお! デール! 良いとこに来たなぁ! 丁度、脚と腕 落とした所だ。胴はモツ抜いてバラしてから後で持ってくからよ! 先に落としたところ持って行きな!」
「なっ ゔぇっ……うっ え゛っ……」
俺は、目の当たりにした惨状に込み上げた恐怖と嫌悪などから来る吐き気に、耐え切れず駆け足に離れて、蹲りに、吐き戻してしまった。
「ゔぉ゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛っ……ぐぇぼぉえ゛え゛っ げっほげほっ ゔぅ……マジかチクショウ……そんなぁ……んな 馬鹿なっ……ゔっ え゛ぇ゛っ」
消化されかけたのか、吐き出されるのはほぼ胃液だけだ。
解体されていたのは、俺がよく知る『人間』だった。
つまり彼らの言う『ビツゥ』とは、嘗ては俺自身であり、同族であり、地球上に五十数億人と居て、文明と技術力を以って栄えて居た筈の 『人間』 だったんだ。
そんな『人間』が、無惨に……
「ゔっ え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛っ……! 嘘だろっ……こんな、こんなことってっ……! ぅえ゛っほぉ゛ げほぉ゛っ じゃあ あの時の、あの肉って……!」
ビツゥのもも肉って、要は人間の足のもも肉って事かよクソがああぁっ!!!!
「ノクァ? ちょっ 大丈夫かいっ? 」
心配そうに声をかけてくれたデルカさんの手には、殺された『人間』の両手と両足を一括りに結び吊るす麻縄。
「ぅあっ ぁ 」
見上げた彼の表情がひどく恐ろしく映ってしまったが、吊り下げられている両の手足という異常な光景を最後に 俺の意識は 知らず 闇に飲まれてしまった。
いやーごめんごめん
Pixiv小説の方にあげてる別作の修正とか続きとか書いてたらこっちすっかり忘れてた