世界の世界、異なり夢な
「!」
目覚める
此処…… 俺は……
なんで目覚める? 俺は…… 俺は、そうか、自殺したんだっけか。事故に巻き込まれて足が無くなって、趣味だったバイクに乗れなくなったから。
で? 自殺して死んだ筈なのに“目が覚める”ってなんだよ、宗教か? 『此処は死後の世界です』ってか?
んで死後は森から目覚めるってか おい、よお。
でも死んだにしても此処は何処だよ。
俺はやたらスッキリと覚めた頭でそう『ごちゃっ』と考えを通過させた後に、やたら軽くなった身を起こして辺りを見回してみる。
すると……今居る場所が森で有る事を理解した。
何処まで群がって居るのか分からないご立派な木々達はその広げた腕一杯に実らせて居る鮮緑の葉ッパで空を覆い隠し、噎せてしまいそうな新鮮な空気の香りを漂わせて居る。
だがそんな緑一杯な葉っぱ達の隙間からキラキラと光をチラつかせて居る事から、少なくとも“空は有る”だろうし“太陽も有る”んだろうと推測した。
夢か? いや、夢ってのは『生きているから見れる』んだぜ。死んだら見れる訳がねぇんだから、俺が夢を見ているとは考えらんねぇ。それに……
兎角はつまり『俺』は記憶と自我を保持したままに、また地球に生まれたのか。
おいおい、ドンだけの奇跡とクソ展開だ……あー、あれか。つまりは、所謂クソみてぇな御都合展開盛り沢山のナントカ小説に出てくるクソ主人公とかみてぇに、転生したんかな? 俺もクソの仲間入りかよ、クソッタレだな。
しかし地球とは限らねえか。例のクソ準拠だと『頭がクソッタレ弱い原住民』ばかりの“異世界”に、あいつらはやたら飛ばされまくってるしな。
だから此処も“異世界”なんだろう。
兎も角、俺は死んだ筈が生きて居る。
あんな“死ぬほど”苦しい思いして“死んだ”のに、なぜ生きて居る。
眼鏡無しに何処までも遠くまで見渡せそうに優れた瞳でぼけっと森の世界を見ながら、だが体の感覚に少しだけ喜んだ。
足が、有る。見れば子供みたいに細い脚だが。
いやいや、イヤに涼しいと思ったら全裸とはね、恐れ入った まて
何じゃい この 貧相な子供の体は?
「あー……あ ぁあ゛あぁっ!? 何じゃこの声ぇっ! 女の子みてえな声じゃねえかよどうなっ おいぃ、玉とバットが無えじゃねえかよ! はぁあああぁぁ〜っ? どう 」
おちけ 落ち着け、落ち着け。
数えろ 六つ数えろ。
……
数回の深呼吸と、六の数え。
落ちけついた、じゃなくてな、落ち着いたか。
よし、確認だ。触りからの自分の姿を声に出して言え『俺』
「はい 俺は 生まれ変わった? 女の子になった、俺のタマタマとバットがねェよチクショウ……。で、幾つぐらいだ? 十つくらいか。髪は長いな、腰ほどだ。けど好みのストレートの良い髪だ。驚くが驚くな、髪色はなんと薄いオレンジ色だ、ミカンより薄いな。で……足は、ある じゃあ立て」
確認の為に喉から震え出る声は、ピーピー喧しい程に甲高くは無い。普通に喋って居る分にはむしろ低めだな。間違いなく、女の子の声だが。
俺は自らに言い聞かせる様に己に命令し、立った。自分の足で立ち上がれる事はやはり喜ばしい。ほんの僅かな間だけども、女の子に変わり果てたという事実を忘れてしまうぐらいにはな。
さてでは 歩けるか。言わずもがなだ、歩ける。
……良いね。裸足で大地を踏みしめ歩くなんざ幾つ歳以来だが、落ちて乾いた枯葉踏み砕かれる音と、落ちたばかりの新しい葉っぱの柔らかさは、なんだか懐かしくなる。
「……とにかく、夢じゃなさそうだから頑張ってみるか。服はねえかなぁ……全裸の幼女とか不審者に見つかったらシャレにならんぞ……」
そんな訳で状況改善の為に、俺はちょっとばかし周辺を散策しようと考えたが『どっちに行ってみるよ?』 と全周を見渡す。
此処は僅かばかり、本当に小さな広場のみたいに開けた場所なんだが……何処を見渡しても木々ばかりだな。幾羽の鳥の囀りと、風……そして風に吹かれた葉のざわめきだけがBGMなのは、経験した事がない世界の静けさだ。
「……ん? 風 違うな、川か? 向こうだな」
目を閉じて聴覚に意識を集中させてると、聞こえ方の違和感はあったが川の賑やかなせせらぎを捉えた。なので目を閉じたまま身体をそちらに向けて、それから瞼を解放。耳を信じてその方角の森へと俺は歩いた。
もし、川があったなら……行く末には必ず人なり村なりを見つけられる筈だからだ。
……
群がる木々は思って居たより遥かに、不規則に入り組んでいた。
しかも俺が裸な所為もあって、その上“子供の身体”ってなぁ柔肌でなぁ。飛び出た枝の有る低木を潜ったら見事、ササクレに傷を付けられてしまったんだ。痛いやら痒いやら全く世話ねえもんだ。
そして、もう一つ、衝撃な事実が判明した。
先ほど俺は、自分が向かう方角の進路上に覆い被さる枝垂れの葉をやり過ごそうとしゃがんで、潜ったんだ。
そしたら頭にやたらさわついて絡まり引っかかる感じがして、除けようと頭に手を伸ばしたら、なんとこの体……側頭部の、本来なら耳がある場所から一対の“ツノ”が生えて居やがったんだ! てっちょに向かって曲線的に!
その辺に落ちてる木の棒でコンコン叩いてみても硬えし、本当に頭から生えているからか取れねえし、マジもんの“ツノ”とか『闘牛かよ』ってな。
しかもだ!
側頭部から“ツノが生えている”事だけでもとんでもねえ驚きだってのに、肝心の『耳』が頭の上の方にこれまた一対生えてんだよ! そう、一部界隈に人気のある『ケモ耳』って奴だな。これがまたフサフサしてるし形的に猫の耳みてえだったんだよ……あ、ニョム元気してっかな、ちゃんとご飯貰ってっかな……『ニョム』ってのはウチの飼い猫な。
まあそんなこんなで、ふとした拍子に自分の『幼女の身体』が人間じゃねえと言う驚愕の事実を理解したもんだから、俺の怒りは水面に出る事なく呆れの泡と化してしまったんだな、これが。もう訳がわからない。
「ほんっとどう言う身体してんのん、こいつ……俺だけど。ツノは生えてるケモミミは生えてる、髪の色はオレンジ色で体は幼女……飛んだ性癖ぶち込んで来やがってんな」
これで猫とか見たいな尻尾も生えてりゃパーフェクトだったろうに、残念だが尻尾は生えて居なかった。いや、生えてなくて構わんが。
そんな感じでボソボソと呟く自分の愚痴やら文句やらの言葉が、女の子の声で耳に届き入ってくるのだから不思議でしょうがない。
——兎も角しかし! そんな不思議感覚に様々と呟きを零しながらも俺の足は止まらない。徐々にだが『川の音』が近づいて来ているからだ。
それと森を進んでいて……一つ、良い事があった。
「へっへ、こうやってボロ切れ一枚羽織るだけでも暖かく感じるもんだ、やっぱ」
そう 見つけたのは所謂『毛布』だ、布団のあれ。
誰が捨てたんだか知らんが、こんな森まで来て大量投棄していく奴が居るんだから、何処の世界も大して変わらんよなぁ。
けれどお世辞にも状態は良くなく、何方かと言えば悪いだろう。端という端は擦り切れてほつれ、虫食いと思しき穴も所々に空いていれば鋭利な刃物で切ったと見れる跡もあり……つまり穴だらけなのだ。だがそのお陰で、空いてた大きな穴に頭を通せば『ポンチョ』としての使い方が出来たのだから、ある種都合が良かった。
ボロボロでは有るが、色や柄は悪くはないのだ。茶褐色を基調として、同系色の模様も素晴らしく優美で高級そうな模様でもある。
何より生地だ。毛布ほどモコモコはしていないが……例えられるならフェルト生地が最も近いだろう。万能じゃないか! 軽くて暖かいとか最高かよ!
捨てられていたお陰で俺が助かって居るのだが、そもそもこんな物を捨てるなんてなんと勿体無いのだろうと、俺は思ってしまう。ボロでは仕方もないのかもしれないが、捨てるぐらいなら燃やせよ、と今更に思わんでもない。布なんだから。
さて、その様にやっとこさ『全裸のツノ付きケモミミ幼女』から『乞食みたいな格好のツノ付きケモミミ幼女』へ進化した訳だが、どうにもこの世界は“地球”とは違うと、観察からそこはかとなく感じさせられた。
遠くを見渡せど途切れる気配も無いぐらいに群れて居る木々達は、それなりに“向こう”に生えて居た種類に似て居る。杉やら橅やら白樺やら、其れ等に良く似た木々をちらほら見かけるのだが、奇妙なのは小さな生命達だ。
ふと視界に入った“動”、そして鋭い獣耳の聴覚が捉えた音に木の幹を見たんだ。
するとどうだろう、其処に居たのはゴキブリをムカデ並みに長くした様な見た目の虫が幹をうねうねと這い上がって行って居るではないか!
「げ、なんだこの虫でっか……ゴキブリみてえな、ムカデみてえな……」
俺の背筋を嫌悪の寒気が、その虫の如く這いずり駆け上がったのを覚えて逃げ出してしまった。いやいや、でけえよ。今のこの体の手よりデケエぞあれ。
色々と奇妙な虫も沢山見かけるが、面白いのは“蜘蛛”が全く俺の知る蜘蛛と何ら変わり無いと言う点だ。まあ蜘蛛は『宇宙からやって来た謎の生物』なんて説もあるぐらいだから何処でも同じ姿してても不思議は無いな。むしろ見慣れた姿の奴が居てくれた方が気が楽になる。
あと、面白い動物見つけたぞ。面白いと言うか、少し不気味だったか。
偶発的且つほぼ数秒の出来事だったが、目が合ったんだ。
どんな奴かと言えば、まず素っ裸の人間を思い浮かべろ。そしたら其奴をチンパンジーみたいな姿勢にして、ケツ辺りからクソ長え“尻尾”を生やせ。んで、目玉は人間よりずっとデカくて目力有るぜ。イメージとしてはメガネザルが一番近いかな。耳もちょいデカくて。最後に其奴の全身に肌色の短毛をびっしり生やして、肌のたるみ皺を要所要所に加えりゃあ完璧、『俺の見た奴』と一緒だで。
そんな見た目なもんだから、見つけて目が合った瞬間は余りの奇妙さと恐怖で固まってしまったんだ。“ヒトに似て居る”から、その恐怖と嫌悪感は増したんだろうか?
「キモすぎるわ、人間じみてる見た目がクソ不安感煽るし、あの目……クリッと大きくてまん丸だがそれが逆にこえぇんだよなぁ……」
其処まで独り言を言って、俺はハッとさせられる。
“キモい”だと? おいおい、『奴』も俺を見つけて、目があって明らかに怖がって一目散に逃げたんだから、アイツからしたら俺の方が『キモい、怖い』んだろうが。
そう考えて俺自身も自分のこの、側頭部から生えてるツノと頭に生えてるケモミミはどうなんだよ、と自嘲気味に笑うしか無い。お互い様なものだ。
……
音が耳に届いてから随分と歩いた。森の途切れも見えて来て、陽光に煌めきを放つ川も見えて来た。不思議と疲れはしなかったが、少し難儀をこいたかもしれない。
お陰様でどれだけこの耳の聴覚が優れて居るかも思い知れたが、今は水が欲しい。
なので俺は早足に、半ば駆ける様な歩調で進み、遂に到着できた。
……綺麗だ。綺麗な川だ。
川幅も“向こう”の片側一車線道路程度でそれ程大きくはなく、だがその流れは僅か穏やかで、入っても流されない程度だろう。水深も見た感じでは浅そうだ。
何より川の水はとても澄んで居る。
川底の砂利やら小岩は勿論、魚と思しき水生生物が泳いで居たり、カニやエビの様な甲殻類ものったりくらりと歩んで居るのが丸見えなのだ。これ程までに綺麗で透明な川は、俺は数回しか見た事が無い。
だから俺は思わず「おおっ! すげえぇっ!」と女の子の声である事に違和感も持たずに川縁に駆け寄り屈んで、覗き込んでしまった。
川の匂いは、濃い緑と岩と苔をごちゃ混ぜにした様な、不快では無いとても新鮮で不思議な匂いだ。陽光が水流の作り出す小刻みな水面の凹凸に反射して、キラキラキラキラ、とても眩しく綺麗で美しい。
「……太陽っ! たいっ うえええぇっ?」
ふと気付き、仰ぎ拝んで、異様さに一瞬目を疑って目をこすり、もう一度拝む。
なんて事だ……二連星だ。
いや待て、二連星とは言え太陽があると言う事は……つまり此処は宇宙の何処かにある惑星だ! それも恐らく人間が住める大気圏を持つ惑星だ!
なんと言う奇跡であろうか?
実は大銀河系の中で『人間と同程度の知識を持ち、且つ地球と同じくらいの文明度を持つ“可能性”がある星』は、なんと約二千億もの星の中で僅か十四個と考えられて居るらしいのだ。それだけ地球という星が『奇跡の星』であるのだが、此処が何処の銀河系に属して居るかは定かでは無いがこの星もまた『地球と同じ奇跡の星』だったのだ。
「うおおおっ! こんな布を作れる連中が居るってなればこいつぁすげぇや! すげぇ奇跡だしとんでもない大発見だぜっ!」
溢れる感情に任せて両手を天に突き出し、思わずそう叫んだが……良く考えて見たらまるで意味が無かった。
なんに於いても、無理だから。
落ち込みそうになったが、兎にも角にも落ち込んでいては生きる事は出来ない。だから気分一転、悲観やネガティヴな気持ちを一蹴して意気込み、自分を開き直らさせる様に“言う”のだ。
「っしゃあ! 先ずは川に沿って歩いて行ってみっかね!」
俺は、足を再び歩ませようとして一歩を踏み出した。
が——グニャリ……! 苔のむし生えた地面は川縁と言う事もあってか存外に柔らかかった様で、俺からして見たらまだ軽すぎる幼女のこの体重でも、簡単に崩れたのだ!
咄嗟の出来事……! 為す術は、無いっ……!
「ああぁぁぅおぉあぁああぁっ!」
何とも間抜けな悲鳴だろうかと……姿勢を立て直そうと本能で両腕を振り回し、空を切る片足をジダバタさせながら、焦りが支配する脳内の片隅にある言葉が浮かび鮮明に脳裏に映った。
傾きと逆さまに成り行く視界に“誰か”が居た様な気がした。飽く迄“気がした”だが。