86話 ダンテの奥の手なのですぅ
怒りで熱くなりかけていたツヴァイであったが頭から冷や水をかけられたように身震いさせ、辺りを見渡し足下から漂う冷気を感じて頭に上った血が下がり我に返る。
冷気の出所を辿ると一瞬、誰なのか分からなくなるほど普段と違う雰囲気を発するダンテがそこにいた。
普段であれば愛らしさが前面に出ている瞳の色が青から水の色といった感じに変化させ、油断すれば氷漬けにされそうだと思わせる氷の妖精のような迫力を見せていた。
ダンテを中心に旋回する魔力の奔流に舞うように楽しそうに飛ぶ精霊の姿との対比から味方であるはずのアリア達ですら背筋が寒い思いをさせられる。
ダンテに撃たれた水球で濡れた顔を拭うツヴァイがダンテを睨みつける。
「おい、金髪ガキエルフ……何をしようとしてやがる!?」
「僕はこれから魔力を練るのに集中する。僕からの指示、援護は期待しないで。指示は立ち位置からアリアに頼みたいけど、口下手のアリアには無理。ヒース、頼むよ!」
「――ッ! やってみるよ!」
ツヴァイから話しかけられたのを無視して、みんなに指示を出すダンテにツヴァイが苛立ちを見せるがダンテはそちらに目を向けずにアリア達を見ていく。
アリア達が頷き、アリア達の視線がヒースに集まるのを確認するとダンテは両手を合わせて目を瞑る。
全力まで高めていたと思われた魔力の奔流が更に大きくなり、ツヴァイが舌打ちする。
「ちっ……あのガキエルフを放っておいたらオモシレェーもんが見れそうだが……ちと、火遊びが過ぎる予感がするな……」
青竜刀を持ち上げて身構えるツヴァイに一切注意を払わないダンテ、いや、既に魔力を練る事に全力を尽くす事しか考えてないようで自分の周りがどうなっているかなど分かっていない。
ダンテは当然ようにツヴァイの行動に反応を示さない。
そんなダンテに威圧を放つがピクリとも反応を見せない。
完全に自分の世界に入ってしまう程に集中するダンテが危険と判断したツヴァイが地面を蹴って飛び出そうとするのを見たヒースが叫ぶ。
「ミュウ! 牽制を! レイア、前に出て!」
「ウォン!!!」
ミュウが大きく息を吸ってツヴァイ目掛けて遠吠えをする。
不意を打たれた事もあり、一瞬、動きが止まったところにレイアが例の左腕を上げた格好で立ち塞がる。
レイアとミュウに視線を走らせたツヴァイが苛立ちげに舌打ちするのを見ながらヒースがスゥに話しかける。
「スゥ、あの光文字を剣で叩いて飛ばしてたけど、スゥにしか出来ない?」
「そんな事ないの。私が任意で出来る人の情報を書き込めば……」
「じゃ、僕とアリアの前に書けるだけの光文字を、その後はレイアと一緒にツヴァイの足止めをお願い」
頷いたスゥが光文字を流暢に書くのを横目に「魔力エンプティには気を付けて」と指示を出しながらアリアを見つめる。
「アリアはシールドでツヴァイの動きを阻害して。不意打ちが望ましい。阻害した分、前に出るレイア、スゥ、ミュウの援護になる事を忘れないで!」
「無茶を言う。まだ制御が甘いせいで常に全力の魔力を使ってるようなもの……前はもっとヒースは私の事をお姫様扱いしてくれた」
さらりと毒を吐いてくるアリアであるがヒースも必要だと本人も気付いていると理解もしてるし、何より、本当に一杯一杯である事を知ったうえでヒースも言っている。
だから気力でカバーしようと悪態をついていると分かるヒースはそれに乗っかる事にした。
「そうだったね……でもね? フラれた僕の心を癒す為には方便を最大利用するのは致し方がないと思うんだ?」
「なるほど、良い女には試練は付きモノという事。モテる女は大変、頑張る」
お互いにすました顔で見つめ合った後、破顔させて笑みを浮かべ合う。
アリアがツヴァイの動向を見つめ、スゥが書き終えた事をヒースに伝えて前に出たのを見て声を張り上げる。
「僕はダンテのようにこまめに指示なんて出せない。今、言った基本的な立ち位置以外はみんなの判断を信じる!」
「よっしゃぁ! 任せておけ、ヒース!」
黙ってみんなが頷くなかレイアは声を張り上げ、左腕に纏う赤いオーラを強める。
意気が上がるアリア達に対して対峙するツヴァイの表情が消える。
今度は逆にアリア達が悪寒に襲われる。
「どうにも気にいらねぇ……そのガキエルフが得意とするのは水魔法なのはカラシルから渡された資料で知ってる。確かにそのガキエルフの魔力はたけぇ。俺に手傷を負わせる魔力を練れてもおかしくはねぇ……が」
青竜刀を低く構えるのを見たヒースは何故か嫌な汗が背中に滲むプレッシャーに生唾を飲む。
その構えを見た時にレイアが声を上げる。
「あの構え……前にホーラ姉、ポプリ姉、テツ兄が防戦に徹した時にオトウサンがしたのとソックリだ……力ずくで突っ込んでくる!」
1度だけ、3人の訓練をつけてる現場に雄一を呼びに行った時にホーラ達の必死の抵抗も虚しく弾き飛ばされるのをレイアは見た事があった。
見ていたレイアはその時、対峙したのが自分だったら弾き飛ばされるだけでなく死んだ、とはっきりと認識するほどの絶望的な差を見せつけられた。
レイアの必死な声と強気なレイアの表情に恐怖を見たヒースは鼓舞するように叫ぶ。
「させちゃいけない! 今、僕達はダンテの集中を邪魔させない事をしなくちゃならない事だ。勝つ事じゃない、凌ぎ切る事が僕達の勝利だ!」
ヒースの言葉にハッとした表情を見せたアリア達はツヴァイに勝つ事ではなく、凌ぎ切る事が命題だった事を思い出し、表情を引き締める。
そんなアリア達に眼中はないのか魔力を練るダンテを見つめるツヴァイは先程の続きを口にしていた。
「あのガキエルフは頭はキレる……不覚を取る前に潰すか!」
そう言ったツヴァイが気を吐くと体に白いオーラを纏う。しかし、体だけでは収まらずにツヴァイの身長の倍の大きさまで膨れ上がり、アリア達を圧倒する。
ツヴァイの気の大きさを見て気を使うレイアとヒースが目を剥く。
あのオーラの大きさは本気で勝負できる大きさではないと理解したヒースが叫ぶ。
「もう後先考えずに全力で攻撃だ。ありったけをぶつけて!」
叫んだヒースは早速とばかりに自分の体を覆うオーラを纏う。
レイアは左腕に集中してオーラを高めようとする隣からスゥが盾を翳して走り出す。
「勢いが付く前に止めるの!」
その言葉が引き金になったように飛び出すツヴァイにヒースはスゥが作った光文字を剣で斬るように叩き付けて飛ばす。
光文字が狙い違わずツヴァイに襲いかかり、身を捻って避け、勢いを僅かに殺した所をスゥが盾を叩きつける。
しかし、空いてる左手で盾を止められ、ジリジリと押され始める。
「言ったろうが、力も重量も圧倒的に不足だ! 出直しやがれ」
「やっぱり強過ぎるの……使いたく、ないの……でも四の五言ってる場合じゃないのっ!!」
スゥの言葉に「ああっ!?」と威嚇するように声を上げ、スゥを吹き飛ばそうとするとスゥが光り輝きだす。
すると押す左腕がビタっと止まり、スゥの足下が陥没するように沈む。
「なんじゃそりゃ!?」
「土の訓練所で得た力、アイアンコンプレックスなの!」
盾の隙間から顔を出したスゥの顔色が鉄色、赤みを帯びた黒色の肌を見せていた。
舌打ちしたツヴァイが更に腕に力を込めて吹き飛ばそうとするがビクともさせられない。
「重すぎるだろ、お前っ!」
「ち、違うの! これは能力で私の重さではないの!!」
余りの必死さを見て、相当気にしている事をアリア達だけでなくツヴァイも気付いたようで何故か憐れみの視線を向けてくる。
それを見ていたヒースが剣をツヴァイに向けながらもその間にレイア達、特にミュウが入らないように気にしながら立ち廻る。
「あんな事が出来るなら土の邪精霊獣の時に使ってくれたら良かったのに……」
そのヒースの呟きに気付いたアリアがツヴァイから視線を動かさずに言ってくる。
「スゥは使えるモノは必要なら使う。プライドと命を天秤にかけたりしない。きっと本能がデブになるのを拒否して気付けなかっただけ」
「で、デブじゃないの! アリア、覚えてるの!」
アリアに怒鳴ると更にスゥの足下が沈む。
どうやらスゥの感情が重さを変えるようだ。
アリアが言うようにスゥは気付けてなかったらしく、リホウとの訓練が終わった後、1人で訓練中に制御をミスった爆発から咄嗟に身を守ろうとして使えて理解した。
実際のところ、発動出来るようになったのは光文字の次の段階の習得する時に今まで使ってなかった付加魔法が反応して使えるようになった事を使っているスゥ自身も気付いてはいない。
「馬鹿やってる場合じゃなかったな……」
「もうちょっと気付かないままでいてくれても良かったんだぜ?」
スゥの盾を押さえ付けているツヴァイの懐に飛び込むレイアが拳を再び鳩尾を狙うが余裕の笑みを浮かべるツヴァイが同じように片足を上げて防ごうとする。
すると上げようとしていた足が何かに引っ掛かったように止まり、レイアの拳が迫る。
「またお前か!」
離れた位置で荒い息を吐くアリアを睨み、レイアの拳を嫌って後方に飛ぶ。
舌打ちするツヴァイがまた先程と同じ構えをするのを見たレイアとスゥが焦るが何故かツヴァイがその場でふらつくようにして膝を付く。
膝を付いたツヴァイ自身が何故、こんな事をしてるのか分からないといった顔を見せる。
目を彷徨わすようにするツヴァイが額を押さえる。
「なんだ……まるで酔ってるみたい……まさかっ!」
ギラつく視線を離れた位置で剣を構えるヒースに向けるとプレッシャーに負けないとばかりに笑みを浮かべてくる。
持ってる剣を軽く揺するようにしたヒースがツヴァイに話しかける。
「近接を主とする僕が後方に無意味に立ってると思っていたのかい?」
「お前……剣を振動させる事が出来るガキだったな」
ヒースはハウリングソードの振動を指向性を持たせて、ずっとツヴァイの三半規管を狙い撃ちにしていた。
いくら強靭な体を持っていると言っても限度があるうえ、鍛えるにも限界がある場所を狙い、アリア達に影響しないように立ち回っていた。
「ようは全力を出せない状況を作ればいい」
「く、クソガキがぁ!!」
一気に気を吐き出すようにオーラを強めるツヴァイは立ち上がると前方にいるレイアとスゥに特攻すると2人は左右に吹き飛ばす。
ツヴァイにシールドで動きを阻害しようと必死にアリアが頑張るがたいした足止めにもならずに先にアリアの魔力が尽きる。
「どこまで化け物なんだ!」
離れた位置にいたヒースがツヴァイ目掛けて走り出すが、ヒースの目からも、とてもじゃないがダンテの下に先にツヴァイが着くと絶望的な結果を理解した。
しかし、ダンテとツヴァイの間に間に合い大きく息を吸うミュウの姿があった。
「ミュウ、お願い!」
「また遠吠えかよ! 不意打ちじゃない限り効くと思ってんのかよ!」
ツヴァイの言葉に反応を示さないミュウが吸っていた息を止めると走り幅跳びをする時のように空中で仰け反り、反動を付けて顔を前に出すと同時に口を大きく開く。
「炎雷!」
開かれたミュウの口から炎に雷を纏わせたレーザーのようなモノをツヴァイ目掛けて吐き出す。
吐き出された炎雷は光速かと思わせる閃光を放ち、ツヴァイに迫る。
必死な形相を見せるツヴァイがかろうじて青竜刀で受け止めるがミュウが放ったモノに耐えきれずに青竜刀は破壊される。
折れた青竜刀を一度見た後、捨てるツヴァイの前では前のめりで倒れるミュウの姿があった。
「あぶねぇ……2発目があったら致命傷貰ってたかもな?」
安堵するように息を吐きながらミュウに近づくツヴァイにヒースが声を張り上げて斬りかかる。
「やらせない!」
「うっせぇ!!」
飛び込むヒースにカウンターのタイミングで大玉の水球を放つツヴァイ。
それをヒースは斬りつけるが水圧に押されるようにして後ろに吹き飛ばされる。
邪魔するモノがいなくなったとばかりにミュウに近づくツヴァイがミュウの前に立つ。
「本当はよ、遊ぶつもりだったから撫でるようにシバいたら帰るつもりだったけどな……犬ガキ、てめぇは放置できねぇよ」
ミュウの危険性を感じ取ったツヴァイは情けないと舌打ちしながら片足を上げる。
どうやら、それでミュウの頭を踏み潰そうとしてるようだ。
躊躇を見せるツヴァイの背後で笑い声がしたのに気付き、慌てて足を元に戻して振り返る。
そこには吹き飛ばされた時に傷ついたらしい生傷が目立つレイアが笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ツヴァイ、オトウサンの複製、クローンだったっけ? なのに馬鹿なんだな」
「ああん? もう碌に走る事も出来なさそうなのにえらく強気だな?」
ツヴァイを嘲笑うようにするレイアに歯を見せて怒気を放つ。
それでも笑うのを止めないレイアが顎をある方向に示し、ツヴァイは眉を寄せる。
「だって、馬鹿だと思う、うん、馬鹿だ。アタシ達が何をしようとしてた? そしてアンタはどうしてアタシ達に邪魔されてたって言いたいんだよ」
「はぁ? なんで……ッ!!!」
不機嫌そうに眉を寄せたツヴァイが考え込む素振りを見せるがすぐに気付いたらしく慌ててレイアが顎で示した方向に顔を向ける。
そこには魔力を練り込む為に目を閉じていたダンテが目を開いて水の色の瞳でツヴァイを見つめていた。
「有難う、みんな……魔力を練り込め終えたよ」
最初はあれほどダンテの周りに魔力の奔流が起きていて、精霊が舞っていたが今は奔流はなくなり、精霊達はダンテの傍で佇んでいた。
奔流は消えた訳でなく、全てダンテに内包されている。魔力を扱う事が得意であればその内包された魔力を大きさは肌で分かる。
当然、ツヴァイも理解して戦い出して初めて頬に汗を滴らせる。
そんなツヴァイに指を突き付けると身構えられるが気にせずにダンテは一言呟く。
「精霊門、召喚」
その言葉と同時にダンテの隣に城門クラスの大きな門が現れた。
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