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81話 建前って大事なのですぅ

 無駄に存在感を見せるオッサンが鼻水や涎を垂らしながら踏ん張るのを見て、近寄りたくない、と遠い目をするレイア達。


 そんなレイア達にヒースが半泣きになりながら叫ぶ。


「呑気に見てないで助けて、本当に食べられる!」

「あっ、うん、すぐに助けるよ」


 いち早く我に返ったダンテがヒース達がいる大魚の口に指の腹を見せるように指を示し、指を上にする。


 すると、氷柱、文字通りにツララではなく氷の柱が大魚の口の中で生まれ、閉じようとする口を止める。


 更に両手の指を閉じるのを阻止できた大魚の口から手を離してホッとするヒースとオッサンに向けるダンテが声を張り上げる。


「水牢で保護するだけだから落ち着いてね?」

「あ、うん、分かった!」

「何? 水牢? ちょっと待て!」


 慌てるオッサンに説明をしたいが、ダンテが口に氷の柱を噛ました事で警戒した大魚がこの場から離れようとしていたのでそれを気にせずに発動させる。


 水牢が発動してヒースは以前に何度も体験しているので落ち着いたものだが、おっさんはいきなり水に包まれたので慌てて息を止める。


 一緒に水牢にいるヒースが呼吸が出来るとジェスチャーで伝えようとしてるが見えてないらしくエサを頬張るリスのようにして息を止めて苦しそうにもがく。


 すぐに呼吸の限界がきたのか、肺にあった空気を放出すると窒息したと思ったらしいオッサンは水牢の真ん中で浮き、白目になって脱力する。


 近寄ったヒースが脈などを確認して生存をジェスチャーで伝えてくるのでダンテは安堵の溜息を吐く。


「呼吸が出来ないと思い込んで心が死んだと思って失神したの……」

「なるほど、心が死んだ、と思ったら死ぬ可能性ってこういう事なんだ」


 ダンテの後方にいるレイアが感心するようにダンテに言われた言葉を思い出すように言うがダンテは「それは違う」と声を大にして言いたかったが大魚が方向転換を始めている今、説明する時間がないので流す。


 両手を天に広げて、精霊に協力を語りかけるダンテが魔力を集中し始める。


 すると、魔力の奔流が起き始め、そこに更にダンテの魔力ではない力が流れ込み始め、それは魔力の扱いに不慣れのレイアとミュウですら送られる魔力の大きさに驚く。


 2人より魔力の扱いが出来るスゥは更に一歩進んだ領域にも気付いて驚きの声を上げる。


「凄いの。あれだけの魔力をしっかりと受け止めれるキャパをいつの間に……精霊感応が出来てた頃より強い魔力を扱えているの。これでまだ精霊感応がまだ完全じゃないの?」


 魔力を練り込み続けるダンテを見つめるスゥは今のダンテであれば、ポロネを通す為に作った精霊門も単独で出来るんじゃないじゃないかと思っていた。


 それを魔力を練るダンテに言うと、


「出来るかもね。でも精霊門を作るだけでポロネを召喚する事は勿論、留めて上げる事は今の僕には無理だよ。まだまだ僕がクリアしなくてはならない課題は山積みさ」


 そう言うダンテであるが、それでも一歩ずつでも目標に進めている実感があるのか自信を見せるダンテ。


 大魚を見つめて、その上空に目掛けて両手を突き出すと凄まじい勢いで氷塊が作られていく。


 その大きさがついに大魚より大きくなった瞬間、ダンテは上げていた両手を地面に向けて振り下ろす。


「フェィル!」


 フェィル(hail)、雹というには大きすぎる。その見た目は氷の隕石と表現すべきそれが大魚に叩きつけられる。


 さすがの大魚も自分より大きく、ダンテにより加速させられた氷をまともに受けて地面に叩きつけられた。


 その衝撃で口の所にいたヒースとオッサンは弾き出されて地面に転がり出ると水牢から解放される。


 気絶するオッサンはだらしなく口から舌を出して伸びているがヒースはすぐに立ち上がり、無事を示すようにレイア達に手を振るとレイア達が駆け寄る。


 駆け寄ったレイア達はヒースに群がり、ミュウだけが気絶するオッサンが気になるのか離れた位置からソッと足を伸ばして爪先でツンツンしていた。


「おい、ヒース無事か……あれ? 水牢にいたのは分かるけど、えらくベトついてない?」


 ヒースの肩に触れようとしたレイアが途中で手を止めて眉を寄せる。


 同じようにスゥとダンテが見つめるのに苦笑いするヒースが頭を掻きながら言ってくる。


「あはは、アリアと一緒に野宿してたら、あの大魚に丸呑みされて……」

「それで生臭い……ちょっと待つの! アリアはどうしたの!?」


 慌てるスゥの言葉にレイアも気付き、辺りを見渡す。


 すると、気絶してるらしい大魚の方向から聞き慣れた少女の平坦な声が聞こえる。


「私ならここ。問題ない」


 声がする方向、魚の口の中からいつもの事ながら眠いのかと思える顔をしたアリアが何事もなかったかのように出てくる。


 その姿にホッとするレイアとスゥであったが、スゥが眉を寄せて話しかけてくる。


「アリアは飲み込まれてたみたいだけど、どうして汚れてないの?」

「ん、女の嗜み」


 意味が分からない返しをされてイラっとした表情を見せるスゥはアリアの服もそうだが、別れる時と同じように綺麗な髪を維持してる事にも気付き、剣呑な雰囲気を醸す。


「そろそろ、その秘密を吐くの……」

「ん、無理。企業秘密」


 プイッと横を向くアリアの両肩を掴んで前を向かせようとするスゥとの攻防戦を右往左往としてどうしたらいいか分からないレイア。


 それを苦笑しながら見つめるダンテにヒースは話しかける。


「ダンテは初めからアリアの心配してなかったみたいだね?」

「そうだね。もし危ない、手遅れな展開ならヒースがもっと必死だったり、酷く落ち込んでただろうからね」


 器用にウィンクするダンテに「敵わないな」と苦笑いするヒースからアリアに目を向けるダンテが呟く。


「とはいえ、こないだまでのアリアでは大魚の体内に入って汚れないようにする術はなかったはず……10日程でアリアが掴んだ何かかな?」

「多分ね。少なくとも僕はアリアがあんな器用な事を出来るとは知らなかったからそうじゃないかな?」


 ヒースが見たアリアの成長の話も興味がそそり、質問したいところであったがダンテはそれより先にすべき事がある事に気付いていた。


 司令塔として、仲間として、何より数少ない男友達であるヒースに聞くべき事を……


 レイア達が離れて近くにいない男だけの今が一番聞き易いと判断するダンテがヒースを見上げて質問する。


「ヒース……アリアとは話し合えたかい?」

「……うん。初恋は実り難い……あれって真実だとは思いたくなかったな」


 アリアとスゥがじゃれ合うのを見つめるヒースであったが、そこには悲壮感はなく、納得して飲み込んだ人がするような理性の光が瞳に宿っているようにダンテは判断した。


 しっかり、お互い謝罪をした上でヒースは結果が分かってはいたがアリアに正面から告白したらしい。


 結果は予想違わずにアリアに丁寧にお断りを受けたそうだ。雄一の隣以外に自分の居場所を一切考えてないと……


「そっか」


 ダンテはヒースを慰めればいいのか、それとも笑ってあげればいいのか迷うように空を見つめる。


 逆にそんなダンテにヒースは気持ちよい笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ。僕も気持ちには整理がついてた。師匠との訓練で僕は自分自身、魂と向き合う機会が沢山あり、自分の素直な、建前のない本音と向き合えた」


 再び、アリア達を見つめるヒースは遠い目をする。


「僕はお母さんの肖像画を見て育った。可愛らしい顔立ちに胸が豊かだったから同じように可愛く胸が大きかったアリアが好きになったんだと思う。そう、僕は可愛くて胸の大きな子が好きなんだ!」


 拳を握るヒースが言い切ったという良い顔をする。


 そんなヒースに微笑むダンテは口を開く。


「建前って大事だと今日、強く思ったよ。はぁ……心配して損したよ」

「そう言うダンテだってポロネは……」


 言いかけるヒースに鋭い視線を向けたダンテが高速に魔力を行使して水球にヒースを取り込み、巻き込む形でオッサンも取り込む。


 今度は水牢のように呼吸を確保してないのでヒースが苦しみだし、気絶してたオッサンの意識が覚醒して同じように苦しみ出す。


 その水球を行使して姿を隠せる程度の草むらに向けて放ち、到着と同時に水球を解除して2人を解放する。


「そのベトベトの体を洗ってね! 服は出してくれたら僕が洗って乾かしてあげるから」


 2人に声をかけるが水を飲んだらしく咳き込む声しか聞こえてこないがダンテは知らない顔をする。


 ダンテ達の行動に気付いたアリア達がダンテの傍にやってくる。


「何かあった?」

「別に何もないよ?」


 シレっとした表情のダンテが2人に手渡す手拭をカバンから取り出すとアリア達から離れて草むらの方へと歩き出した。

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