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一人の少年は、転生する夢をみた。

作者: 望月 優響

 また夢をみた。

 いつからだろう。ずっと長い間、同じ夢を見る。

 同じといっても、全く同じということではない。

 その続きをみる。

 

「まーた、寝てたんだ」


 聞きなれた女の子の呆れたような声が耳に聞こえると、俺は真っ白の世界から目を覚ました。


 どのくらいの時間寝ていたのだろうか。


 顔をむくっと上げると、そこは見慣れた部室で、昔からあまり変わり映えしない幼馴染の姿がそこにあった。


「全く、大賞まで時間がないんだから、本気でやらないと間に合わないわよ」


 雪乃(ゆきの)がそう言うと「あ、やべっ」と俺はハッとした。


 俺と雪乃はカタカタとキーボードを打つ。


「雪乃は終わったのか」


 雪乃はパソコンの画面から目を離さずに、口だけを動かした。


「大体はね。順調ではないわ」


 俺は「そっか」と返事を返すと、再びキーボードを打ち始める。


 壁に掛けられた丸い時計を見ると、17:20頃を差していた。


 眠る前に見た時刻は確か……16:55くらいだった。


 体感して思ったほどは長くは眠っていなかったらしい。


「なぁ、雪乃」


 俺は思わず声をかけた。


 前からであったが、夢のことを誰かに話したいという衝動が胸の奥でうずうずとうごめいていた。

 そいつが一度大きくなり、その一瞬が過ぎれば「ううん、やっぱり何でもない」と口を(つぐ)んできたが、今回のそいつは収縮することなく、膨れ上がったままであった。


「ん?」と雪乃が鼻を鳴らす。


「俺、最近……というかずっと前から変な夢をみるんだ」


「変な夢?」


 キーボードを打ち続けながら雪乃が尋ねると、俺も動かす手を止めずに、頷き、話を続ける。


「なんていえば良いんだろう。戦禍の渦にいるような世界で、俺が戦士でお前と一緒に竜とかと戦っている夢なんだ」


 雪乃のカタカタという雑音が止まった。


随分(ずいぶん)とファンタジーな夢ね」


「けど、その夢を寝るたびに見るんだ。それも毎回前回からの続きで、さっきもそうだった」


 長く伸びた黒い髪を耳元で整えながら、雪乃は「ふーん」と少し興味ありそうに声を鳴らした。


「さっきのは、どんな夢だったの?」


 雪乃が尋ねると、俺は苦笑を浮かべた。


「お前に助けられた。赤い竜にやられそうになった時、お前がその竜の首を斬ったんだ。”しっかりして! ここでくたばったら許さないから”、なんてお説教もくらったよ」


「キャラ設定まで正確な夢ね」と雪乃もクスッと笑い声を漏らす。


「けど、面白いわね。同じ夢の続きを見るなんて。あーあ、私も良い夢見たら、その続き見れないかなー」

「お前の言う、良い夢ってなんだよ」


 雪乃は顎元に人差し指を当てる。


「うーん……あっ、あれがいいな。超イケメンで優しい幼馴染が同じ文芸部の夢」


「この野郎」



   *   *   *



 目を覚ますと、真っ赤な空が広がっていた。


 砂煙で辺りは霧のように包まれ、血生臭いにおいが、鼻の奥を刺激した。


「ここは……」

 体を起こすと、隣には雪乃の姿があった。


 鎧を着ており、所々の肌に血が滲んでいた。


「おう、目が覚めたか」

 中年程の男戦士が駆け寄ってくると、水の入った入れ物を俺に手渡した。


 俺は差し出されるままにそのフタを開け、それを勢いよく飲み始めた。

「魔王軍はやっぱり手強いな。城まであと少しだっていうのに、この軍勢だ」


 男がそう言うと、雪乃は少し微笑んだ。


「大丈夫よ。こっちには勇者がいるんだから」


 そう言い、雪乃が俺の方を見ると、男も安心したような表情を浮かべ強く頷き、俺の方をみた。


「そうだったな。頼むぜ、勇者さんよ」



 え……。



 俺が勇者?


 俺は自分を指差しながら、目を丸くして問うと、雪乃は背中を叩いた。


「痛っ」


「もう、しっかりしなさいよ。アンタと私、二人が人類の希望なんだから」

 その言葉に、俺は昔からそれを知っていたように、記憶の電線に電気が走った。



 そうだ。


 雪乃と俺は幼い頃、ひょんな事から勇者の力を受け継いでしまっていた。


 一般市民だった俺達は、この世界を支配せんとす、魔王を倒すために、これまでずっと戦い続けて来た。

 そして、今これは、魔王軍に攻め入った人類の存続を賭けた最後の戦い。


 そして、ここは魔王の居城の前に広がる荒野だった。


 見知らぬこの男も誰だかようやく分かった。


 剣技や戦術を教えてくれた、カルド戦士長だ。



「そうだったな」

 俺はそう言うと立ち上がり、剣を持った。


「よし、俺達も行くぞ」


 俺がそう言うと、二人は頷き、魔物と人間の争う戦場へ再び駆けて行った。







 ……わ。






……荻川(おぎかわ)





……おい、起きろ荻川!!






 その怒声に、俺はハッと目を覚まし、一体何事だと言わんばかりに、周りを見ると、ゴンと、何かで叩かれた。


 教科書を手に持った男が、憤った顔つきでこちらを見ていた。


 しかしその顔は――



「あっ、カルド戦士長!」


 俺は指を差し、驚愕して言うと「何寝言を言ってるんだ」とまた一つ、ポンと叩かれた。


「授業中だ、もう寝るなよ」

 周囲からの笑い声に、ようやく俺は現実に返った。



 またやられた。



 またあの夢の続きを見てしまった。





 

「あんた、そんなにこの世界が嫌なの?」

 部室で、雪乃が苦笑しながらキーボードを打つ。


「まぁ、昔から異世界転生の願望はあるな。勇者になってハーレムとか、転生して新たな人生を始めるとか。今みたいな平凡な生活は少なくともないからな」


「そういうものなの?」


「お前はそういうの無いのかよ?」


「全くない訳じゃないけど、私はこの生活で良いかな」


 確かにこいつは、容姿も綺麗だし、成績優秀で先生とかからは褒められるし、はずれくじを引いてしまった俺に比べれば、こっちの世界のほうが良いかもな。


 俺はそう胸のうちで納得してしまった。


「そういえば、今日の授業の時も、またあの夢を見ていたの?」


「あぁ。起きたらカルド戦士長が目の前にいたから超ビビッタわ」


 それを聞くなり、雪乃はこらえきれないように声をあげて笑った。


「カルド戦士長って……もう、どうしてくれるのよ。もう菅先みたら、カルド戦士長しか出てこないじゃない」


 俺にも笑いがうつる。


「だな。あれはカルド戦士長だ」


「私は出てこなかったの?」


 笑いの発作で出て来た涙を拭いながら雪乃が尋ねると、俺はまだ笑いを含みながら答えた。


「あぁ、出て来たよ。二人で人類の希望なんだから、って説教されたよ。お前説教しかしてこないな」


「どんだけアンタの中の私のイメージ、怒りっぽい存在になってるのよ」


「どうやら俺とお前で勇者だったらしい。頼んだぜ、勇者さん」


「アンタこそ、夢の中で足引っ張らないでよね」


 俺はその時ふと思った。


 次の小説、あの夢の世界を物語にしていいかもしれんと。


 主人公の転生ストーリー、きたこれ!



   *   *   *

 


 気が付くと、俺は岩にもたれ寄りかかっていた。


 鈍い痛みが体のあちこちから走る。


 視界がはっきりすると、またあの血と砂の混じった臭いの渦巻く世界にいた。


 騒がしい様子はなく、巨大な岩のような竜の死体や、倒れた人の姿がある。


 俺は折れた右腕を手でおさえながら、よろよろ立ち上がると、辺りを見渡した。


 どこもかしこも死を迎えたもので、埋め尽くされている。


 俺は、近くに倒れていた一匹の竜を見ると、ハッとした。


 竜に押しつぶされた少女――幼馴染の姿がそこにはあった。

 


 嘘だと思いたかった。


 俺はその名前を叫ぶと、すぐさまに駆け寄った。


 腰から下は、竜の巨大な冷たい体に潰されており、土の地面は赤く滲んでいた。


 その名前を何度も何度も呼んだ。


 力無いその手は冷たく、疲れ切った様な顔つきで、幼い頃から知っていたその少女は、地に伏せていた。



 声も、息の音すらも聞こえない。




 強く寂しげに吹く風の音のみが死の大地を包んでいた。


 俺は初めて泣いた。


 幼い頃に声をあげて泣いたというものではなく、それは冷たく、胸の奥底に突き刺さり、悔しさと何もできなかった自分に対する憎しみのような、そんな涙だった。


 喉が張り裂けるような声をあげただろう。


 しかし、その痛みを感じる事もない。


 その泣き声だけが、血と死の風の中に響き渡った。






 ハッと、目を覚ますと、雪乃は驚いたように体を震わせた。


 起こそうとした瞬間に、急に起き上がったためであろう。


 俺は、瞼が熱く濡れているのに気が付くと、手を目に当てた。


 生温かい水滴が手のひらについている。


「だ、大丈夫……?」


 俺は雪乃の顔を見た。



 生きている。


 暗い奈落の谷から、何とも言えぬ嬉しさと安心感に、俺は雪乃に思わず抱き着いた。


 雪乃は、戸惑ったように声を一瞬あげたが、「良かった、本当に良かった」と強く抱きしめる俺に、静かに口を開いた。


「どうしたの……?」


 俺は雪乃に夢のことを話した。


 本当に生きていて良かった事。


 考えもしなかった。


 昔から当たり前のようにいた人が、いなくなった時の切なさ、そして悲しみなど。

 その恐怖から解放された俺は、大切な人の存在を、身をもって感じた。


 生きている彼女の温かみを。


 俺は今告げるべきだと無意識に思った。


 感情がそうしろと言っているように思えた。


「雪乃、俺はお前のことが好きだ。今までも、そしてこれからも」

 思わぬ告白に、雪乃は口を開けたままであったが、表情が和らぎ、クスッと笑って言った。


「ありがとう」


 俺はこの時、嬉しいという感情よりも、ようやく告げられた、という安堵を感じた。


 後悔の念が晴れたような、そんな感じだった――

 




 



 ――俺は目をゆっくりと開くと、今はもういない幼馴染の手を握っていた。


 泣き果てたのか、そのまま疲れ自ずと眠りについてしまっていたようだ。


 神の情けだろうか、夢の中で彼女に最後会うことができた。


 告げられない想いを、夢の中ではあったが告げることができた。


 しかし、やはり生きているうちにどこかで言葉にして伝えるべきだった。


「ごめんな……」


 俺は少女の頬をそっと撫でると、立ち上がった。


 どこかは知らない別の世界。戦争も何もない、平和な世界で、俺と彼女は幼い頃から好きだった物語を綴っていた。


 きっと、俺はあの世界を夢みていたのだろう。


 魔王も戦いもない、あの平和な世界で、幼馴染と一緒に過ごす日々を。


 今ではもう叶いはしない。


 だが、俺は前に進むしかなかった。


 きっと、こいつもその世界を夢見ていた事だろう。


 俺はこの時に誓った。


 魔王を倒し、この戦いを一刻も早く終わらせることを。


 一人の勇者は、剣を持つと、先に見える魔王の城へ、一人駆けて行った。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました!><

転生世界も良いなぁと思いつつ、もしもそれが……という立場だったらどうなんだろう、なんて思って書いたら何か暗い世界観になってしまいました(汗)


転生ものが溢れる中、こんなのもあるのか……と思って頂ければ幸いです。

何か感じて頂ければ、感想・評価等よろしくお願いします!

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