思惑
「そこの方は、許可をお持ちですか?」と。
「・・・私?」
04は想定外の事態に、何事かと思案する。
躯体と称して、同行するつもりが、運が良いやら悪いやら。
今の姿は、選別と、羽織らされたローブ姿。装備は見えず、表情豊かな相貌に、人と見紛うのも仕方無い。今更躯体と言おうならば、禁忌の死機と悟られる。
ならばどう語るべきかと頭を捻る。
「私は―――」
「え、えっと! そう、そうです! 僕と同じで冒険者志望でして!」
「え・・ええ、そうです」
「成る程、承知致しました。では、此方へ手を―――」
フォンがそう語ると、先と同じく両者の間に手形が浮かび上がる。
「ちょ、ちょっと・・・大丈夫なのですか?」
知らぬ技術に、04も不審に思い、サンゴへ抗議を上げるが、サンゴも同じ。
だが、こうなれば仕方ないと、背中を押した。
「た、多分大丈夫ですよ・・・きっと・・・」
破れかぶれな物言いに、項垂れる。
「はぁ・・・もう、知りませんよ?」
瀬戸際にはサンゴを抱えて逃げれる様にと退路を確保し、そう呟く。
「・・・さぁ、此方へ」
有無を言わせぬフォンの圧力に、何者と思うが、修羅場の数なら負けるものかと、進み出る。
手を手形へと合わせると、感電する様な刺激と共に、04の『ステータス』が露となる。
それを見たフォンが何やら「・・・成る程、成る程」と頷き、尻尾を揺らす。
「此方には情報が御座いませんが、何度か登られている御様子。ならば、此方の不手際、再度御記入を願います」
『え・・・?』
サンゴと04は顔を見合わせ、眉を寄せる。
フォンより背を向け、顔を突き合わせた04は、サンゴに耳打ち話しかける。
「無茶も大概にしなさい。偶々上手くいったものの、こんな事では、先が思いやられます」
04の怒りも当然と、サンゴは伏して怒りが過ぎるのを待つばかり。
だが、怒りの沸点が、サンゴに如何言えば、堪えるのかと考える辺りが、優しさか。
04もそうした微妙な心情に、歳をとったと、溜息一つ吐き捨てる。
「・・・・はぁ、それに、名前なんてナンバーしかありませんよ?」
「あ、それは大丈夫です。えっと・・・・」
「・・・いえ、その名は・・・」
フォンが見つめる先では、顔を突合せ仲睦まじい二人の動き。
あまり見つめるのも失礼かと、「コホン!」と、咳を一つ、注意を促す。
「す、すみません! 今行きます! ね、ねぇ・・・シキ姉さん!?」
サンゴにシキと呼ばれた04は、何か異常は無いかと、フォンを見つめ、手を握る。
まさか、機械の体に感謝する日が来ようとは、審判者の如きフォンの瞳と、絡む視線。
逃げ様とする心が、笑顔になれと囁く声を必死に押さえ、ポーカーフェイスを貼り付ける。
「・・・久方ぶりで忘れてました。事務処理などは面倒なもので・・・え・・へへ」
緊張故か、最後の最後に緩んだ糸に、曖昧な笑いを投げかける。
一帯に満ちる不穏な空気。張り詰めた緊張に、音も遠く、鼓動は近い。
人であるサンゴにとっては地獄の様。喉を鳴らすも一苦労。息を飲む間に、異音が一つ。
「・・・面倒だからと、蔑ろにされては困ります。シキ様、次からは、失効する前に再登録をお願いします」
如何やら異音は、完了の合図。何事も無く終えた事に、サンゴとシキは抱き合った。
「・・・・情交の類は、外でお願い致します」
◆
フォンの怒りに慌てた二人。処理が済めば、御役ごめんと、脱兎の如く逃げ出した。
フォンはフォンとて、歓喜に震え、舌舐めずり。
冷静な表情と相まって、何とも蠱惑的で淫靡な気配を醸し出す。
これは、如何にも危うい雰囲気。されば列は崩れ、何時の間にやら、ガラガラに。
「・・・もう、変な空気出さないでよ!」
此れには、苦言を申さねばと、フォンの同僚が、首を出す。
覗き込んだその先に、サンゴと、シキの画像を見つけ、興味の元は此れかと、当たりをつける。
「何々? 二人とも登録完了? ったく・・・フォン、後で奢りなさいよ?」
逃した魚は出かかった。ならば、釣り上げた者にたかるのは正当な行為だと、同僚の声。
フォンにとっては、賭けの事など、如何でも良いが、そう思われた方が、楽であろうと。
「・・・了解」とだけ、言葉短く呟いた。
フォンが滞り、溢れた者達に、忙殺された同僚の影。フォンは、吊り上げた唇より吐息を漏らす。
「・・・はぁ・・・忌み子と、死機。捨てられた者による狂想曲の始まり・・・始まり、くっふふふ」
◆
受付より飛び出したサンゴとシキ。何やら、背中に寒気を感じ、急かされる様に、塔へと駆ける。
「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・・。何とか・・・為りましたね」
「無茶が過ぎるぞ本当に」
息も切れ切れ、息尽くサンゴと、超然とした様子のシキ。
機械なのだから当然ではあったが、その頼もしい姿に、礼を言う。
「シキさん、此処まで助かりました」と。
そう言って翻ると、塔へと歩みだす。それは、別れの言葉。
「・・・如何して?」
「・・・・・・・・」
シキの問いに、答える事は、無いのだと、サンゴは塔へと歩みを止めぬ。
何処か、決意の篭ったその背中。独り善がりなその姿。シキが死機で無く、人であったならば、
顔は赤く高揚し、心臓は怒れと、鼓動を早めていただろう。
そして、人としてのシキはこう言うのだ『馬鹿にするな』と。
「馬鹿にするな!」
聞き覚えのある声に、誰が言ったと、周囲を見つめ、振り返るサンゴの姿に、自分の言葉なのだと思い知る。
意味が分からないとばかりに、振り返るその姿。
人ならば、か弱い力任せに殴れたものの、今はそれも叶わぬと、拳を納め、胸倉を掴む。
「お前が、私を起こした! それなのに、その責任を放棄するのか?」
「ち、違います・・・。僕なんかじゃ・・・僕なんかじゃ無いです」
サンゴはシキの視線に耐えられないとばかりに、視線を逸らす。
「・・・逃げるな! もし、此れが、お前の助けになるのなら・・・私を捨てれば良い、けど、
そうじゃ無いなら、捨てないでよ・・・」
「す、捨てるなんてそんな! そんな訳じゃ・・・」
「だったら、理由を教えなさい!」
怒りを露に、サンゴを心配するその姿。何処か、ニナと重なる憂いを帯びた表情に、この決断は間違っていないのだと、再度心に刻み込む。
自分という者が、どれだけ不必要で、足手まといなのかを語る為にも会話が必要かと、口を開く。