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異形の塔  作者: 紅龍
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少女の脳裏には過去の幻影が影を差す。際どい均衡であったにせよ、大国間での戦争は無く、

平和であった世界。戦争などは遠い物語であったあの時代。

だが、それ故、身近に迫った死の恐怖に人は耐える事が出来なかった。

喧嘩を知らぬ者が、ついやり過ぎてしまう様に、無知というのは限度を知らぬ。

突如、塔を持った国は資源乏しい国である為、富む者の器量を知らぬ。

富む者は貧者の慟哭を知らぬ。強者は・・・。弱者は・・・。

そうした様々な思惑があったにせよ、塔という未知との遭遇は最悪の結果をもたらした。

塔が現れてより数年で少女の故郷は焼け、戦火は瞬く間に広がった。

当然、塔を(よう)するこの国にも戦火は及び、資源の乏しいこの国は禁忌へと手を伸ばした。

伸ばさねば為らなかった。後世に禁忌と蔑まれ様とも、国を守り、民を守る為の兵器を欲した。

兵器の代償として国が欲した物は人。

具象石と呼ばれる資源が枯渇せぬよう、具象石の苗床とする為、この国は、死者を塔へと投げ捨てた。石炭や石油が、死骸や、植物が時を経て変る様に、塔の中で死した者は、具象石へと変る。

少女も投げ捨てられた者の一体。戦火に巻かれ、瀕死となった哀れな少女。

最早助からぬと捨てられ、後は死を待つばかり。次第に体の感覚も無くなり、全身が石へと変り意識を失った。


そして、次に目覚めた時には死機へと生まれ変わっていた。

死機、それは一人の科学者の狂気の産物。科学者が欲した人とは、具象石に魂を囚われた者。

時折偶然起こりえる異常ではあったが、そうした者が居る事を知った科学者は、具象石となった者達の体を使い死機と呼ばれる禁忌の怪物を作り上げた。

何故そんな事をと様々な者達が、死者を蘇らせる行為に慄く中、死機が死機たる証を立てた。

死機01より04と呼ばれる四機はアンドロイド兵、十体を相手どり勝利を収めた。

だが、それは当然の事。具象石とは、意思を汲み取る石。

即ち、意思無き機械では十全に扱える筈も無かった。



あれから幾度の戦いを経ただろうか、人であった頃とは違う感覚に、手は自然と拳を作る。

数回、反芻する様に繰り返すと、ぼやけた感覚は鋭く研ぎ澄まされた。

取り戻した感覚に引っ張られる様に、曖昧な記憶も像を結ぶ。

脳裏に浮かんだ最後の光景は、赤く燃える閃光と爆音。そして、闇。


「最後の作戦・・・。それは核による塔の破壊でした」

「・・・核?」

またも知らぬ言葉にサンゴの頭は困惑するが、武器商人たるジョルドは知っているのか、苦虫を潰したかの様に顔を顰めた。

「前文明の更に前からある(ゴミ)の事さ。威力だけなら、簡単に国を消し飛ばす代物。禁忌の最たる物だろうよ」

吐き捨てる様にそう言うと、苛々と頭を掻いた。

「・・・いや、待てよ? だったら何で無事なんだ?」

04が語った話に違和感を覚えると、真偽を確かめる様に距離を詰める。

「・・・・確証はありませんが、恐らく、塔が防いだ・・・としか」

「・・・そんな馬鹿な!?」

「ええ・・・ですから、私も驚いたのです」

ジョルドは今こそ天を仰ぐべきかと思ったが、外でそれをしようものなら、異形の塔が見えるだけ。話を聞いた今では見る事すら空恐ろしい行為に思えた。

今の今まで、塔をただの飯の食い扶持と思っていた自分が愚かしくて、何とも逃げ出したい気持ちにさせた。

「何だか全てが馬鹿らしく思えてきたわ・・・。悪い事は言わねぇ・・・塔に行くのは止めとけ」

ジョルドは会話の一端より塔の底知れぬ闇を垣間見た。大の大人である、自分すらこうなのだから、子供であるサンゴは言わずもがな、震えてさえいるかと思いきや、その頬は赤く高揚し、瞳は未知に輝きを放つ。

「でも・・・。僕は塔に登ってみたいです」

「・・・本気か? 村に不用と捨てられて、何も無い子供のお前がか?」

ジョルドも諦めさせようとした思いか、辛辣な言葉となってサンゴへ放たれる。

だが、皆が思ったそれこそが、サンゴに火を点けた。

「・・・・だからです。僕は・・・不用ですから・・・。だから、僕は僕として生きていきたい。

そう、願うのも駄目なんでしょうか?」

不用と蔑まれ、生きてきた者の最後の願い。持たざる者たる、サンゴの願い。

今や持つ者となったジョルドには遠い過去。生きる為に生きたあの時代。

きっと、あの時のジョルドに今の言葉を掛けた処で、返答は同じだろうと、馬鹿馬鹿しさに嫌気が差した。

「・・・はぁ・・・。だよな・・・。俺達は始めから持つ者じゃねぇ・・だったら、失う物も何も無い・・・か。ったくよ、何でこう不公平なのかねえ。いや、だからこそ塔へ登るのかもな。

誰かに与えられたのでは無く、自分で何かを手に入れる為に」

男が行くと決めたならば、これ以上はそれこそ不用かと、諦め背中を押す覚悟を決める。

「だったらよ、塔で必要な技術を教えてやる。重要なのは『ステータス』と『スキル』だ。

村でスライム達を狩った事があるってんなら、そこらは知ってるだろうが、塔では毒を持つ者や、

状態異常を付与する者達なんてのも山ほど居るからな、注意を怠るなよ」

「はい!」

サンゴは先駆者の有り難い言葉に耳を傾け頷くが、今度は聞いた事の無い言葉に04が首を傾げる。

「・・・『ステータス』と『スキル』・・・?」

「ん? ああ、そうか、お前が知らないのも無理は無いか・・・。前時代的に言うならば、

『個人情報』か? 全人類に義務化された、ナノマシンによる個人識別。それによる『身体チェック機構』それを俺達は『ステータス』と呼んでいる。それと『スキル』だが、此れは前時代には無い代物だな。世界が滅んでから、俺達に残されたのは具象武器と躯体のみ、だからこそ生まれた力か。何代も何代も世代を重ねる事で、具象石の力と親和性を深めた俺達は、互いに影響しあう関係となった。俺達が成長する事で、武器も成長し、武器が成長する事で、『スキル』を身につけるって寸法さ」

だからこそ、具象武器を見る事で、大凡の力が測れ、成長の度合いが推し量れてしまう。

それ故、サンゴの様に矮小な武器には早々に見切りをつける結果となっていた。

その事を思うと、苦々しくもあったが、説明に集中すると、話を続けた。

「・・・まぁ、スキルは購入する事も出来るんだけどな。俺みたいな商人なんかは、『鑑定スキル』を更新する必要もあってな、商業ギルドなんかが、季節事に最新版のデータを販売するんだが、中々に高くてなあ・・・。まぁ、その分、塔の最先端物資を取り扱えるってんで、元は取れるんだが」

ジョルドが語る事が真実であるならば、『スキル』と呼ばれる技能は、この世界にとってかなり重要な位置を占めるのだと理解する。

恐らく、スキルを覚えるという行為は、個人のナノマシンに情報を与えるなどの行為なのだろう。

具象石の効果か、ナノマシンの効果は04が居た時代とは比べ物にならない進化を遂げていた。

過去の常識など意味の無い世界。この世界では、具象石が存在する事は当然。ならば、塔を壊すという使命はただの独り善がり。それどころか、害悪にしかならないのだと理解する。

「・・・・私は・・・何故、目覚めたのでしょう・・・?」

そう呟く少女の姿はまるで村を出たばかりのサンゴの様。世界という現実に捨てられた異端者。

使命も無く、意味も無い生に、生きるという気概も無い、ただのガラクタ。

「・・・だったらよ、無責任だとは思うが、良ければ、この小僧を助けてやるってのはどうだ?」

「助ける・・・? 兵器の私が?」

命令に従うばかりであった彼女にとって、選択という行為そのものが、理解の外。

自由意志ともとれるその言葉に、戸惑いを隠せなかった。

「この世界で生きていく目標が分からないってんなら、分からない者同士、協力するのも手なんじゃねえか? お前は、戦いの経験はあるだろうが、この世界の常識を知らない。小僧も、塔での戦闘なんて知りもしねえだろうし、まだまだ子供。どうだ? 二人併せて一人前だろ?

それに、小僧からは代金も貰ったしな、売り物にもならん死機を引き取ってくれるってんなら、俺としても助かるってもんだ」

等と語ったが、後半は嘘だろう。もし、死機が禁忌などと言われているならば、破壊する事で、懸賞金などが貰えて然るべき。本当は、彼女を国へと売りつける方法が一番簡単なのだから。

「・・・感謝します」

04はそう言って、ジョルドへ頭を下げた。

一度は生を投げ捨てたが、二度目の生は気ままに生きるのも悪くは無いかと切り替える。

最早、命ずる者も無く、天涯孤独。ならば、子守も悪くない。

此れより長い付き合いになるのか、儚い夢幻となるのかは定かでは無いが、口約束も必要か。

04とて、子供の頃より死機となった者。それ故、言葉を知らぬが、誠意を込めて口にする。


「・・・不束者ですが、如何か末永く」

それは戦時に交わされた、生への願い。戦う者。待つ者。それを繋ぐ願いの言葉。

死機には無用、されど少女の目には輝いたその光景。

離れ離れと為らぬ様、言葉に願いを託す。

時代錯誤なその言葉にジョルドは苦笑いを浮かべ。

意味を知らぬサンゴは、

「此方こそ!」と笑顔で頷いた。



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