資源
「・・・・劣悪な環境を視認・・・・現状の説明を求めます・・・」
「ち、違うんです! ぼ、僕は!?」
震える唇から漏れる言葉。やましい気持ちは無かったとはいえ、無意識の女性を撫でる行為は褒められたものでは無い。それ故、謝罪の言葉が口をつく。
「・・・起動した?」
動揺したのはジョルドも同様。がらくた同然と、今の今まで起動する事も無かった物が動きだした事に動揺を隠せなかった。
だが、二人の動揺など人形には関係が無いと言葉を走らせる。
「・・・再度、情報を求めます。現在は西暦2950年で間違いありませんか?」
聞いたことも無い年号にサンゴは頭を捻り、ジョルドは唸る。
それは知らぬ者と知る者との差であったが、それを目聡く見つけた人形はジョルドを射抜く。
「では、貴方に改めて確認します。私の部隊がどうなったのか、現状の説明と作戦の成否、以上の情報を求めます」
ジョルドも問い詰められて冷や汗を垂らし、悪態を過去に向けて言い放つ。
「あのオヤジ・・・掘り出し物だと言ってたが、西暦2950年だと・・・。骨董品じゃねえか。躯体の原型かよ」
「躯体では無いんですか?」
「ん? そうだな、似て非なる物・・・いや、者だな」
何が違うのか分からぬサンゴとしては判断がつかないが、躯体と並べるとその差は一目瞭然。
躯体が命令を待ち人形の如く立ち尽くすのに対し、原型と呼ばれた彼女は、体についた埃を払うと、不機嫌な表情を浮かべていた。
その姿はまるで人の様で・・・・。
「なっ? 見て分かるだろう? こいつは躯体じゃねえ、俺達と同じ人さ」
「・・・え? ええ!?」
サンゴの驚きが彼女にも見て取れたか、何を言ってるんだこいつはとばかりの表情を浮かべる。
だが、周囲に自身と同じ者達が存在しない事に思い至る。
「・・・貴方達が躯体と呼ばれているのは、此処に並ぶアンドロイド兵の事ですか?」
「ああ、その通りだ。何百年も前はそう呼ばれてたが、今じゃあそんな呼び方は誰もしねぇけどな」
「何百年・・・・?」
ジョルドが語ったその言葉より、何が起こったのか概要を知り困惑する。
しかし、それも当然か、元々人だと言うならば、己がどれだけの時を過ごしたのか、その途方も無い感覚に、困惑するのも仕方ない。
「そう、何百年さ。時代錯誤なお前にも人形芝居が必要か?」
ジョルドはそう言うと、先の劇を彼女にして見せた。
それは先程見た劇と寸分違わぬものではあったが、見る者によって見え方は違うか、彼女の相貌は、暗く沈んでいく。
「――――って訳だ。 理解したか?」
「・・・・私達は失敗したのですか」
「お前達の目的が何なのか分からないから何とも言えんが、塔を破壊するって事なら、失敗だな。
見てみれば分かるが、今も俺らを見下してやがる」
荷台。正式には前時代のコンテナと呼ばれる物の中では塔は見えず、見たければ見ろという発言だったが、見えない事は幸運でもあった。
もし、目覚めたばかりで、あの異形を見れば、どう為っていたかは察するに余りある。
話にも参加できず、蚊帳の外であったサンゴには何の事だかさっぱり。呆然と、両者の会話に耳を傾けているばかりでは可哀そうと思ったのか、ジョルドが煩わしくも語り出す。
「あの人形劇もそうだが、今と為っては歴史にもならない情報ってのがあってな。前時代には、
スライムや、ゴブリン、オークなんかが存在しなかったって言っても信じねえだろう?」
「存在しない?」
常識を非常識だと言われても、何が何だか理解の外。
六業の村に居た時より、村を脅かす敵として、馴染み深い者達が異端であると告げられても、常識が邪魔をする。
「存在しない。いや、有り得ない怪物って言うのかね。空想の産物とでも言おうか、想像の中だけで生きる生物だった訳よ。だが、俺らにとっては現実だ。なら、その差は何だ?」
此処まで言われれば、サンゴも気づく。過去と今、その相異。塔の存在。
「・・・塔?」
「その通り。俺が語った人形劇だが、あれも脚色されてんのさ。六業の者達が開いたその扉。
その中から漏れ出た怪物。劇の中では、すぐ閉じられたが、そうじゃなかった。多分、その事は、
そこに居るお嬢さんが良く知っているだろうよ」
ジョルドが向ける視線の先では、呆然とした彼女の姿。
先程までの気迫も無く、その様は居並ぶ躯体の如く、幽鬼のよう。
「・・・・お嬢さんでは・・・ありません。私にはちゃんと04(ゼロフォー)という名前が・・・。
いえ、此れも名前では無く、ただの製造番号か・・・。私は、異形の塔より現れた怪物を殺戮し、人類防衛を担う者。死者の機械、死機の4番・・・・今は、ただのガラクタです」
そう言った少女は意気消沈し、溜息を漏らす。
「やっぱり禁忌の死機か・・・」
死機という言葉に聞き覚えがあったのか、此方も溜息混じりに呟いた。
「と、なると・・・。此方の話が有力か? 塔を開いた六業なんて者は存在せず、世界戦争がきっかけで世界が滅んだと?」
情報が欲しければ情報を寄こせとでも言う様に、ジョルドは語り、先の情報を得れるならばと、彼女も口を開く。
「恐らく。一兵士である私にはそれ程の情報は知りえませんでしたが、異形の塔は、産業革命をもたらしました・・・・。いえ、正確に言うならば、具象石が、ですが」
サンゴ達にとっては当たり前に存在する具象石。
様々な用途で使われ、生活の基盤。ある程度加工する事で、火を熾したり、動力ともなる。
広く普及した塔原産の石。それが、具象石に対する一般的な見解。
「・・・成る程なぁ~~。そりゃ隠したくもなるか」
またもや蚊帳の外である、サンゴには理解不能。ならば、噛み砕いてやるかとジョルドが首を捻る。
「元々、この世界は銅やら鉄やらを加工して戦いの道具や、生活の道具にして明かりを灯し、文明を発達させた訳だ。まぁ、今ではその位置を具象石が占める訳だが、昔は無かった。詰まり、今は産業革命後の世界って事だな。と、言っても、世界は一度滅んだ。なら、その失敗を繰り返そうとは思わんだろう? だから、こいつみたいな死機や、世界を滅ぼした兵器類の製造方法は破棄されたと。そして、戦争の引き金は、具象石だな。周知の事実だが、塔は世界に一本しか無い。ならば、塔を所持する国が、具象石を独占できるって事だ。その事に不満を持つ国も少なからず現れる。ならば、戦争が起こるのは必定だ。戦争ってのは、最大の略奪行為。無いから欲しい、その究極だ。塔の有無が資源の有無を決めるならば、奪うのは当然。そんで、そうこう戦いをしてる内に、火種たる塔を壊そうと思った者達も出てきたんだろ。04と名乗るその子もその一派って事だ」
見てくれとは違い、理論的なその物言いに驚いたのか、サンゴと少女も思わず手を叩く。
「ほぼ、正解です。突如現れた塔に世界は驚きましたが、そこより取れる具象石は世界の様相を一変させました。従来の機械に具象石を使用する事で性能は格段に跳ね上がり、世界にとって無くては為らぬ物へと変りました。機械の性能が上がるという事は、国力が上がるという事。つまりはパワーバランスに明確な差が生じる。突如もたらされたオーバーテクノロジーそれを扱うに足りるまで、人は成熟した種では無く、他者に殺されるという恐怖から、兵器産業は栄華を極め、血で血を洗う、最終戦争へと舵を切りました」