食
「流石に、昔と様相が変っていますね」
新人からすれば、飄々とした様に見えたシキではあったが、その実、焦りを抱えていた。
だが、それも当然の事。塔を登った事も無く、子供であるサンゴが一人で戦える等と思う方がおかしな話。塔の中では瞬き一つ命取り。そんな中をソロで駆け抜ける等、自殺行為。
一刻も早く見つけねばならぬが知りえた情報は二から九までの階層の何処かに居るという事だけ。
塔の構造が昔と変っていないのなら、転移先は、前回記憶した階層なのだろう。
ならば、二階層は在り得ない。
フルドと呼ばれた者の様相から、中間よりもう少し上だろうと予想し、六階層を目指し駆け抜ける。
『ゴォオオオオ!』
「煩い!」
考え事をしている最中に放たれた咆哮。思考を妨げる行為に、苛つき拳打を繰り出す。
拳の音より後に、風が巻き起こり、その先では、怪物の頭が石榴の様に赤く爆ぜた。
如何やら、その怪物は階層守護者であったか。今となっては物言わぬ骸と成り果て、背にした階段を晒す。
「三階ですか―――サンゴ、如何か無事で」
シキはそう呟くと、三階層へと駆け上がる。
◆
討伐したオークに手を触れ、『鑑定』スキルを使用する。
〔オークの決闘者 獲得可能アイテム【獣脂】【オークの上肉】【具象石】〕
すると、鑑定画面に獲得可能アイテムが表示された。
しかし、七雄としてもオークの解体など未経験。
如何したものかと頭を捻っていると、『鑑定』スキルが視覚情報に赤くマーキングを施す。
「此処を切れって?」
疑問の声に背中を押すように『直感』が決断を推奨する。何と言うか至れり尽くせりな状況に手に入れたスキルのありがたさを噛み締める。きっとこの力を手に入れていなければ今頃死んでいたか、気が狂っていた事だろう。
そんなスキルに急かされ作業する事数分、見事に切り分けられたオークの上肉を手にする。
ただ此れだけでは如何しようも無い。如何したものかと周囲を見渡すと其処にはオークが手にしていた巨大な斧。
道中、敵から取り出した具象石を削り火種を作ると、それを石で囲い簡易の囲炉裏を作成。
その上に柄を切り落とした斧を載せると簡易の焼き場が完成した。
「さて、此れで焼く事はできるね。でも調味料が―――何々?」
『鑑定』がいう事があるとばかりにウィンドウを周囲に飛ばし、所持アイテムの項目を開く。
するとそこには岩塩という項目が強調されて表示されていた。
「そんな物あったかな・・・え~~と」
ゴソゴソとリュックを漁ると指にザラザラとした物に触れた感触。手探りに取り出したそれは指程の岩塩。
きっとこのような最悪の事態も想定したのか、リュックを渡してくれたジョルドへ感謝する。
「此れなら美味しく食べられそうだね」
何処か『直感』がタレ焼きのイメージを押し付けてくるが、『鑑定』がアイテム欄を開きそんな物は無いと争う。
「まぁまぁまぁ・・・・此れって傍から見たら怪しい人なんじゃ・・・・まぁ、良いか」
そんな事よりもお腹が空いた。漏れる空腹の音に両者も仕方ないと争いを止め料理を手伝う。
サンゴから出でたスキルである筈なのに、両スキルは何故か料理が得意なのか、あれよあれよという間に料理が完成した。
〔オークの上ステーキ: 塩の味を生かした風味豊かなオークのステーキ。(注)タレ焼きなど邪道である〕
『鑑定』がそう述べた瞬間、サンゴの脳裏に浮かぶのは強烈なタレ焼きのイメージ。
「ああ、タレ・・・・」
〔邪道である〕
「・・・タレ・・・」
〔邪道!〕
危険な誘惑を振り払い手を合わせステーキにナイフを差し込む。漏れ出た脂が焼けた斧の上でジュウジュウと弾け食欲をそそる。周囲を死地に囲まれた中で呑気に食事などとも思ったが、オークの戦士を倒した者に恐れをなしたのか、襲ってくる気配も無く悠々と食事にありつけた。流石に巨大なオーク肉、食べきれぬと思ったが強化された肉体が糧を要求する。最早止まらぬとばかりに食い進め、気づいた頃には数キロあった肉の塊は忽然と姿を消した。
「・・・・げふ」
後に残るのは満足感と腹の重み。一息つくと体の奥底から活力が涌き上がるのを感じた。
〔『過食』スキル獲得。食事効果によるステータス上昇効果を倍化〕
食事をしただけだったが新たなスキルを得たようで、冒険に無駄は無いのだなぁと呆れながら頷いた。
「さてと、それじゃぁ行きますか」
強者より頂いた活力を胸に、オークへと礼を述べると階段より次の階へと足を進めた。
七階層より登り今は八階層。周囲の敵も先程とは違い嫌らしい攻撃を仕掛ける者が群れとなって襲ってくる。
巨大な蜂の化物など『冷静』スキルが無ければその羽音に心を掻き乱されていたに違いない。
そして一人ではその竦みが命取りとなる。それ故パーティーによる戦いが基本。その道から外れたサンゴにとっては危険な戦いではあったが、その隙を『鑑定』『直感』のスキルが埋める。
初見の相手であっても『鑑定』は相手の弱点を示し、『直感』は優先順位を指し示す。
サンゴはそれに従って鈍を振り下ろし、『軍隊蜂』と表示された蜂達を切り捨てる。
「ッブゥウウウウ!!」
断末魔の叫びと喧しい羽音を残し地に伏せる。何とかなるかと思った最中、避けろと『直感』が叫びを上げた。
何に対する警告か分からず後方へと飛び退った視界の先では、先程まで居た場所を針が通り過ぎてゆく。
攻撃の元を探るべく向けた視線の先では、針を打ち出した格好で死した軍隊蜂の姿。如何やら先程の攻撃は奥の手だったのか、己の命を攻撃へと変化させた技に、サンゴも知らず知らずに冷や汗を流す。
「そんな無茶苦茶な、だが此れが塔の怪物か」
先程の攻撃には注意が必要だったが、初見でさえ見切る二つのスキルに後押しされ蜂を殲滅していく。
それはパーティーであっても異常な光景ではあったが、そんな事を知らぬサンゴにとっては必死そのもの。
感じる敵の気配へ向けて突貫し、その全てを屠る。怪物を殺す暴風と化したサンゴに怪物達も恐れをなしたか、次第に包囲は消え去り、サンゴも息を吐く。
「っふ~~~何とか・・・・」
無呼吸で動き続けた為か、今更ながら汗が噴出し気持ちの悪さを助長させる。失った塩分を補給する為、先程の岩塩を一舐めする。失われた塩分は補給できたが水分まではそうはいかず、渇きに喉を鳴らした。
そうした様子を両スキルも感じたのか、サンゴの嗅覚より水の匂いを探し、指し示す。
〔此れより先に水源確認。水分補給を推奨〕
勿論、スキルに全幅の信頼を寄せるサンゴが疑う訳も無く水場へと向かう。もし、この時サンゴが狩りの知識を持っていれば結果は変っていたかもしれないが、村で邪魔者と扱われていた者に求めるのは酷な事か。怪物と言えども彼等も生物の様相を持つ者達、ならば当然水源には危険が待つ。そしてそれを理解した頃には退路を断たれ、水源は怪物達の溢れる地獄へと変っていた。